0.3 想いの確認
ユウがロヴィーナと出会ってから3ヶ月。霧の魔物脱走後、温厚だったマナの性格は豹変した。
「ユウ君何してるの?今日は一緒に夕飯の材料を買いに行くって約束してたよね?その子と何してたの?ねえ、ちゃんと言ってよ」
今日も、放課後にリースと話していただけでこれである。またかとユウは額に手を当て、気まずくなったリースはまた明日とユウに伝えて教室から出ていった。
「おい、マナ姉。別にリースはただの友人なんだから、普通に話くらいするだろう?」
「駄目だよ。あの子、ユウ君にだけ妙に積極的だよね?私は認めないから。あまりにもしつこいのなら、私が消し炭にしてあげるよ」
「……言っていい事と悪い事があるぞ」
「ほら、今日は私も早く帰れるから、行こ?」
「おいっ……!」
一体何が、姉をここまで変えてしまったのだろう。その理由は分かっているようで、何故か分からない。その後異様に機嫌の良いマナと共に買い物に向かい、帰宅し、就寝するまでその答えが頭に浮かぶ事は無かった。
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「ふッ!!はあッ!!」
深夜、目が覚めたユウはいつもの森で刀を振っていた。しかし余計な考えばかりしてしまうせいか、思ったように体が動かない。
「はぁ、はぁ……くそッ!!」
肩で息をしながら、ユウは側に立つ木を殴る。そんな彼の肩にタオルを置いた者が1人。驚き魔力を纏いながら振り返れば、いつもと変わらない笑みを浮かべるロヴィーナが立っていた。
「ロヴィーナ?こんな時間に何をして……」
「それはこっちの台詞だよ。最近寒くなってきているんだから、あまり体が冷えないようにしないと」
寒いのが苦手なのか、かなり着込んでいるロヴィーナ。そんな彼女から渡されたタオルで汗を拭き、ユウは改めて彼女がここに来た理由を聞く。
「なんだか眠れなくてね。それで何となく君に会える気がして来てみたら、本当に居てびっくりしているよ」
「夜中に女の子1人で出歩くなんて、感心しないな。この時間帯は魔物も活性化するんだから」
「大丈夫だよ。私、ユウ君より強いし」
「むぐっ……」
ユウの反応を見てくすりと笑い、ロヴィーナは近くにあるベンチに腰掛けた。少し前、2人で木を削り作った力作である。
「お姉さんと何かあったの?」
「それは……」
「私なんかで良ければ相談に乗るよ」
ロヴィーナ相手に嘘が通じない事は、この3ヶ月間でよく分かっている。彼女の隣に腰掛けたユウは、最近マナの様子がおかしい事をロヴィーナに打ち明けた。
「突然ユウ君を独占しようとし始めた、か。うーん、それは妙だね」
「い、いや、独占しようとしているのかは分からないけど」
「そして、その事がユウ君にとってストレスの原因となっている。そういう事だね?」
「………」
ロヴィーナに見つめられ、ユウは言葉に詰まる。やがて観念したように息を吐き、寂しげに視線を落とした。
「マナ姉はさ、昔からずっと俺の面倒を見てくれて、ちょっと抜けてる所もあるけど頼れるお姉ちゃんだったんだ。でも、最近のマナ姉は変だ。場所も状況も関係なしに、友人との会話に割り込んできて……学園での評価も噂では下がり始めてるみたいだし、何が理由でこんな事に……」
「ユウ君……」
自然と、ロヴィーナの手はユウに伸びていた。彼の後頭部にその手を回し、抱き寄せる。
「ロ、ロヴィーナ……!?」
「大丈夫だよ。君達なら、きっといつもと変わらない日常を取り戻せる。私でよければ、どんな時でも君を支えるから」
「……どうして、君はそこまで……」
「ふふ、分からない?鈍感なユウ君でも、これだけ長い間過ごしていたら分かってくれてると思ってたけど」
少しユウから体を離し、ロヴィーナは微笑む。木々の隙間から差し込む月の光に照らされる彼女は、まるで女神のように見えた。
「君が好きだからだよ、ユウ君。誰よりも優しい心の持ち主である君の事が、恋愛的な意味でね」
「……………」
「え?どうしたの、そんなに驚いた顔をして。まさか本当に気付いてなかったとか?」
「い、いや、まあ、その、ええと……」
「今日目が覚めたのは、ある意味運命だったのかもしれないね。こうして想いを伝えられただけで満足だよ」
立ち上がり、ロヴィーナはユウに背を向ける。どうやら恥ずかしくなってきたらしく、彼女はそのままユウの前から立ち去ろうとした……が。
「ちょっと待ってくれ!」
「ひゃっ!?」
彼女の細い手首を、急いで立ち上がったユウが掴んだ。
「ごめん、男なのに取り乱してしまって。情けない話、こういう事に慣れていなくてな」
「う、ううん……」
「この3ヶ月間君とここで会う度に、心の底から楽しいと思えた。嫌な事があっても、君と話をしたり模擬戦をしている間は全部忘れられた。君の顔を見る度に、内心ドキドキしていたよ。今が一番ドキドキしているけど」
いつかは言おうと思っていたが、勇気が足りなかった。しかし、彼女の方から想いを伝えてくれたのだ。これまで蓋をしていたロヴィーナへの想いを、ユウははっきりと伝える。
「俺も君の事が好きだ。これからもずっと、俺と一緒に居てほしい……そう思ってる」
「ユウ君……」
「それに、ロヴィーナが支えてくれるのなら、マナ姉ともきちんと話ができそうだしな」
最初は頬を赤く染めて言葉を探していたロヴィーナだったが、やがて覚悟を決めたように笑みを浮かべた。その表情は、どこか寂しそうにも見え────
「本当に、私でいいの?」
「ああ、俺は本気だよ」
「後悔しない?私が、正体を明かしても」
「えっ……?」
するりとユウから離れ、彼女は魔力を纏う。木々がざわめき、風が吹く。いつの間にかロヴィーナは、禍々しく輝く祭服を身にまとっていた。
「ごめんね、黙っていて。私は、この世界を滅ぼす為に顕現した女神。終の女神ロヴィーナなんだ」
「め、女神……?」
「君に会っていなければ、もうとっくに私は世界を滅ぼしていたよ。何となく、滅ぼす前に地上の様子を見ておこうと思ってね。偶然訪れたこの場所で、私は君を見つけた」
呆然としているユウを見て、ロヴィーナの胸が痛む。両想いになれたとはいえ、こんな事を言われれば逃げ出されてもおかしくはない。
「私は、人々から溢れた負の感情の集合体みたいなもの。だけど不思議な事に、私は君という存在に興味を持ってしまったんだ。それから毎日君を見ているうちに、話がしたいと思った」
「それで、俺に……」
「自分でもよく分からないよ。どうして私みたいな存在が、ただの人間なんかに恋をしてしまったのか。いや、もしかしたらそう錯覚しているだけなのかもしれないね」
「ロヴィーナ……」
「今の私は、最初と違って君の居るこの世界を滅ぼそうなんて思ってない。君と共に、この世界を変えていきたいと思ってる。なんて言っても、信じてもらえるとは思えないけど……でも……」
恐る恐るユウの表情を窺えば、彼は納得がいったようにそういう事かと手を叩いた。今度はロヴィーナが驚く番である。
「なんか、誰かの魔力に似てると思ってたんだよ。あれだ、ユグドラシル様とか親父の魔力だ。そういう事か、ロヴィーナは女神だったのかぁ」
「あ、あの、ユウ君?」
「にしても、世界滅ぼすとかスケールデカすぎないか?ロヴィーナにはそういうの似合わないよな。やめておいた方がいいと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
何事も無かったかのように話し出したユウに、動揺を隠しきれていないロヴィーナは叫ぶ。
「私は世界を滅ぼす為に生まれた存在なんだよ!?も、もっと怖がるとか、そういうのは……!?」
「え、あ、うん。それは確かに大変な事実だったけど、ロヴィーナは世界を滅ぼさないんだろう?」
「いや、そんな簡単に信じるの!?」
「嘘ついてないのは目を見れば分かるからな。それにさっきも言ったけど、ユグドラシル様とかの魔力にそっくりなんだ。だから君を疑ったりはしてない」
「……君って何者なの?」
「英雄の息子さ。両親の凄いところを何一つ受け継いでないけど」
にっと笑ったユウを見て、ロヴィーナは目に涙を浮かべる。そんな彼女をユウは抱き寄せ、内心かつてない程緊張しながらもサラサラの髪を撫でた。
「君が世界を滅ぼす女神だろうと、そんな事は関係ない。ロヴィーナはロヴィーナだ、君の優しさは俺が一番知っている。真実を知っても、俺はこれからも君と一緒に居たい……そう思ってるよ」
「あはは、夢を見ているのかな……?」
「現実だよ。確かめてみるか?」
「いいけど、ユウ君顔真っ赤だよ」
「ロヴィーナこそ」
やがて空を照らす月の下、2人は何も言わずに赤く染まった顔を近付け───
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それから更に1ヶ月。終の女神と人間、そんな壁を突き破って付き合い始めたユウとロヴィーナ。今までと変わらずあの森で2人は修行や雑談を続けており、最近ではこっそりオーデムでデートをしたりする程ラブラブである。
今日も、2人はオーデム魔法学園の屋上で初々しいカップルらしいやり取りを繰り広げていた。
「ど、どうかな?似合ってるといいんだけど……あ、どうやって入手したのかは秘密だよ?」
「……写真撮ってもいいですか?」
「あはは、恥ずかしいなぁ」
入手したという学園の制服に身を包んだロヴィーナを、ユウは何度も撮影する。それから彼女の力で浮遊させた魔導フォンを使い、時間差でツーショット写真も撮影できた。
「わあ、いい表情だね」
「終の女神なんだから、もっと悪い顔とかしてみたら?」
「もうっ、ユウ君ったら!」
「はは、冗談冗談」
あれから共に、世界をより良い方向へと導く為に何をするべきかを考え、2人は過ごしてきた。マナとの関係は相変わらずだが、きっと前と同じ仲良し姉弟に戻れるとユウは信じている。
「ねえユウ君。私、本当に生まれて良かった」
ユウの肩にもたれかかり、ロヴィーナは目を閉じる。
「負の塊である私が、こうして幸せで居られるのは君のおかげだよ。本当にありがとうね」
「はは、それは俺の台詞だよ」
「でも、ユウ君の学年は明日から王都に行くんだよね?確かそこにある別の学園と交流会を行うとか。少し寂しいかも」
「1泊2日だからすぐ帰ってくるよ」
軽くロヴィーナの頭を撫でてから、ユウは彼女の肩に手を置いた。ロヴィーナも、彼がこうした時は何をするつもりなのかがすぐに分かる。くすりと笑い、自分の唇を彼の唇に重ねた。
「お土産、楽しみにしているね」
「ああ、期待していてくれ」
「───ユウ君、どうして」
そんな、微笑ましいやり取りをしていたユウとロヴィーナを、屋上への入口である扉の隙間から見ていた者が1人。
「私のユウ君を……私のユウ君なのに……許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……!」
どす黒い瘴気を纏う彼女が手を置いていた壁に、ビキビキと音を立てながらヒビが入った。
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「───って感じで動くぜ、明日は」
暗闇で、巨大な剣を背負った男が笑う。その周囲では、様々な武具を装備した者達が彼の話を聞いていた。
「んん〜、楽しみだなぁオイ。【魔導王】に【神狼】、それに加えて【剣聖】と【英雄王】も不在になる日。ククッ、こいつは派手な祭りになりそうだぜ」
「団長、今回の雇い主は?」
「あぁ、魔導協会とやらの会長サンだよ。なんでも、ここ最近は英雄夫婦や魔導王にボロカス言われてるらしくてな。不正や過去の行い、裏での動きを徹底的に調べられ、このままじゃ会長から叩き落とされるとか言って焦ってる馬鹿だ。これは奴らへの復讐、そして警戒心の薄さを指摘する為の愚かな作戦さ」
懐から取り出した写真。そこに写っているのは、銀色の長髪が良く似合う可憐な少女。それを見ながら、男は最低な笑みを浮かべてみせた。
「悪く思うなよ、英雄の娘。俺達は金さえ積まれればどんな事だってやる傭兵、お前には金の為に犠牲となってもらうぜぇ」