94.神狼の咆哮
異質な空間だった。ただただ歪で、どう間違えばこんな事ができるのだろうと疑ってしまう程、悪意に満ちた空間。
全身の震えを感じながら、マナは落ち着きなく周囲を見渡す。かなり大きめの部屋だが、壁や天井に隙間なく少女の写真が貼り付けられている。そしてその写真を見た途端、マナは絶句した。
全て、自分の写真。数年前の、まだ幼かった頃の自分。オーデム魔法学園に入学したばかりの自分。真剣にテストを受けている自分や、体操服を着て運動している自分。プールで泳いでいる自分や、友人達と談笑している自分など。
更には教師になってから最近までの写真まで多数存在し、この部屋の主を思い浮かべてマナは後ずさる。
「もう何年も貴女だけを見てきた。これこそが、私が貴女を心から愛しているという証明です」
そんなタイミングで背後から聞こえた声。振り向けば、不気味な魔力を纏うロイドが笑みを浮かべながらマナを見つめていた。
「ロイド、先生……」
「なのに貴女はよりによって弟を選んだ。何故ですか?一体私の何が彼に劣っているというのです」
今この場には、いつも傍で支えてくれる最愛の人は居ない。それでも、恐怖に屈するわけにはいかない。
「わ、私は……」
「はい?」
「私は、貴方の欲を満たす為の道具じゃない」
明確な拒否。ロイドは後ずさり、頭を抱えながら天井を見上げる。目に映るのは、これまで集め続けてきた写真の数々。
「写真の中のマナ先生は、とても純粋で穢れを知らなかった頃のマナ先生なのに……」
じわりと、その身から闇が溢れ出す。
「そうか、〝彼〟のせいか。彼が私のマナ先生を洗脳しているんだ。うん、そうだ。そうに違いない。こんなのはおかしい。だって私達は愛を誓い合ったじゃないか。ああ、そうだとも。私のマナ先生が、あんな男に釣り合う筈がないのに……」
「あ、貴方、何を言って────」
「目を覚ましなさい、マナ先生ッ!!」
突然怒鳴られ、マナの肩が跳ねる。視線の先では鬼の形相でロイドが自分を見つめており、動悸が激しくなるのと同時に殆ど発生しなくなった魔力の乱れが始まった。
思わず膝をついたマナに歩み寄ったロイドは、彼女の雪のように白い髪を撫でる。指で絡めるように弄び、シミや傷一つ存在しない綺麗な肌に手を滑らせる。
激しい悪寒がマナの全身を駆け巡るが、魔力が乱れている為その手から逃れる術がない。今のマナは、ユウ以外の男にあちこちを触られることが心の底から嫌だった。
「そうです、大人しくしていれば痛い思いはしなくて済みます。魔力の乱れだって、それ以上に悪化することはないんです」
「はっ、はぁっ………!」
「さあ、あの時の誓いを思い出してください!永遠に私のものとなるのなら─────」
稲妻が、ロイドの手を弾き飛ばした。一瞬で焼け焦げた手からは黒い皮膚と血が落ち、言葉を失ったロイドはガタガタ震えながらマナに目を向ける。
彼女に恐怖しているのではない。動揺、怒り、そして興奮。人とは思えない凶悪な笑みを浮かべたロイドが、マナの髪を掴んで頬を地面に叩きつけた。
「い、痛いっ……!」
「マナ先生が悪いんですよ!どうして私の言う事を聞かないんです!?貴女を一番理解しているのは私なのに、何故私を否定するんだ!」
「ッ〜〜〜〜〜〜!!」
本気の蹴りが容赦なく肋骨を粉砕。血を吐きボールのように吹っ飛んだロイドは、何度も床を跳ねながら壁に衝突する。
「貴方からの愛なんていらない……!」
「私を否定するのかあああああッ!!」
それに対し激怒したロイドが勢いよく立ち上がり、呼び出した杖の先端を床に叩きつける。直後、出現した魔法陣から数体の屍人が出現した。
強い腐臭を放つ屍人達は、獲物を見た途端に腐った腕を振りまわしながら走り出す。
「【アークサンダー】!!」
それを迎え撃つは天井を割って炸裂した光の雷。魔力の乱れを無理矢理押さえ込んだマナの大魔法は、一瞬で屍人達を塵も残さず消滅させる。
「出でよ屍竜、彼女の手足を食いちぎれ!」
「魂を縛る外法……貴方はどこまで道を踏み外せば気が済むのですか!」
「貴女を手に入れる為なら、私はこの世に存在する全ての生命を利用してみせる!」
出現した、全身が腐った巨大な竜。激しい咆哮と共に瘴気を放ち、屍竜はマナ目掛けて爪を振り下ろす。しかしそれをマナは蹴りで弾き、それどころか腕全体を衝撃で消し飛ばしてみせた。
「【サンダースタンプ】!!」
そして、渾身の踵落としが屍竜を叩き潰す。いつも無意識に力をセーブしていた少女が、今は本当に本気を出している。怒りが自分に向けられているのを感じ、ロイドは口角を釣り上げた。
「素晴らしい力です!あぁ、欲しい!貴女が欲しくて仕方ありませんよマナ先生!」
「魔力解放───魔法陣展開、【五大輪】!!」
凄まじい魔力が解き放たれ、マナの足元や背後に計五つの魔法陣が浮かび上がる。グルグルと回転する魔法陣の一つにマナは手を当て、そして再度何かを呼び出そうとしたロイド目掛けて紫電の槍を複数発放った。
しかし、ロイドは呼び出した屍人達を盾として使い、全ての雷を防いだ為当たらない。
「貴方の全てが欲しい!傷一つ無い美しい肌も、雪よりも白い髪と耳も、程よく育った胸も、まだ幼さの残る顔も、触り心地の良さそうな尻尾も、甘い声も、瞳も!全て私だけのものにしたい!」
優しいマナが、本気で人に嫌悪感を抱いたのは初めてだった。もう、この身をユウ以外の者に捧げる気など微塵も無い。
ユウは、最終的にマナが嫌だと思うことは絶対にしない男だ。いつもマナの事を考え、黙って支えてくれる彼とはまるで違う。
マナを物やペットとしてしか見ていない。相手の意思を完全に無視し、自分の欲求を満たす為だけに禁忌の力に手を染める。正真正銘、本物の外道だった。
「【雷霆万鈞】────」
激しい稲妻を纏い、マナが床を蹴る。全力の魔法は限界を超えた超速移動を可能とし、あらゆる場所を足場にしながらマナはロイドの周囲を駆け回る。
「速い……くくっ、流石はマナ先生だ」
「やああッ!!」
やがてマナは、背後からロイドに急接近して全力の蹴りを放った────が。まるでそれが見えていたかのようにロイドは体を傾け、その一撃を躱してみせた。
「なっ!?」
「アッハッハッハッ!!」
驚き目を見開くマナの首に、魔法陣から飛び出した鎖が絡みつく。それを砕こうとマナは魔力を纏うが、何故か魔力を引き出すことができない。
「古代遺跡【悪神の怨鎖】。遥か昔に君臨した悪神の力が込められたこの鎖は、触れている者の魔力を強制的に封じ込めます」
「あ、悪神アバドンの……!」
「さあ、お楽しみはこれからですよ!」
魔力を封じられたマナの周囲に複数の魔法陣が浮かび上がり、その中から屍人が出現。一斉に牙を剥くが、マナは床を踏み砕いた衝撃で屍人達を吹き飛ばす。
魔力無しの状態であろうと、マナは常人とは比べ物にならない程の力を誇る少女だ。古代遺跡である鎖は砕けなかったが、それでも半径数メートルを破壊する威力。ロイドは、決して屈さないマナを見て歪んだ笑みを浮かべた。
「ゾクゾクしますねぇ……!」
直後、急に加速したロイドの膝蹴りがマナの腹部に叩き込まれる。魔法で強化されているのか、それの衝撃はマナの体を容赦なく浮かせる程だった。
「がっ……!?」
「でもマナ先生、少しお仕置きが必要みたいですね?また、前みたいに体内の魔力を掻き回してあげましょうか」
前髪を掴み、一気に魔力をグチャグチャに乱す。マナは声にならない悲鳴をあげたが、歯を食いしばってロイドの顔面に爪先をめり込ませた。
予想以上の衝撃だったのか、ロイドの体がぐらりと傾く。そしてそれを逃す程、今のマナは甘くない。
「はあッ!!」
流れるような動作で繰り出されたのは一本背負い。床が粉々に砕け、ロイドは顔を歪めながら血を吐き出す。
「まだやるつもりですか!?」
「く、くくっ、勿論ですよ。私は諦めない。生まれて初めてなんだ、ここまで何かを我がものにしたいと思ったのは!」
ロイドの叫びと連動し、空中に出現した複数の魔法陣から魔力封じの鎖が飛び出し、マナの全身を縛り上げる。完全に動きを封じられたマナは、ゆらりと立ち上がったロイドを見て拳を握りしめた。
「くそっ……!」
「ようやく捕縛できました。最近の貴女は大人しい性格になったと思っていましたが、まだ子供の頃のように元気で何より。しかしまあ、少々やんちゃが過ぎますよ?私だから······貴女を愛している私だからこそ許せるのです」
「どうして……」
「はい?」
「どうして、そこまで私に執着するんですか……」
それを聞き、ロイドはまるで子供のような笑顔をマナに向ける。ただ、その笑顔は何よりも恐ろしい。どこまでも異質で、どこまでも歪んでいる。
「まだ小さな子供だというのに、頻繁に学園に出入りしていた貴女に声を掛けられたのがきっかけです。当時から数々の新魔法や技術を生み出していた天才の貴女から、〝魔力の制御法や観察力が凄くて尊敬する〟と言われました。覚えていますか?私はそれがとても嬉しくて、いつか成長した貴女をもっと驚かせてあげようと努力した」
腕を広げ、当時の事を思い出しながらロイドは天井を見上げる。
「ですが、それだけじゃ心が満たされない。常に貴女を目で追っているうちに、マナ・シルヴァという女性が誰よりも美しくて価値のある存在だと気付いたのです。以来、貴女を私だけのマナ先生にしようと努力を積み重ねてきました……それなのに」
マナに向けられた瞳は黒く濁っている。思わずマナは目を逸らすが、そんな彼女の頬にロイドは手を当てた。
「貴女はいつも私を見ていない。その綺麗な瞳の奥に映るのは、一体誰の姿なのだろう」
そのまま顎に指を移動させ、マナの瞳をのぞき込む。彼の声から伝わってくるのは、自分と〝彼〟に対する激しい怒り。
「答えてください、マナ先生。どうして私ではなく、ユウ君を選んだのですか?優しさ?私の方が優しい。貴女からのお願いなら、納得できる範囲ならば叶えられる。強さ?私の方が格上だ。貴女の命を脅かす存在は、全てこの私が抹消してみせる。容姿?それも私の方が優れている。頭脳も、魔力も、人望も!全て私の方が上の筈だというのにッ!!」
「上じゃないッ!!」
怒鳴られ、ロイドの肩が跳ねる。
「貴女のそれは優しさなんかじゃない!実力だって、必死に努力してきたユウ君の方が上です!頭が良くても、貴方の考え方は何もかも間違ってる!人望だって、ユウ君の方が────」
「何故だあああああッ!!」
しかし動揺を無理矢理抑え込むように、声を荒らげてロイドはマナの首を掴んだ。
「あんなゴミの何が良いのですか!?貴女は洗脳されているんだ!」
「は……?」
「努力ですって!?英雄の血を引いているのだから、ある程度の実力は兼ね備えておかないと恥でしょう!?そうか、偽りの努力を見せてマナ先生の気を引いているのか!やはり屑だ!あんな生きる価値の無い動くゴミは私が抹殺し、今度こそ貴女を奴の手から解放して────ッ………!?」
ようやく気付いた。いつも笑顔が絶えなかった優しい少女が、信じられない程恐ろしい形相で自分を見ている。
愛する人がここまで言われているのだ。いよいよ訪れた我慢の限界、圧倒的な力を誇るヴィータとの決戦でのみ使用しようと決めていた、マナにとっての切り札を容赦なく解き放つ。
「な、なんだこの魔力は……!?」
封じていた筈の魔力が荒れ狂い、全ての鎖が弾け飛ぶ。次の瞬間、激しい稲妻がマナの全身を包み込み、ロイドは後方に吹っ飛ばされた。
「その姿は……」
吹っ飛んだ先でロイドの目に映る、これまでとは比べ物にならない魔力を纏うマナ。よく見れば、肘や膝より先が白い毛で覆われ手が獣のように変化している。目つきも鋭くなり、怒りに染まった表情でマナはゆっくりと歩き出した。
「い、一体何をしたのですか、マナ先生!?」
「私が元々どんな存在なのか、ロイド先生は知っていますよね?以前魔力が暴走してしまってから、〝神狼〟としての力を完璧に制御する為の修行を、私はお父さんに手伝ってもらいながら行ってきた。そして編み出したのが、〝人の姿のまま神狼としての力を7割程度解放する〟この形態」
「馬鹿な!そんな事が可能な筈は……!」
「そもそも、私みたいにわざわざ弱体化する獣人化を行う神獣はいません。幼い頃にお父さん達に出会えたからこそ、今の私はこの場にいます。そんな私だけが使える神獣と獣人の中間形態変化、貴方は私を懐柔することができますか?」
消えた。文字通りマナが消えた。そう思った直後、ロイドは天井を突き破って外へと吹っ飛ばされていた。
ロイドがヴィータの力で移動させた研究所と地面以外何も存在しない、どこまでも歪んだ異空間。このまま空間の果てまで飛ばされるのではないかとロイドが錯覚していた時、突如目の前に現れたマナに猛スピードで顔面を蹴られ、砲弾のようにロイドは地面に衝突。何度も回転しながら研究所へと突っ込んだ。
「あっ、ぐうぅ……!?」
相手の行動を予想、分析して未来予知的行為を可能とする外法を使用しているというのに、全くマナの動きが見えなかった。折れて床に転がる自分の歯を見つめながら、ロイドは震える手を自分の頬に当てる。
「け、蹴った?マナ先生が、私を……?」
「立ちなさい」
「ひっ!?」
何が起こったのかまだ理解できていないロイドに、背後からマナが声をかける。人の域を超えた魔力。それを遠慮なく放ち続ける今のマナからは、敵に対する甘さが全く感じられない。
「この神狼マーナガルムを、我がものにするのでしょう?」
遥か昔、神獣の頂点に立っていた神狼は好戦的で冷酷な存在だったが、まだ無邪気だった幼少期にタローやテミスに出会ったことで、マナは今の温厚な少女へと育った。しかし今の彼女は神狼と獣人の中間形態、2つの性格が混ざりあっているのだ。
「くひっ、くひひひひっ!い、いいでしょう。姿が変わろうと、私は本気で貴女を愛しているんだ。その神狼の力諸共、貴女の全てを私は手に入れてみせるッ!!」
そんなマナの前で、ロイドは床に転がっていた瓶を粉砕する。中に入っていたのは感情喰らい、どす黒い霧がロイドの周囲を渦巻き、彼の肉体を瞬く間に変化させた。
『ヒャッハッハッ!学園祭の時よりも魔力は増し、敏捷性も上昇したこの姿!そうだ、この空間の支配者は私なんだ!』
全身が黒光りする鱗で覆われ、背中からは翼が生え、腰からは長い尻尾が伸び、頭部からは鋭い2本の角が。以前見たドラゴンのような姿ではなく、竜人のような姿。マナは、浮遊大陸で激戦を繰り広げた魔神グリードを思い出す。
『さあ、拷問の始まりだァッ!!』
魔人ロイドが全身から衝撃波を放つ。それは、マナに後遺症が残る原因となった魔力乱しの波動。一瞬で空間全体に波は広がり、マナの体内に流れる魔力がこれでもかというほど掻き回される。
だが、マナは表情一つ変えずに立っていた。
『な、何故だ?き、効いていないのか!?』
「いえ、魔力は乱れていますよ。ですがこの程度の苦痛、私を守る為にユウ君が受けた痛みに比べたら、とてもちっぽけなもの」
『くそっ、ならばもう一度────』
ドズン!と、何かが潰れる音が鳴り響く。目を見開くロイドは、陥没した自分の胸部を見て血を吐いた。
『ごっ、おがあ……!?』
殴られたのだ。あの小さな拳で、目で追えない程の速度で。
『お、おのれえッ!!』
「【サンダースタンプ】」
顔を上げるがマナは居らず、爆音で振り向けばマナが自分の尻尾を踏み潰していた。
「こんな飾り、必要ないでしょう?」
『あぎッ!?』
その直後にはマナが自分の角を掴み、逆さまの状態で回転してその角をへし折る。ロイドもその場で回ってしまい、再びマナの姿を見失う。
「どこを見てるんです?」
『ギャッ────』
今度は真横から顔を蹴られ、ロイドは信じられない程の速度で吹っ飛んだ。突っ込んだ壁をそのまま突き破り、飛び出した先でマナに踏まれて地面にめり込む。
『うっ、ふぐっ……』
「ロイド先生、私はユウ君を愛しています」
『はっ!?』
傷付き、血を流すロイドを見下ろしながらマナが言う。
「本当に、心の底から本気で愛しています。前までは家族としか見ていなかったユウ君が、今では何よりも大切で何よりも愛しくて、好きで、大好きで、好き過ぎて……狂おしい程好き過ぎてどうかしてしまいそう……」
『だ、駄目だ、やめて……』
「この身を重ねたのもユウ君だけ。こんな気持ちになったのは生まれて初めてなんです。何をされても、何を言われても、ゾクゾクして嬉しくなってしまうのは」
『私のマナ先生が……この世界で最も美しくて、どんな高価な宝石よりも輝いていたマナ先生が……』
「人を人として見ず、欲に溺れて手遅れな程道を踏み外した貴方に、ユウ君を酷く言う権利なんて存在しません」
『これは夢だッ!!』
マナから離れ、頭を抱えながらロイドは更に負の魔力を高める。
『有り得ない有り得ない有り得ないィッ!!嫌だ!嫌でも分かってしまう!外法が、相手の心の覗くこの外法が!貴女の言葉が全て真実であると!そんな、こんな事が!あ、あってたまるものかァッ!!』
「────終わりにしましょう、ロイド先生」
そんなロイドを、様々な感情が込められた瞳で見つめながら、マナは右腕を前に突き出した。
溢れ出る魔力が全て腕の先に流れを変え、彼女の前方に巨大な魔法陣が形成される。ロイドでは何一つ理解できない古代語と、それによって形作られた六芒星が回転を始め、更にその陣を通って凄まじい魔力が破滅の球体を作り上げていく。
『私はッ!!これだけ長い期間、貴女だけを想い続けてきたというのにッ!!』
腕を振り、魔力を高め続けるマナの周りから大量の鎖を飛び出させる。しかし、その全てが一瞬で砕け散る。目を閉じ詠唱しているにも関わらず、マナは残った左腕のみで鎖を破壊したのだ。
『あの日の貴女は、私を凄い魔導士だと……尊敬する言ってくれた!だから私は、貴女にもっと認められる為に!この世界を統べる真の魔導士になる為にッ!!』
マナの詠唱を止める為にどれだけ魔法を放っても、どれだけ声を荒げようと、マナは圧倒的な魔力を凝縮し続ける。
『貴女の為に、私はァッ!!』
「詠唱終了、極大魔法を展開する」
そしてこの瞬間、この世界でマナだけが発動可能な雷属性の究極系、最上位魔法を超える極大魔法詠唱が終わりを迎えた。
元々は、幼き日のマナが父であるタローと生み出した必殺技。それを成長した彼女は何度も改良し、限界以上の破壊力を誇る超広範囲殲滅魔法へと進化させた。
敵に対して放つのはこれで3度目。1度目は幼少期に浮遊大陸で。2度目は、オーデム近郊に現れた山のような魔物を消し飛ばした時に。3度目は、その時以上に魔力が上昇している状態の今────
『マナ先生いいいいいいいッ!!!』
ベルゼブブの最大魔法に匹敵する……いや、それ以上の破壊力を誇るかもしれない切り札が─────
「滅せよ、【マーナガルムロア】」
『ッ──────────』
視界が一瞬で白く染まる。全身から感覚が消滅する。あぁ、届かない。あと一歩のところで届かない。
その身が徐々に消滅するのを感じながら、ロイドは狂ったように笑い続け─────
「行かなきゃ。皆が待ってる」
魔力を体内に戻し、研究所が存在していた場所に出現した魔法陣に向かって、マナは一歩踏み出す。
まだ戦いは終わっていない。教え子を止め、再び平和な日常へと戻る為に。優しい神狼は、転移魔法陣に足を置いた。