80.二週間
「ということで、お前達にはこれから2週間、最終決戦に備えて特訓をしてもらう!」
学園の魔闘場に集められた生徒達は、ソンノの説明を聞いて顔を真っ青にしていた。ヴィータが世界を滅ぼす為に現れた女神であり、あの英雄王と剣聖が敗れた瞬間を映像で見ていたのだ。
これまで共に過ごしてきた彼女が敵というだけで動揺が隠せていないのに、敵の手に堕ちた世界樹に足を踏み入れなければならないという。ただの学生であるエリナ達からすれば、それは死刑宣告にも近い言葉だった。
「む、無理ですよ。ウチら、学園長とかみたいに強いわけじゃないですし···········」
「たった2週間の特訓程度で強くなれるとは思いません!」
「おーおー、やってみなきゃ分からんだろ?それに、お前達は自分が思っている以上に才能がある。ちゃんとした師に教えてもらえば、眠った才能を開花させる事は可能な筈だ」
そう言って、ソンノが別の空間と魔闘場の空間を繋げる。
「じゃ、早速師匠の紹介をしよう。まず、アーリアとユリウスにはこいつらだ」
「あら、可愛い子ね」
「えー、おっさんの弟子は男かよ···········」
姿を見せたのは、ネビアとハスターだった。2人を見た途端、アーリアとユリウスは石像のように固まってしまう。
「うふふ、緊張しているのかしら?」
「しっかりしてくれよな。お前らがおっさんの代わりに世界を救うんだからよ」
「は、はひ··········」
「よよ、よろしく、おねがいしま、す」
ユリウスは大量の汗を流しており、アーリアは泣きそうになっていた。無理もない。目の前に居るのは教科書に載っている超有名な探検家であり、かつてタロー達と共に世界を救った英雄なのだ。
「リースはこいつだ」
「こいつではない、ヴェントだ。フッ、人間の娘よ。僕が君に風魔法の極意を教えよう」
「おえっ、気持ち悪」
「なんだと貴様!ソンノ・ベルフェリオ、僕は前から言おうと思っていたんだ!君の大魔王様への態度は─────」
「今それ関係ないだろうが」
(ちょっ、風の魔王様やん!)
リースの師は、風魔法使いの魔王ヴェント。魔法の威力が高すぎる為、誤って殺されたりしないだろうかと、リースは早くも心配になっていた。
「で、ソルは────」
「俺達だ」
「あははっ、根性叩き直したげる」
「ひいいっ!?」
ソルの肩を叩いたのは、悪い笑みを浮かべている彼の両親、アレクシスとラスティ。昔から父の修行は厳しく、この2週間はソルにとって地獄となるだろう。
「クレハは、ヴェントと同じ魔王な」
「よっ、大地の魔王テラだぜ」
突如地面が盛り上がり、中から飛び出した茶髪の男性。ヴェント達と共に普段は魔界を守護している、魔王のテラだ。
「仲良くしような〜!それで、もし良かったら世界を救った後にデートでも···········」
「兄さん以外の男性に興味はありません」
「ガーーーーーン!!」
情けないことに、これから弟子となるクレハの前で、ショックを受けたテラは膝をついた。
「ふふ、エリナちゃんには私が教えるよ」
「っ、マナ先生が!?」
エリナが目を輝かせる。ずっと憧れていたマナが、自分の師匠になってくれるというのだ。夢が叶った気分になり、エリナのやる気が早くもMAXになる。
「それで、私はエリナちゃんが休憩している間にお父さんから色々教えてもらうね」
「ま、マナちゃん、ほんとにいいのか?ちゃんと休憩した方が···········」
「休憩はするよ?でも、私だって頑張らなきゃ。よろしくね、お父さん」
「ぐっ!?し、心臓が··········」
「ええっ!?」
愛する娘に天使のような笑顔を向けられ、タローは幸せそうな表情のまま倒れた。馬鹿である。
「ユウは私と特訓だ」
「え、母さん!?」
最後に、ユウの前に歩いてきたのはあちこちに包帯を巻いているテミスだった。重症を負い、寝ていた筈。彼女の登場には、代わりに自分が教えようと思っていたソンノも目を見開く。
「お、お前、怪我は!?」
「ティアーズ様の魔法で痛みは和らいでいます。それに、寝たらある程度治りました」
「ちょ、超人だな···········」
驚くソンノやユウ達だったが、彼女が力になってくれるというのなら非常に心強い。ユウは宜しくお願いしますと頭を下げ、テミスは微笑みながら頷いた。
「さて、これで紹介は終わりだ。しかし残念な事に、英雄達は決められた地方や国に行かなければならない。理由は、ヴィータ・ロヴィーナが各地に歴史書の悪魔や感情喰らいを放とうとしているからだ」
「そこで、俺達は特訓をしながらその場所を守るんだ。申し訳ないけど、弟子になった子は師匠の持ち場について行って、そこで2週間過ごしてもらう事になるな」
それを聞き、最もショックを受けたのはクレハだった。大好きな兄と2週間も離れ離れになるなど、彼女には到底耐えられそうもない。
「安心しろ、クレハ。オーデムの防衛を任せるテミスはまだ本調子じゃないから、テラもここを手伝ってもらうんだ」
「本当ですか!?」
ソンノの話を聞き、クレハはすぐ上機嫌になる。それなら毎日兄の近くで過ごす事が可能だ。こんな状況だというのに浮かれているクレハを見て、ソンノはやれやれと息を吐いた。
「というわけで、師匠の紹介はこれで終わりだ。出発の準備が終わったら、それぞれ自分の師匠に声をかけてくれ」
それを聞き、各自表情に不安は残っているものの、荷物をまとめる為に寮へと向かう。ユウ達は一度実家へと戻った。
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「これでよし、と」
大きめのリュックに着替えなどを詰め込み、準備を終えたマナはそれを背負う。丁度そんなタイミングで扉をノックした音が聞こえ、ユウが中に入ってきた。
「どうしたの?」
「いや、何となく────」
「あれれ、もしかしてお姉ちゃんと離れ離れになるから寂しいのかなー?」
「さあなー」
「ムッ、何その反応。私は寂しいけど」
とは言ったものの、空いた時間に魔導フォンを使えば離れていても会話は出来るのだが。しかし、実際に顔を合わせて話をするのとは全然違うのだろう。
「はぁ、急に私達だけで世界樹に行く事になるなんてね。エリナちゃん達には申し訳ないな」
「ヴィータが指名してきたんだから仕方ない。それに、多分ヴィータを止められるのは俺達だけだ」
「どうして?」
「最後に話がしたいのなら、わざわざ世界樹に呼ばなくてもいいだろ?危険な迷宮と化した世界樹に挑めるだけの力を、彼女は親しかった俺達に身につけさせようとしている。それはつまり、そういう事さ」
「そっか、強くてもお父さん達じゃ駄目なんだね」
「後でエリナやリース達にも伝えよう。怖いだろうけど、きっと喜んで手伝ってくれる筈だ」
やる気は充分。そんなユウを見て、マナの口元は自然と緩む。
「ユウ君、無茶はしないでね?ちゃんと休憩して、ご飯を食べて、しっかり寝ること」
「ああ、マナ姉こそ」
「体調管理はしっかりね。風邪とかひいちゃ駄目だよ?しんどいと思ったらすぐお母さんに言わないと、悪化したら特訓どころじゃなくなるんだから」
「はいはい、分かってるよ」
「何かあったらすぐ連絡してね。お母さんやテラさんが居るから大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配だもの」
まるで母親のように、延々とそんな事を言い続けるマナ。2週間離れるだけだが、それだけユウの事を想っているのだろう。
「ええと、それから────」
「マナー、準備できたかー?」
下の階から聞こえてきた父の声。すぐ行くと返事をしてから、マナは残念そうに振り返る。
「そろそろ行くね」
「ああ、気をつけてな」
最後にキスをしてから、マナは手を振りながら階段を駆け下りていった。そんな彼女を見送ったタローに、部屋から出てきたクレハが声をかける。
「クレハもマナ姉に挨拶すればよかったのに」
「うふふ、2人の邪魔はできませんよ」
いつもなら、時間がある時にソンノが各地の空間を繋いでくれたりするのだが、ヴィータとの戦いで受けたダメージが予想以上に大きかったらしい。長距離の空間を繋ぐだけでもかなり疲れるらしく、今から各地に英雄達を転移させた後は、2週間後まで各地の空間を繋がないそうだ。
「2週間後が楽しみだな」
「ええ、私達も頑張りましょう」
こうして、最終決戦に備えて英雄達と共に、それぞれ特訓を開始するのだった。