81.特訓開始
「ユウ、準備はいいか?」
「ああ、頼むよ」
オーデム魔法学園魔闘場。俺の前に立つ母さんは、既に刀を抜いてやる気満々だ。
マナ姉達が各地に向かい、オーデムに残った俺は母さんと修行する事になった。魔力解放が出来るようになったとはいえ、今のままではヴィータ相手に手も足も出ないだろう。
だからこそ、2週間という短い期間で母さんから様々な事を学ばなければならない。まだ全身包帯だらけの母さんだが、折角こうして付き合ってくれてるんだ。
「宜しくお願いします」
「ふふ、こちらこそ」
次の瞬間、母さんが視界から消えた。直後に背後から魔力を感じ、勢いよく前に跳ぶ。振り返れば、直前まで俺が立っていた場所目掛けて母さんが刀を振り下ろしていた。
「速い─────!」
「油断するな、ユウ」
左右から迫り来る母さんの分身。幻襲銀閃、魔力で分身を作り出す無属性の魔法だ。
「くっ!」
「漆ノ太刀········」
「やべっ!?」
左は刀で、右は魔力を纏わせた腕で受け止めたが、視線の先で母さんが構えた。
「【月衝閃】」
「ッ─────」
倒れるように前へと転がり、放たれた一撃をギリギリで避ける。本当に怪我しているのかと思ってしまう程、速く凄まじい技の数々。やはり、母さんは流石だな。
「魔力解放ッ········!」
駆け出して魔力を解き放ち、全身で刀を振るう。それは簡単に受け止められたものの、そこから連続で技を放った。
「っ········!」
俺の攻めで、母さんの表情が変化したのは初めてかもしれない。次第に技を受けきれなくなり、母さんは俺から逃れるように跳んだ。
「ふふ、成長したな」
「まだまだ!」
母さんを追って俺も地を蹴る。
「魔力解放」
「へ──────」
しかし気が付けば、俺は逆さまの状態で壁にめり込んでいた。何が起こったのか分からず、向こうで着地した母さんを見つめる事しかできない。
「最初の課題は、今の一撃を受け止めれるようになる事だな」
「は、はは、無理じゃない········?」
なるほど、魔力解放した母さんに吹っ飛ばされたのか。たった2週間で、今のに反応できるようになるのだろうかと、早くも俺は不安になるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
母さんとの特訓は夕方まで続いた。あれから何度挑んでもボコボコにされ、自分に足りない部分を徹底的に思い知らされた1日。
疲労と痛みで妙に重い体を引き摺り、俺は魔闘場から出る。今頃皆も同じように特訓している頃だろう。早く帰って飯を食いたいと思ったものの、移動するのが面倒だ。
近くにあるベンチに寝転がり、身体を休める。あれだけ派手に技を出し合ったのに、母さんはまだまだ余裕そうだった。どうすれば、あそこまで効率よく魔力が使えるようになるのだろうか。
「兄さん」
目を閉じて考えていると、突然頬に冷たいものが押し当てられた。驚いて目を開ければ、微笑んでいるクレハと目が合う。
「ふふ、お疲れ様でした」
「おー、ありがとう········」
どうやら冷えた飲み物を持ってきてくれたらしい。それを受け取り、体を起こして一気に飲み干す。
「クレハも、今日の特訓は終わったのか?」
「はい、ボロボロですけど」
と、それを聞いて気付いた。よく見れば頬に湿布が貼られていたり、手首に包帯が巻かれたりしているではないか。
「く、クレハ、大丈夫なのか!?」
「え?」
「顔の怪我って········まさか殴られたとか!?」
「違いますよ、砕いた岩の破片が頬に当たってしまっただけです。それに、兄さんだって怪我しているじゃないですか。私よりも自分を心配しないと」
砕いた岩の破片が当たるって、相当痛いと思うんだが。それでも俺の心配をしてくれるクレハは、やはり天使である。
「そろそろ帰りましょうか。私、もうヘトヘトです········」
「はは、俺もだよ」
肩を並べ、学園から出る。外は寒く、段々体が冷えてきた。クレハも同じく寒そうにしており、吐く息で手を温めている。
「寒いってのもあるだろうけど、人が少ないな」
「普段なら、この時間はもっと賑やかなんですけどね」
まあ、当然か。最後の頼りだった親父と母さんを破った存在が、もうすぐ世界を滅ぼすと言ってるんだ。そんな時に、いつも通り過ごす事はできないだろう。
「本当に、私達だけで勝てるのでしょうか」
「厳しいけど、俺達だからこそヴィータを止める事ができるんだ」
「そうだといいのですが········」
やはりクレハも不安そうだ。しかし、どのみち俺達が世界樹に行くしかない。展開された障壁は、学園長や親父ですらも突破できないのだから。
『あはは、無理しちゃ駄目だよ?』
寝る前に、マナ姉から連絡がきた。今は寝転がりながら通話している最中で、母さん相手に手も足も出なかった事を伝えれば、マナ姉は苦笑しながらも心配してくれる。
「マナ姉達の方はどうだった?」
『えへへ、凄いんだよ。エリナちゃんが、初日でもう魔力解放できるようになったの!』
「まじか」
『この調子だと、私の魔法を教えても大丈夫そうかも』
とんでもないな。強力すぎて使い手がマナ姉以外にいなかった雷魔法も、遂に伝授される時が来たのか。
「これは負けてられないな」
『ユウ君も頑張ってね。それに私だって、もう少しで試している事が成功しそうなんだぁ』
「試してる事って········ああ、あれか」
『私も、もっと強くなりたいの。守られるだけじゃなくて、お父さん達みたいにユウ君と肩を並べて戦いたいから』
おおう、嬉しい事を言ってくれるな。今この場にマナ姉が居たら、迷わず抱きしめていただろう。
『あー、会いたいなぁ········』
「俺もさ。親父に変な事されてないか、結構心配だし」
『あはは。お父さんも、お母さんとクレハちゃんに会いたい〜って言ってたよ』
「俺は?」
『う、うーん········』
「あの変態親父め」
その後も会話は続く。マナ姉は以前デートで訪れた港町レイニーで寝泊まりするのだが、やはりオーデムと同じで人は少なく静かだという。
窓の外に広がっているのは終わらない黄昏。不気味で、そして幻想的な空。いつものように、星空を見る事もできない。
何が起こるか分からず、いつ歴史書の悪魔が攻めてくるかも分からない。そんな状況だと、住民達から元気が失われるのは当然だ。
『頑張って、ヴィータちゃんを説得しなきゃね』
「そうだな」
『さて、そろそろ寝よっか。あんまり遅くまで起きてると、お父さんに怒られちゃう』
残念だが、明日も特訓するのだ。早く寝て身体を休めた方が良いというのは俺も理解している。非常に残念だけどな。
『明日もまた連絡するね。大好き、ユウ君』
「ああ、俺も─────」
『いつまで起きてんだ、この馬鹿息子が!お前に俺のマナちゃんは渡さん!はっはっはっ、ざまあ!あっ、ちょっとお父さん!まだおやすみって言えてないのに!』
突然通話が切れた。どうやら乱入してきた親父が強制的に通話を終了したらしい。相変わらず邪魔だな、親父は。
「まあいいや、声聞けただけで充分だし········」
もう寝よう。そう思って部屋の明かりを消す。しかしその直後、突然魔導フォンから音が鳴った。誰かからメールが届いたらしく、俺は暗闇の中魔導フォンを見る。送り主はマナ姉だ。
『おやすみ!』
という文章と、笑顔でピースしているマナ姉の写真が送られてきた。親父が写真を撮ったらしい。無理矢理通話を終わらせて、申し訳ないとでも思ったのだろうか。
「········待ち受けにしよう」
保存し、待ち受けに設定し、俺は寝た。