95.深層 世界の終点
「はぁ、はぁ……ど、どうして!?」
がくりと膝をつき、リザはユウを睨む。外法まで使い、決死の覚悟で挑んだというのに。それでも全く届いていない。敵も本気を出したと思ったが、まだまだ余力を残しているのだ。
「なんで勝てないのよッ!!」
「君と同じで、俺も負けられない理由があるからだ」
「そんなものッ……!」
地を蹴り、接近。そして振り下ろした双剣を、ユウは一振りで弾き返してみせた。
「うっ……!?」
「友人が、俺達を待っている。大人びているけど無邪気で、寂しそうな目をしていた俺の仲間が。そして、かけがえのない家族が俺達の帰りを待っている。常に俺達を支えてくれた、誰よりも尊敬できる人達が」
「そんなの、あたしだって!!」
一心不乱に剣を振り回すが、息一つ乱れていないユウには届かない。冷静に太刀筋を見て受け流し、隙を見てリザを押し返す。
「あの子達の為にも、あたしは絶対に負けられない……!」
「っ、まだ魔力が高まるのか」
「月咬ィッ!!」
着地と同時に剣を振り下ろし、2つの斬撃をユウ目掛けて放つ。それを神雫から溢れ出した水で受け止め、お返しとばかりに放った刃がリザの剣を弾いた。
「あんたには分からないでしょうね!常に安全な場所で、温かい家庭で育てられてきたあんたには!あたし達の苦痛なんて、分かるわけないッ!!」
『いけません!それ以上外法と感情喰らいの力を酷使すれば、貴女の身が……!』
「滅びろユウ・シルヴァ!あんたさえ死ねば、あたし達は苦しみから解放されるんだああッ!!」
更に力を増したリザは、ここにきてユウと互角以上の速度で剣聖の剣技を連発。徐々に捌けなくなり始め、ユウは一旦後方へと跳び体勢を整える。
「何故そこまでして、君は俺と戦うんだ」
「はぁ、はぁっ……!」
「その身を滅ぼしてまで戦う理由、それはなんだ?」
そう言われ、リザは深く腰を落とす。
「家族の為……」
「………」
「まだ幼い弟と妹がいるの。どっちもやんちゃな双子でね、あたしの帰りを待ってるのよ」
肉体に限界が訪れているが、関係ない。敵わないと分かっていて、リザはわざと生徒達の魔力体を襲って精神を揺さぶろうとした。それでも動揺しないのなら、真っ向から立ち向かうしかない。
「うちはとても貧しい家庭でね。父と母はあたしが幼い頃に事故で死んで、今はもっと貧乏になった。故郷は帝国、スラム街にあたし達は住んでいる」
「………」
「このままじゃ終の女神が世界を滅ぼし、弟と妹は辛いことしか経験していないまま死んでしまう。そんなの納得できない。だからあたしは終の女神からチャンスを貰った。あんたを殺せば、弟と妹は生き延びる事ができるのよ」
『駄目ですユウ様。彼女は本当の事を言っていますが、彼女を倒さなければ先には進めません』
「ああ、分かってる」
彼女もまた、自分と同じで大切なものを守る為この場に立っている。ならば、一体どうすればいいのか。
「リザ、それでも俺は負けられない」
「ええ、でしょうね」
「君をここで倒し、ヴィータを止める」
「ふっ、あたし達をもっと苦しめようって?」
銀色の魔力を神雫に纏わせ、ユウは構えた。
「この世界を変えるんだ」
「は?」
「ヴィータを止めて終わりじゃない。今の世は争いが絶えず、いつ大切な人達が傷付き倒れるかは分からない。なら、そんな世界を俺達の手で変える。俺達なら可能だと信じている」
「無理に決まってるじゃない!あんたは王国民だからあたし達の気持ちが分からないのよ!」
「出身なんて関係ない。俺達は同じ世界に生まれた人間だ。皆で力を合わせれば、きっと平和な世界にできる」
「綺麗事を……!」
「勿論、君の力も貸してもらうぞ!」
同時に駆け出し、剣と刀をぶつけ合う。一瞬の事だがユウが競り勝ち、リザは僅かに体勢を崩した。しかしくるりと手元で剣を回転させ、猛スピードでユウの喉元目掛けて剣を突き出す。
それをギリギリで躱し、懐に潜り込んだユウはリザの腹部に掌底を叩き込み、左手に握られていた剣を膝蹴りで粉砕した。
「くっ……!?」
「はあッ!!」
袈裟斬りを残った剣で受け止めたリザだったが、押し負けて吹っ飛んだ。負けたくない、大切な家族の為に。その思いが、彼女の魔力を更に高める。
「終の女神に勝てるわけないじゃないッ!!」
「声を届けることはできる!」
「この世界は滅ぶのよッ!!」
「俺達が守ってみせる!家族も仲間も、君達も!」
超高速での斬り合いが繰り広げられる。しかし、いよいよリザは本当の限界を迎えていた。ユウですら到達できていない剣聖の領域に立つテミス、彼女の動きを真似しているのだ。全身の筋肉は悲鳴を上げ、体力も底を尽きる寸前。
それでも─────
「うあああああああッ!!!」
「壱ノ太刀─────」
最後の力を振り絞り、リザが剣を振り下ろす。それを迎え撃つのは、あらゆるものを切り刻む銀閃一刀流奥義─────
「【幻月乱舞】!!」
「ッ──────!?」
敵を両断した筈の剣が細かく刻まれ、いつの間にかリザは仰向けの状態で倒れていた。体を斬られたわけではないが、外法が解けて力が抜けたのである。
「は、あははっ、無様ね……」
負けた。実力でも、気持ちの面でも。偽りの空を見上げる瞳は涙でぼやけ、指一本すら動かせないリザはただただ悔しさに身を焦がした。
そんな彼女の手を、神雫を鞘に収めたユウが握る。その目からは、揺るぎない強い意思が感じられた。
「あんた、本気で終の女神とやり合うつもりなのね」
「だからそう言っているだろう?」
「やれやれ、馬鹿な男……」
何故かは分からないが、この少年なら何かを変えてくれそうな……そんな予感がする。リザは口元を緩め、ユウに懐から結晶を取り出してくれと伝えた。
「これは?」
「転移結晶よ。敗れた時、地上に戻ることができるように終の女神から渡されていたの」
「はは、ヴィータが……」
「分かってるわよね?あんた達が終の女神に敗れたら、あたしは煉獄であんたを苦しめ続けてあげるから」
『ゆ、ユウ様は煉獄などに落ちません!』
ティアーズにそう言われ、リザは微笑みながら転移結晶を握りしめた。
「必ず勝ちなさい、ユウ・シルヴァ……!」
「ああ、任せろ!」
リザが転移したのを見届けたユウに、ティアーズが向こうに先へと進む為の転移魔法陣が出現したことを伝える。それを聞き、ユウはその場所に向かって駆け出した。
『ふふっ、ユウ様の思いが届いたのでしょうね』
「壱ノ太刀で彼女が纏う感情喰らいを消し飛ばすとああなったから、元は優しくて他人思いな子なんだろうな」
『流石です、ユウ様』
他人を消してでも、大切な家族を守りたい。そんな思いを感情喰らいが暴走させていたのだろう。リザが無事に地上に戻れたことを祈りながら、ユウは転移魔法陣の上に乗った。
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ーーーユウーーー
「っ、ユウ君……!」
「ああ、やはり兄さんが1番ですね……」
転移した先では、既に仲間達が揃っていた。俺を見るなりマナ姉とクレハは目を輝かせ、満面の笑みで抱き着いてきたので驚く。
「リースちゃん達はハグしないのかい?」
「さ、さすがにマナ先生の前ではなぁ……」
「もう、遅れてきたのにデレデレしちゃって!」
向こうから頬を膨らませたエリナが睨んでくるので、俺は2人の頭を撫でてから離れてもらった。そうだ、のんびりしている場合じゃない。
「全員、心の準備は?」
「私は大丈夫だよ。最後まで、ユウ君の力になってみせるから」
ロイドとの戦いを無事乗り越えたマナ姉が、優しい笑みを浮かべながら俺の隣に立つ。そして反対側には、何故か頬を赤く染めたクレハが。
「ふふ、同じく私も。本当なら、あと1時間は兄さんに甘えたいところですが……」
「ちょっとユウ、貴方クレハさんにまで変なことをしているんじゃないでしょうね!」
「してないっての!」
後ろに立つエリナは、まだ頬を膨らませながら早く行くわよと背中を叩いてくる。その隣では、やれやれと苦笑しながらリースが頷いた。
「ウチもおっけー。魔力もまだまだあるで」
「いよーし、ヴィータちゃんを連れ戻したらデートしてもらおっと!」
「ソル先輩は相変わらずですね……」
槍を振り回して笑うソルを見て、呆れたようにユリウスが息を吐く。そんなやり取りを見て、アーリアも苦笑いである。
「この先にヴィータが居るのは間違いなさそうだな」
色が目まぐるしく変化する歪んだ空間に、遥か遠くまで伸びる長い階段が存在している。これを登りきった先で、恐らくヴィータは俺達を待っているのだろう。
「ただ、そう簡単には行けないか」
『古代魔獣と歴史書の悪魔です……!』
猛スピードで俺達目掛けて迫って来る、おびただしい数の魔物達。全員が魔力を纏い、階段を駆け上がる為に構え────
「ふふ、私の出番ですねーっ!」
「「「へっ!?」」」
突如陽気な声が聞こえ、光の雨が魔物の群れに降り注ぐ。直撃を受けた魔物は跡形もなく消滅し、驚いて振り返れば、エメラルドグリーンの長髪を揺らす美女が浮遊しながらひらひらと手を振っていた。
「まさか……!」
『ゆ、ユグドラシル様!?』
「ここは元々私の中です。ある程度終末領域を除去して、ほんの少しの間だけ裏世界から顔を出してみました」
「「ユグドラシル様って!?」」
リースとエリナは初見なので、信じられない程目を見開いて驚愕していた。そんな彼女達の反応を見て爆笑しながら、ユグドラシル様は凄まじい魔力を指先に集中させる。
僅かな魔力で生み出した仮の肉体で、これ程の魔力を誇るとは。いつもヘラヘラしているので全然女神には見えないが、やはり彼女はこの世界の主神なのだ。
「さあ、時間はありませんよ。私が道を作りますので、一気に駆け上がりなさい!」
「っ、了解!」
指先から放たれた数えきれない程の魔法が、次々と魔物達を消滅させていく。それを見て、俺達は全員同時に地を蹴った。
「ご武運を、我が息子達よ……!」
「ありがとうございます、ユグドラシル様!」
正確に、俺達に飛び掛ろうとした魔物達をユグドラシル様は魔法で貫く。崇める女神様を信じて走り続け、とうとう視線の先に巨大な扉が見えてきた。
「この魔力、ヴィータちゃんの……!」
「……遂に辿り着いたか」
俺達の到着を待っていたらしい。その扉はゆっくりと開き、階段を登りきった俺達はそのまま扉の向こう側へと足を踏み入れる。
「な、何、ここ……」
「水晶が浮遊している……?」
そこは、とても不思議な空間だった。黄昏に染まった空に立っているかのような、そんな錯覚に陥る。そして俺達の周囲では、眩い輝きを放つ水晶が大量に浮遊していた。
「何でしょう、これ」
「さ、触っちゃ駄目だよクレハちゃん────」
そのうちの一つにクレハが指を当てた瞬間、その水晶が弾けてこの空間全体にとある光景が映し出された。
『みんな、今までありがとうな。生きてて良かった、こっちの世界に呼ばれて良かった!最高に楽しかったぜ!』
全員が、特に俺とマナ姉、クレハは驚きのあまり言葉を失う。
『い、嫌だッ!!』
自分達のよく知る2人が、ボロボロの状態で何かを言い合っている。最初は現在の地上で起こっている出来事が映し出されたのかと思ったが、誰がどう見ても違う。
『嫌だ嫌だ!お願いだから、私を一人にしないで……!』
泣き叫んでいる女性は、今よりも更に若々しい母さんで。
『大丈夫。俺はずっと、君のそばにいるさ』
『タローぉ……!』
優しく微笑んでいるのは、俺と同年代くらいにしか見えない親父だった。
「こ、これって、浮遊大陸の……」
「マナ姉、知ってるのか?」
「うん。覚醒した魔神グリードとの決戦、この後お父さんだけが浮遊大陸に残って戦ったんだよ」
「……4年間行方不明になったって戦いか。するとこの水晶は、当時の記録が残されてる遺物なのかもしれない」
直後、別の場所で誰も触れていない水晶が弾けた。それと同じタイミングで空間全体に映る映像が切り替わる。
『ご主人さま、へんなこと考えてるでしょー』
『いやいや、そんなことは』
『だってにやにやしてるもん!』
『むむ、よく気づいたな』
『えへへー』
小さな白い獣人の少女が、若い親父と釣りをしている映像だ。
「わっ、もしかして子供の頃のマナ先生!?」
「あ、あはは、お父さんに会ったばかりの頃だね。懐かしいなぁ」
「きゃー、かわいーっ!」
再び水晶が弾け、映像が変わる。
『アレくんは、優しいね』
『別に、そんな事はないさ。ほら、行こう。向こうに川が見えるから、そこで血を洗い流すといい』
『あたしの裸、見るつもり?』
『意味の分からんことを言うな!』
「と、父ちゃんと母ちゃんだ……」
連鎖的に、次々と水晶が弾ける。
『こ、怖くないもん!だって私はユウ君のお姉ちゃんだからね!』
ドヤ顔でマナ姉が胸を張り。
『レベルが52で、魔闘力は9000やったで〜。エリナちゃんにはまだまだ勝てそうにないかな』
魔闘力測定を終えたリースがにっこり笑い。
『お嬢様、逃げろ』
『え?』
『お嬢様の魔法ですら跳ね返すような化物だ。マナ姉を呼んできてくれ』
『ふ、ふざけないで!』
地下迷宮で、ペアになった俺とエリナは揉めていて……。
『お前となら何をしても楽しいからな。こうして会うのは久々だな、ユウ。たまにはこっちに遊びに来いよ』
『クレハ、何があったんだ!?』
『あら、兄さん……』
『うるさい、何の努力もしていない分際で!貴方は悔しくないの?周囲を期待を裏切って、英雄夫婦の顔に泥を塗ったのよ!?』
「そういえば、最初の頃のエリナは荒れていたな……」
「み、見ないで!黒歴史よ、こんなの!」
『先輩のことは大好きですけど、少しお仕置きが必要みたいですね。先輩は他の害虫達とは違う、特別な存在なんですから』
『大丈夫ですよ、クレハさんのことはよく知っていますからね。最も信頼している貴方が負けるなど、微塵も想像も出来ないらしいので……僕が勝てば付き合ってくれると彼女本人が言いました。もう取り消すことは許しませんよ』
「「わーわー!こっちの方が黒歴史っ!」」
『だったら最初からそう言えばいいだろうが!俺はただ、マナ姉と今まで通り仲良くできたらそれで良かったのに!そんな理由で、なんでここまで避けられなきゃならないんだよ!』
『ち、ちが、う……』
『何が仲直りできるだよ!俺とマナ姉の気持ちは最初から全然違ったんだ!もういいよ、勝手にやってろ!!』
『違うの、ユウ君っ……!』
『何も違わないだろ!?』
「これって、学園祭の……」
「………」
『殺してやるゥゥゥッ!!!』
『ま、待ってくれ!君は教師を……人を殺すのか!?』
『黙って死ね!死んで償えッ!!』
俺が、殺意にのまれて暴走した時の……。
『この時の為に、俺は剣士になった!マナ姉が傷付いて泣いている姿はもう見たくない!』
『今度こそ、俺がマナ姉を守ってみせる!!』
って、そういえばこれがダンス中に生放送されてたんだったか。隣を見れば、マナ姉が頬を赤く染めながら映像に見入っていた。
『じゃあ死ねよ、今ここで』
『それは……おねがい、します……死ぬのだけは……殺さ、ないでくださ……』
あいつは、隻腕の巨人のギルバードか。それから俺が駆けつけ、ギルバードとの一騎打ちに。
『大丈夫だ。あとは兄ちゃんに任せて、ゆっくり休みなさい』
『っ、はいぃ』
「きゃーっ!す、素敵過ぎて心臓がっ!ろ、録画、録画しないと……ああっ!?魔導フォンが起動しませんっ!」
「ク、クレハちゃん……」
『どうしてそんな事を聞くの?私は私、マーナガルムだよ。ずーっと一緒に過ごしてきたじゃない。私のこと、嫌いになったの?』
「あっ、これ……」
『はぁ、はぁ………届いた』
『う、ううぅ〜〜〜!』
暴走した時のマナ姉だ。あぁ、そうだったな。この事件を乗り越えて、俺達は………。
『好きだ、マナ姉』
『私もっ、だいすき………!』
「って、これは駄目だろッ!?」
「み、見ちゃ駄目ーーーッ!!」
幸いにも映像はすぐに切り替わったが、皆の視線から目を逸らすことしかできない。
『世界樹で待っているよ、ユウ君。今度こそ、君を幸せにしてみせるから────」
そんな時、彼女の声は聞こえた。最初はこの空間全体に響いていた声が、途中からすぐ近くで発せられていた事に気付き、全員が一斉に同じ方向へと顔を向ける。
いつの間にか俺達は、中心にある球体に向かって灰色の空間が引きずりこまれている……そんな、何とも言葉にしづらい場所に立っていて。
「待っていたよ、ユウ君。そして、大いなる可能性を秘めた親愛なる友人達」
球体の前には、漆黒の祭服に身を包む少女……いつもと変わらない余裕そうな笑みを浮かべるヴィータが立っていた。