89.黒き炎を継ぐ者
「──········あん?」
王国で最も大きな都市とはいえ、生まれてからこの歳になるまで何年も過ごした故郷だ。全ての路地裏まで記憶しているソルは、王都アルテアに立っていた。
そんなソルの前には見た目がそっくりな2人の少年が立っており、両者共に凄まじい魔力を纏いながら佇んでいる。
「待っていたよ、ソル・ハーネット」
「お前をこの手で八つ裂きにする日をな」
「んん?俺の知り合いなのか?」
槍を手に取り、ソルは構える。
「僕はヒカル。そしてこっちが────」
「弟のヒカリだ。まあ、双子なんだがな」
「僕達はね、君の母親と20年以上も前に浮遊大陸で交戦したんだ。あの時も、僕達が必ず勝利する筈だった········なのに」
「俺達は敗北した。狂ったように魔法を駆使するあの女に全身を切り刻まれ、そして生かされた」
「あぁ、なんという屈辱!浮遊大陸が魔神と英雄の激突で消し飛ぶ寸前に脱出はできたけど、あの時の事だけは未だに忘れる事ができないんだ!」
「えっと、おう。まあ元気出せよ。ところで双子さんよ、アンタら20年以上前に母ちゃんとやり合ったって言ったが、随分幼く見えるもんだ」
それを聞き、2人は笑みを浮かべる。
「外法の代償さ。肉体の限界を超えた速度での超光速移動を可能とするこの外法は、使えば肉体の成長が止まってしまうんだ。だから僕達は、何年経ってもあの頃から姿が変わらない」
「そして、あの頃よりも更に俺達は強くなった。まずはお前を叩き潰し、その後ラスティ・ハーネットの前にボロ雑巾のようになったお前を転がして謝罪させる」
「勿論土下座はさせるよね。それから頭を地面に当てて土でも食べさせて、服を脱がせて王都を駆け回ってもらおうか」
「くくっ、殺すのはその後だ。死すら生ぬるい地獄を何十日間も堪能してもらい、肉塊に変えてやろう。少し魔法を当てれば死ぬ程弱ったお前を人質にでもすれば、奴は嫌でも俺達には逆らえないのだから」
と、そこで2人は気づく。復讐の為に利用する男が、20年以上も前に自分達が恐怖した魔力と殺気、それを放っているという事に。
「········やはりあの女の息子というわけか」
「思い出したらムカつくなぁ。まあいいや、サクッと片付けてあげるよ」
次の瞬間、ヒカリとヒカルが消えた。そしてその直後、ソルの体が砲弾の如く吹き飛ばされる。外法の力を使い、圧倒的な速度で放たれた蹴りと拳。その2つが、魔力を纏う暇もなくソルを襲ったのだ。
「あっははっ!少しは抵抗してみなよ!」
「それから無様に死ね!」
閃光が空を駆ける。槍で地面を叩き、回転しながら着地したソルは、迫り来る2つの光を目で捉えた。
「別に殺す気で俺を襲ってくるのはいいけどよ、そんな話を聞いたら手加減なんてできねぇぞ?」
「本気を出したところで────」
「────俺達にはついてこれない!」
真上からソルを襲ったのはヒカリ。強烈な踵落としをソルは受け止めたが、背後からヒカルが襲いかかる。
「遅いんだよノロマが!」
「楽に死ねると思わない事だね!」
全身から放たれた魔力が炎と化し、閃光の双子を吹き飛ばす。更にその炎を槍に纏わせ、着地したヒカリ目掛けて炎の突きを放った。
地面が焦げる程の熱量。もし直撃すれば間違いなく重傷となるだろう。ただまあ、直撃すればの話だが。
「遅いって」
「言ってるだろ!?」
「がはっ!?」
突きを回避したヒカリがソルを蹴り上げ、空中でヒカルが無防備な顔面に拳をめり込ませる。そしてそのままソルは猛スピードで回転しながら地面に激突し、建物の中へと突っ込んだ。
「───········はは、いってぇー」
口元の手で拭き、ソルは体を起こす。偶然か、彼が突っ込んだのは長年過ごしてきた実家だった。
「あー、母ちゃんと父ちゃんは無事なんだか。いやまあ、余裕でバッシバッシ悪魔共を薙ぎ払ってるんだろうけど」
両親が無双する姿など、少し目を閉じれば簡単に想像できる。しかし、このままだとその両親でさえもヴィータの力に飲み込まれてしまうだろう。
「終わりかなぁ?ソル・ハーネット」
「所詮その程度か」
ソルの前に、双子が立つ。
「手加減できないんじゃなかったの?」
「フン、雑魚が」
まだ、傷一つ負ってすらいない。しかし、そんな彼らを見ても、ソルは焦る事も恐れる事もない。
「·······母ちゃんはな、俺みたいな馬鹿でも〝可愛い息子〟だーなんて言ってくれんだ」
「は?」
「怒る時は怒るけど、基本的に明るくて優しいし、この人の息子で良かったなってよく思う。素敵な人だと思うよ、ホント」
「それが何?」
「そんな母ちゃんに手ぇ出そうってんならお前ら────ぶっ潰すぞ?」
次の瞬間、凄まじい殺気が2人を襲った。咄嗟に跳び離れるが、そんな2人を漆黒の炎が包み込む。
「ぐっ!?」
「黒い炎······!?」
炎から感じたのは2つの属性。有り得ないと驚愕しながら、ヒカルはソルを睨みつけた。
「馬鹿な、炎と闇───2つの属性魔力を同時に使用しているというのか!?」
「おうよ。父ちゃんの炎と母ちゃんの闇、その2つを俺は受け継いでるらしくてな。本来なら適性属性は1つらしいが、俺は珍しい2つ持ちってわけだ」
「くっ········!」
「さぁて、始めるとしようぜ。母ちゃんから授かったこの闇が、お前ら2人を再び断罪する」
「こんの、マザコンがあッ!!」
ヒカルの姿が消える。ヒカリとの連携を忘れた、怒りに任せた超高速の攻撃。しかし突如ソルの周囲に炎の渦が出現し、突っ込む寸前で急停止したヒカルをソルは槍で弾き飛ばした。
「マザコン度でいったらユウのが上だな」
「この雑魚めが!」
続いて背後に回り込んできたヒカリの背中を、跳躍したソルは炎を纏わせた槍で勢いよく叩く。そして蹌踉けたヒカリを蹴り飛ばし────
「【魔炎突】!!」
「ぐはっ!?」
突きを浴びてヒカリは吹っ飛んだ。そして、その先には立ち上がったばかりのヒカルが。
「っ、邪魔だよヒカリ!」
「お前こそいつまでダラダラしてる!」
「【黒炎刃】!!」
「「がっ!?」」
ぶつかり合い、喧嘩を始めた2人に急接近したソル。そして魔力を燃え盛る黒い刃に変え、2人を容赦なく襲った。
「いつもはユウばっか目立ってるけどな!」
「この野郎!」
「舐めるなァ!」
「俺だって〝英雄の息子〟なんだよッ!!」
振り回された槍が腹を打ち、暴れ狂う爆炎が身を焦がし、漆黒の刃が魔を刻む。目で追えない程の速度で動き回ったところで、彼が纏う炎に阻まれ決定的なダメージを与える事ができない。
焦りと苛立ちが、気づかぬうちに2人の頭と体を支配する。それとは逆に、激しい炎を放ち続けながらも、ソルの頭は至って冷静であった。
「そ、そんな、どうして僕達の攻撃が通じないんだ!?」
「有り得ない、あの女の息子などに!」
「確かに世間じゃタローさんとテミスさんばっか目立ってるけどなぁ、俺の両親だってこの世界最強格だぜ?そんな2人の血を引いてんだから、多少は強くないと申し訳ないだろ」
「チッ、こうなったら········!」
同時に跳び下がり、膨大な魔力を解放したヒカリとヒカル。そんな彼らの変化を肌で感じ、視界に映るソルは槍を構えた。
「「終わりだ死ねえッ!!」」
「ッ────」
直後、閃光が視界を埋め尽くす。限界を超えた速度で放たれた、何十何百という技の数々。衝撃で地面は砕け散り、勝利を確信したヒカルは笑みを浮かべながらヒカリに目を向け─────そして絶句した。
「がっ········!?」
「そ、そんな、ヒカリ!?」
全身に刻まれた切り傷。あちこちにその身から溢れ出した鮮血を撒き散らし、ヒカリはその場に崩れ落ちる。
「ふう、ギリギリ間に合ったか」
そんなヒカリと彼に駆け寄ったヒカルを、槍で肩を軽く叩きながらソルは見下ろす。彼の周囲では、何故か何も無い筈の空中からポタポタと血が零れ落ちていた。
「まさか、その魔法は!?」
「母ちゃんの切り札、【死の舞踏】っつー技だ。空気中に魔力を浮遊させ、それを不可視の刃へと変化させるこの技は、お前らみたいにスピード頼りな相手には圧倒的な効果を発揮する」
「ぐうぅぅっ!よりによって、あの女があの時に使った魔法で僕達を········!」
「さて、〝舞踏会〟は始まったばかりだぜ?野郎と踊る趣味は無いが、今日は特別大サービスだ。最後までソル先生が、手取り足取り教えてやんよ!」
「気持ち悪いんだよ雑魚野郎がッ!!」
戦闘不能になったヒカリに魔力を分け与え、ヒカルは地を蹴る。空気中に浮遊する魔力など、全て別の方向に吹き飛ばしてしまえばいい。弾丸の如く加速するヒカルは全力で風魔法をソル目掛けて放った。
しかし、突如背後から凄まじい熱を感じて振り返る。そこには、たった今吹き飛ばした筈のソルが立っており───
「【螺旋焔】!!」
「ごああああッ!?」
激しく回転する炎がヒカルを燃やす。そして彼が吹っ飛んだ方向は、直前に風魔法で押し流した魔力が浮遊する領域だ。
「ま、まだだァ!!」
「っ!?」
咄嗟に身を捻り、強引に着地して再度駆け出したヒカル。不意をつかれたソルの反応は僅かに遅れ、その隙を狙ってヒカルの拳が炸裂する。
強烈な一撃はソルの頬を歪め、自身の手が焼ける事も気にせずに腕を振り切る。吹っ飛ばされたソルは、数回地面をバウンドしてから建物へと突っ込んだ。
「ははっ、どうだ!ヒカリには勝てても、この僕には自慢の炎も通用しないのさ!」
「そりゃどうだか」
一閃。凝縮された魔力がヒカルをボールのように跳ね飛ばし、入れ替わるようにソルが現れた。吹っ飛びながらヒカルは震え上がる。今のソルは、当時のラスティよりも強い。それに加え、魔力解放まで行っているのだから。
「ひ、ヒカリ、早く起きろよ!」
「ぐっ、もう起きている········」
ヒカルを受け止め、ヒカリが魔力を放つ。更にヒカルも魔力を解き放ち、2人同時に駆け出した。
「「消えろ、【ヘル・ライトニング】!!」」
超高速で駆け巡る閃光が、視界に映るもの全てを切り刻む。風も、舞い散る石も、何もかも。
「········手応えが」
「無いだと!?」
上を見れば、燃え盛る爆炎を纏ったソルが構えていた。直撃していれば、間違いなく全身を切り刻めていただろう。
「だけどな、動きが分かりやすいんだよ。強烈な魔法だろうが、真正面から来るって分かってりゃあ避けんのは簡単だ」
「ぐっ········!」
「さあ行くぜ、歯ァ食いしばれ!」
迎え撃とうと動き出す双子だったが、彼らよりも速くソルは槍を投げた。恐るべき速度で回転する槍は地面に突き刺さり、火炎が2人を閉じ込め、魔法陣が足元に展開される。
「【炎狼破獄陣】!!」
「「ぐあああああああッ!!」」
その魔法陣は盛大に爆ぜ、炎は巨大な柱となって2人を飲み込んだ。やがて着地し槍を手に取ったソルは、沈黙した2人を見ながら槍を肩に置く。
「へっ、悪いが俺はヴィータちゃんと踊らなきゃならないんでな。先を急がせてもらうぜ」
そして、少し離れた場所に出現した転移魔法陣に向かってソルは動き出した。