88.第3層 番人の間
「ユウ君!良かった········!」
第3層に転移してから数分後、マナ姉達も無事にこの場所へとやって来た。4人共怪我していたのでアーリアの回復魔法で治してもらい、改めて第3層を見渡す。
青い空間に、俺達が立つ円状の柱が建っている。下を見下ろせばどのまで続いているのか分からない空間だけが目に映り、敵が出てくる様子もない。
ただ、足場の端には計8つの扉が存在していた。そして妙な事に、俺が触れる事ができたのは1つの扉だけ。それ以外の扉は、触れた瞬間に手が弾かれてしまったのだ。
それはリース、ソル、アーリアも同様で、それぞれ1つだけ触れる事が可能な扉が存在していた。
「まさか、ここからは8箇所に別れて進めって事なんじゃ········!?」
マナ姉の言葉で全員が動揺していたが、恐らくそういう事なんだろう。マナ姉達にも試してもらったけど、やはり1人につき1つしか扉は触れれない。
『その通り、次が最後の試練さ』
「「「っ!?」」」
突然声が響き、全員が構える。そんな俺達の前に、薄ら寒い笑みを浮かべる男が姿を現した。
「ああ、マナ先生。やはり貴女は美しい。そしてユウ君、君も随分と成長したようじゃないか」
「そ、そんな、どうして········」
「貴女と結ばれるまでは、決して果てるわけにはいかないのですよ、マナ先生。さあ、私と共に────」
「お前、なんで生きてやがるッ!!」
抜刀し、魔力を放つ。怒りと殺意で頭がいっぱいになりながらも、俺はマナ姉を背後に移動させた。
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、何かに取り憑かれたような瞳で俺達を······いや、マナ姉を見つめるその男。有り得ない、どうして死んだ筈のあいつが生きてるんだ!?
「あ、ぁ、ロイド······先生?」
「おお、覚えていてくれましたか!ずっと貴女と再会できる日を待ち望んでいたんです。貴女もそうでしょう!?」
学園祭でマナ姉を傷つけ、駆けつけた親父に始末された筈の元学園教師ロイド。まさか生きていたとはな······!
「ハッ、屑野郎がマナさんに何用だよ」
「先生には指1本触れさせへんで!」
「君達も久々だねぇ。ククッ、短期間で随分成長したらしい。英雄達との修行、楽しかったかい?」
「そんな事はどうでもいいんだよ!お前、何故生きてるんだ!?あの時親父に────」
「〝死ななかった〟········ただそれだけさ」
背後に居るマナ姉が、俺の腕を握る。その手は尋常じゃない程震えていた。当然だ、あれはマナ姉にとってトラウマとなった出来事なのだから。
「元々私はヴィータ・ロヴィーナに駒扱いされていてね。彼女から感情喰らいの力を与えられ、ユウ君覚醒の為に色々頑張っていた······なんてまあ、マナ先生を手に入れる為に君という存在を利用しただけだが」
「それで、まだヴィータの味方をしているのか」
「私はね、マナ先生と私だけが存在する楽園を創りたいのさ。そして愛を誓い、交わり、子を授かる。フハハっ、なんて素晴らしい世界なんだ!」
「ひっ········」
これ以上は聞いていられない。神雫から魔力の刃を放ち、それを避けたロイドとの距離を一気に詰め、そして神雫を振り下ろす。
「おっと、無駄さ。私は今この場に居ない。本体はこの第3層内に存在する別の場所で待機しているよ」
「チッ、魔力体か········!」
攻撃がすり抜けた。相手が魔力体だと分かれば、怒りに任せて魔力を無駄遣いするわけにはいかない。俺は神雫を鞘に収め、マナ姉の前に戻る。
「マナ姉とふたりきりなんて無理だな。お前、ヴィータに消されるぞ?」
「ククッ、どうだろう。それはさておき、想像してみなよユウ君」
バッと腕を広げ、ロイドは天を見上げる。
「君達シルヴァ一家の前でマナ先生を嬲って遊んで滅茶苦茶にして!そして心も体も壊れたら私だけのマナ先生の出来上がりさ!一度愛を誓った君や両親達の前でねぇ、愛らしい耳も尻尾も雪よりも白い髪も、癒しの声も華奢な体も!この私が何もかも奪ってやろう!あぁ、想像しただけでイってしまいそうだァ!アヒャハハハハハッ!!!」
「こいつ········!」
「屑と変態を極めるとこうなるのですね」
うっとりとした表情で最低な事を言うロイドを見て、クレハも凄まじい魔力を放っている。しかしロイドは何処吹く風で、余裕な態度を崩さずに笑った。
「ハハッ、私はただ挨拶に来ただけだよ。さあ、それぞれ準備が出来たら扉の先へと進むといい。ただまあ、別れの挨拶は欠かさずにねぇ」
「おい待て!」
ロイドの魔力体が消える。暫く俺達は誰も言葉を発さなかったが、最初に口を開いたのはマナ姉だった。
「わ、私は、行くよ」
「マナ姉········」
「そんな、危険すぎます!姉さんが進む事が可能な扉の先には、確実にあの男が待ち構えているのですよ!?」
「それでも、他に方法は無いでしょう?本当はとても怖くておかしくなってしまいそうだけど、私は進まないといけないの」
「姉さん、ですが········」
クレハの気持ちは嫌という程分かる。俺だって、マナ姉を1人であいつの所には行かせたくない。それでも、マナ姉は覚悟を決めたんだ。だったら俺だって────
「ユ、ユウ君········?」
「マナ姉ならきっと乗り越えられるさ。だけど決して無理はしないで、必ず試練の先で会おう」
「っ、うん」
抱き寄せ、背中を何度か軽く叩いてやる。マナ姉は、俺を元気づける時にいつもこうしてくれるからな。
「くぅ〜、ウチじゃ手も足もでやんわ」
「ええ、完敗ね·······」
「いいなぁ、私も先輩に········」
「兄さん、私も頭を撫でてくださいっ!」
クレハの頭を撫でてやると、彼女はとても嬉しそうに笑った。それを見てから、俺は自分のみが触れる事のできる扉の前に立つ。
「この先はこれまでとは比べ物にならない程の試練が待ち構えている筈だ。だけど、俺達ならきっと敵に打ち勝つ事ができると信じている」
「へへっ、当然だな」
「ハスターさんとの修行の成果、見せつけてやりましょう」
俺に続き、全員が扉の前へ移動し────
「皆、修行で学んだ事を忘れずにね!」
「兄さんにお会いする為なら、どんな試練だって乗り越えてみせますよ」
「おーっし、頑張りますかぁ!」
「修行で学んだ事········セクハラばっかりや」
「り、リースさん、頑張りましょう」
「ユリウス君、しっかりね」
「フッ、アーリアこそ」
「よし、それじゃあ後で会おう!」
『レッツゴーです!』
そして俺達は、扉の先へと足を踏み入れた。
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「どうなってるんだ········?」
世界樹第3層───に、到着した筈だった。しかし周囲を見渡せば、何故か目に映るのは机や黒板、そして生徒達。教室のど真ん中に立つ俺を見て、黒板に文字を書いていたマナ姉はきょとんとしている。
「ゆ、ユウ君こそどうしたの?急に席を立ったと思ったら········」
「チッ、また魔力体か········!?」
まさか、学園ごとそっくりそのまま再現したとでもいうのか。俺を見てクスクス笑うクラスメイト達も、吸収した魔力から生み出された偽物達の筈。
「いやー、思ったより動揺しないなぁ。意外と信じるかなーって思ってたのに、つまんないの」
「ッ─────」
突然窓ガラスが砕け散り、教室の中に少女が飛び込んできた。両手に漆黒の剣を持つ少女は、灰色の長髪を揺らしながら机の上に立って俺を見下ろす。
「初めまして、ユウ・シルヴァさん?」
「魔力体、じゃなさそうだな」
「ええ、あたしは本物の人間。この歪んだ学園の中で、あんたが来るのを待ってたのよ」
「········ヴィータの仲間か」
「仲間というか、目的の為に互いを利用し合っているだけ。あいつはあんたの前に立ちはだかる番人としてあたしを、あたしは新世界に進む為にあいつを······ってね」
教室内はパニックだ。マナ姉はクラスメイト達を避難させており、その逃げるクラスメイトに少女は目を向けた。
「キャーキャーうるさいのよ、凡人共!」
少女は、逃げ惑う俺の友人を何の躊躇いもなく斬り裂いた。飛び散った鮮血は俺にも付着し、勢いよく倒れた友人を見て少女は楽しげに笑う。
「おい、何してるんだよ!」
「いいじゃん、偽物なんだからさ!」
続いて俺目掛けて剣を振り下ろしてきたので、俺は抜刀してそれを受け止める。
「何が目的だ········!」
「あんたを殺す事よ」
「ヴィータの指示でか?」
「そうだけど、心は痛まない。あたしは絶対にあんたを殺さなきゃならないの!」
いつの間にか教室から俺達以外の人は消えていた。理由は不明だが、この少女は俺を殺すつもりらしい。こんな場所でそんな相手が現れたという事は、この少女を倒さなければ先に進めない可能性が高いな。
「弐ノ太刀─────」
「あたしはリザ、死後の世界が存在するなら自分を殺した相手として覚えておきなさい」
「【乱月】!!」
至近距離で、実力を試す為にあえて威力を落として連続で斬撃を放つ。しかし、リザはその全てを2本の剣で斬り飛ばした。
「その程度かユウ・シルヴァああッ!!」
「馬鹿な、今の動きは········!?」
黒い刃が頬を掠め、教室全体を斬り裂く。この動きと技は、母さんと全く同じじゃないか!
「あっは、驚いてるわね。ねえあんた、外法って知ってる?」
「········魔法よりも強力な効果があるが、その分使用者に代償を払わせる禁じられた魔法」
「そう!あたしは【英霊憑依】という外法を使う事ができるの。それは他人の動きをそっくりそのまま再現できるという外法、まるでその者をこの身に宿したかのような動きが可能になるわ」
「それで母さんの動きを再現してるのか」
剣先から放たれた魔力を避け、扉を蹴破って廊下に転がり出る。当然リザは俺を追って外に出てきたが、教室の入口には魔法陣を設置しておいた。
踏めば起動し、爆発する無属性の魔法陣だ。
「無〜〜〜駄ッ!!」
「チッ!」
しかし、リザは魔法陣が起動するよりも早くに床を粉砕した。そして2本の剣を、まるでブーメランのように投げ飛ばす。
1本を神雫で弾き、もう1本をしゃがんで避ける。そのまま剣は壁を抉りながらリザの手元に戻ったので、俺は再度駆け出した。
「くそっ、狭すぎる········!」
『ユウ様、来ます!』
「弐ノ太刀【乱月】!!」
向こうから放たれた複数の斬撃。それを同じ技で弾き返し、俺は窓ガラスを突き破って外に飛び出した。どうやらここは3階だったらしい。一瞬ヒヤッとしたものの、魔力を纏って中庭に着地する。
『ユウ様、どうやら手を抜いて勝てる相手ではなさそうですよ』
「ああ、あまり魔力は消費したくなかったけど」
壁を砕いて3階から飛び出し、漆黒の双剣を振り上げたリザ。そして猛スピードで縦に回転し、振り下ろされた双剣は受け止めた俺の腕を粉砕した。
『ユウ様、私が回復します!』
「ぐうっ!すまない、助かる!」
リザを蹴り、距離を取る。
「「参ノ太刀!!」」
同時に構え、互いに得物を振り下ろす。
「「【月咬】!!」」
放った斬撃が地面を抉りながら突き進む。そして互いの斬撃が衝突した瞬間、俺は斜め前に跳んだ。
「肆ノ太刀【三日月】!!」
「【銀障壁】!!」
多量の魔力を纏わせた刀を振り下ろして放たれる、一撃の破壊力が銀閃一刀流の中でもトップクラスの技。しかし、それは展開された障壁で弾き返される。
「無駄よ、無駄無駄!今のあたしは剣聖そのもの、その息子程度があたしに勝てると思わない事ね!」
「勝手に言ってろ········!」
双剣から繰り出される嵐の連撃を避け、受け流し、そして隙を逃さず突きを放つ。それを交差した剣で受け止めたリザだったが、そのまま彼女は後方に吹っ飛んだ。
「あたしは選ばれた者、あんた達凡人とは違うのよ」
「········」
着地したリザは無傷だ。相当強いが、彼女は一体何故ヴィータに手を貸しているのだろうか。
「ってあら、他の場所でも始まったようね」
「君と同じような敵が来ているのか?」
「ええ、個性的な屑共がね。さあ、ユウ・シルヴァ。あたし達もそろそろ本気でやろうじゃない」
「同意見だ。一刻も早くヴィータを止めなきゃならないんでな」
様子見は終わりにしよう。彼女は漆黒のオーラを、俺は銀色の魔力を纏い、互いに得物を構える。
「感情喰らい、あたしに力を貸せ!」
「魔力解放········!」
直後、全力と全力がぶつかり合った。