74.フラッシュバック
気が付けば、ヴィータは賑わう街の中心に立っていた。ソンノ達との戦闘から数時間経ち、かなり世界樹との距離は縮めた筈。しかし、こんな街がこの付近に存在しただろうか。
「いや、なるほど。広範囲に渡る幻術か」
一瞬とはいえ、自分を騙した幻術の使い手が付近に居る。楽しげに笑みを浮かべながら、ヴィータは手元に魔力を集めた。
「次は貴女が相手ですか、幻影魔女」
「うふふ、待ってたわよ女神ちゃん」
突如、通行人の1人が妖艶な美女へと姿を変える。普段とは違い、かつて愛用していた魔女の服装に身を包むのは、今では超有名な探検家となったネビアだ。
「しかしまあ、あの3人が負けるなんてね。私なんかじゃ手も足も出ないんじゃないかしら」
「そう思うなら、退いた方が身の為ですよ?」
「そうねぇ、私1人なら逃げてたかもね」
不意に、背後から感じた凄まじい殺気。振り向けば、ダガーを構えたハスターがヴィータ目掛けて斜め上から迫っていた。
「でも、今はダーリンが一緒だもの」
勢いよく地面を蹴り、ヴィータは近くの屋根上に飛び乗った。その直後、寸前まで自分が立っていた場所で空を切るダガー。しかし、ハスターはしっかりとヴィータを見ていた。
「私の動きを目で追っていましたね?一応かなりの速度で移動したつもりだったんですけど」
「はっはっはっ!勘だよ、勘。おっさん元暗殺者だから、何となく分かっちゃうんだよねぇ」
「やはり油断ならない存在だ、世界樹の六芒星は」
「懐かしいな、それ。今じゃ英雄で一括りにされてるもんなぁ」
屋根が爆ぜ、凄まじい速度でヴィータはハスターに急接近した。その行動を読んでいたハスターは大きく後ろに跳び、そして指に絡めていた糸を勢いよく引く。
次の瞬間、地面に刺さっていた数本のナイフが全て抜け、ハスターを追おうとしていたヴィータに殺到する。それは咄嗟に障壁で弾いたものの、今の一瞬でハスターの姿を見失った。
「なるほど、〝夜殺の影〟··········最凶の暗殺者の実力は健在ですか」
「貴女、本当に何でも知っているのね」
真上から降り注ぐ稲妻を避け、ヴィータは浮遊するネビア目掛けて高速錬成した鉄の槍を投擲する。しかし、どうやら幻だったらしい。槍はネビアを貫いたものの、煙となって彼女の体は霧散した。
「魔力からは宿主の記憶も視る事ができる。貴女が過去に何をしていたかも知っていますよ、元神罰の使徒所属のネビアさん?」
「あらあら、黒歴史なんですけど」
家が魔物と姿を変え、ヴィータに襲いかかる。だが、幻術だと分かっていれば恐れる必要など無い。軽く手を振り、幻術を消し飛ばす────が。
「もらった────!」
「ッ··········!」
消えた家の中から飛び出してきたハスターの強襲。投擲されたナイフを避け、振り下ろされたダガーを指で受け止める。
「まじか···········!」
「素晴らしい連携ですね。賞賛に値します」
「本気で魔法を使われたら、俺達一瞬で消し炭になると思うんだけどな!」
「それだとつまらないでしょう?」
強烈な蹴りを腹部に浴び、ハスターが吹っ飛ぶ。
「もっと見せてください、新たな可能性を」
「きゃあっ!?」
更に魔法陣を展開し、遠距離から魔法を撃とうとしていたネビアの動きを止める。そのままヴィータは転移魔法を使い、背後から魔法を放ってネビアを地面に叩きつけた。
「まずいな、俺達の戦い方はヴィータちゃんに通用しないか!」
「それでもやるしかないでしょ!?」
「当たり前だ。んで、帰ったらテミスちゃんに頑張ったねーって褒めてもらうぜ!」
「こ、この浮気者!」
馬鹿げたやり取りが世界中に流れているのを忘れているのだろうか。やれやれとヴィータが苦笑しながら魔力を手元に集中させた、その直後。
「「魔力解放!!」」
まるで別人のように地を蹴ったハスターが、凄まじい速度であちこちを跳び回りながらヴィータの背後に回り込んだ。
「殺意を感じない···········!」
「本物の暗殺者ってのは、まるで息をするようにターゲットの命を刈り取るのさ!」
振り向きざまに魔法を放つが、ハスターの姿は突然歪んで消えた。そこで気付く、今のはネビアの幻術なのだと。
「恐ろしい··········まさに影だ!」
周囲を見れば、あらゆる方向から魔力を帯びたナイフが自分に向かって飛来してくるのが目に映る。それを障壁で弾いたものの、既にハスターは障壁の内側に入り込んでいた。
「終わりだァ!!」
「ふっ、【加速】─────」
背中を後ろに曲げ、ギリギリで首元を狙って振るわれたダガーを避けたヴィータ。更に魔法で自身を加速させ、ハスターを派手に蹴り飛ばした。
「時間稼ぎありがとう、ダーリン!」
「っ、幻影魔女···········!」
しかし、彼は囮。ベルゼブブ級の魔力を誇るネビアが、大規模な魔法を展開する。
「【記憶世界・酷】!!」
ヴィータは即座に理解した。今の魔法でネビアが自身の記憶に干渉してきたのだと。不快感を覚えて干渉を遮ったヴィータだったが、いつの間にか周囲の風景が変換している。
崩れた家、倒れる人々。壊滅した一つの街に、ヴィータは立っていた。
「これが、貴女のトラウマ··········?」
他人のトラウマとなった光景を、そっくりそのまま再現する禁術。絶対に使用しないと決めていたネビアだったが、相手が世界を滅ぼす敵である場合は話が別だ。
「何だこりゃ、黄昏時か···········?」
そう言って周囲を見渡していたハスターは、ヴィータがとある場所を見つめて硬直している事に気付く。彼女の視線を追えば、ヴィータにそっくりな少女が涙を流しながら、地面に膝をついている青年を見下ろしている光景が目に映った。
「あれは、ヴィータちゃんと···········ユウ?」
おかしい、この光景は何かがおかしい。ハスターは嫌な予感を覚え、ネビアは顔を青くしながら汗を流していた。
「────やめろ」
ふと、そんな声が2人の耳に届く。
「今すぐ、この術を解きなさい」
その声から感じるのは、凄まじい怒り。
「ネビアちゃん、術は効いてるみたいだが···········」
「ええ、やばいかも────」
くるりと、ヴィータが振り返る。無表情というものは、これ程までに恐ろしいのか。確かな死を感じたネビアは急いで術を解き、腰を抜かした彼女を抱えてハスターは全力で後方に跳んだ。
「ネビアちゃん、いけるか!?」
「ご、ごめんなさい···········!」
「いや、無理もない。今のはまじでやばかった」
いつの間にかヴィータの姿は消えており、自分達では止められなかったのだとハスターは思い知る。しかし、ネビアが無事だった事に内心ホッとしていた。
「やれやれ、あの記憶がどういうもんなのかはまるで分からんが、相当な闇を抱えてるようだな、あの子も」
「ええ、そうね。とりあえず私達は皆の所に戻りましょう?腰が抜けちゃって、上手く動けないわ」
「んじゃ、おっさんが背負うさ」
日が暮れ始め、辺りが薄暗くなる中。ネビアをおんぶしたハスターは、ソンノの転移魔法陣が展開されている地点までのんびりと歩くのだった。