72.大魔法乱戦
「止まりなさい、ヴィータ・ロヴィーナ!」
全世界から魔力を得た翌日。世界樹に向けて湖の上を進んでいたヴィータの前に、膨大な魔力を纏ったベルゼブブとディーネが姿を現した。ある程度魔力が回復したらしい彼女達を見て、ヴィータはクスクスと笑う。
「本当に2人だけで私に挑むつもりですか」
「ふん、生意気ね。確かに貴女の体力や魔力を削ってタロー達に繋げる事が目的だけど、負けるつもりは微塵も無いのよ」
「この戦闘は、全世界の人々に見られていますけど」
「丁度いいじゃない。この大魔王ベルゼブブの姿、思う存分眺めているといいわ」
バサりと漆黒の翼を広げた直後、ベルゼブブの姿が消えた。しかし、ヴィータは慌てることなく腕に魔力を纏わせ、真横から放たれたベルゼブブの蹴りを受け止める。
「この程度で私を倒せるとでも?」
「私1人じゃないからね!やりなさい、ディーネ!」
「【天地魔壊の大海龍大口】!!」
眼下に広がる湖に満ちた水が、突如渦巻く巨大な竜と化してヴィータを襲った。だが、大きく開かれた口にヴィータが魔法弾を放り込んだ瞬間、ディーネの大魔法は派手に弾け飛ぶ。
「【大魔王の鉄槌】!!」
「へえ、憤怒の魔力か」
続いて放たれたベルゼブブの鉄拳を障壁で弾き返し、体勢を崩したベルゼブブに魔力を放って吹き飛ばす。
「チッ、【プレッシャーフィールド】!!」
「今度は傲慢の魔力··········なるほど、全ての大罪魔力を完全に我が物としたんですね」
飛び上がり、真上から放たれた傲慢の魔力。しかしヴィータの動きは止まらず、お返しとばかりに放たれた火球に身を焼かれ、そのままベルゼブブは湖へと落下した。
「べ、ベルちゃん!」
「ふふ、次は貴女ですよ。魔王ディーネさん?」
「くっ、【タイダルウェイブ】!!」
水が存在する場所では、英雄達の中でも群を抜いた実力を発揮できるディーネ。そんな彼女を相手にヴィータは余裕を崩さず、迫る荒波を消し飛ばして急接近。
反応が遅れたディーネの鳩尾に膝蹴りを叩き込み、更に背後から魔法を浴びせて吹き飛ばした。
「魔王の力もこの程度、ですか」
「そんなわけないでしょ!」
湖が盛り上がり、勢いよく水中から飛び出したベルゼブブがヴィータに向けて魔法を乱射する。それらは障壁に阻まれ爆ぜたものの、爆煙がヴィータの視界を遮った。
「いくわよ、魔力解放ッ!!」
「っ、凄い魔力···········!」
深紅の魔力を纏ったベルゼブブの拳が障壁を粉砕し、ヴィータの腹部にめり込んだ。更にふわりと揺れた黒の長髪を掴み、自分に引き寄せて顔面に膝蹴りを放った───が。
「相手が私じゃなければ、確実に頭部を消し飛ばせていたと思いますよ」
「くっ···········!」
片手で膝蹴りを受け止めていたヴィータ。ニヤリと笑みを浮かべた彼女からベルゼブブは距離を取ろうとしたが、既にヴィータは魔力を集中させた手のひらをベルゼブブに向けている。
「お返しです、【死界魔王の鉄槌】」
「魔力解放ッ!!」
ベルゼブブが死を覚悟した次の瞬間、ヴィータの腕が凍りついた。その隙にベルゼブブはヴィータから離れ、普段とは少し違う美しい着物に身を包んだディーネの隣に降り立った。
「ごめん、助かったわ」
「ううん、無事で良かった」
「あはははっ!これが2人の全力ですか」
爆発的に膨れ上がった魔力が漆黒に染まり、大気が震える。同時に顔を上げれば、周囲に魔法陣を展開したヴィータが魔法を放つ寸前だった。
「ベルちゃん、本気でいくよ」
「ええ、叩き潰してあげるわ!」
魔力を纏い、弾丸のような速度でベルゼブブは飛翔した。そんな彼女にヴィータは魔法を放ったが、加速したベルゼブブはその魔法を呆気なく突き破る。
「喰らえ、【魔王の晩餐】!!」
至近距離で放たれた、小さな漆黒の球体。それを転移魔法で避けたヴィータだったが、秒毎に膨れ上がる球体は意思を持っているかのようにヴィータを追う。
「これは··········完全消滅の魔法か」
「相殺できると思わないことね!」
再度転移魔法を使うが、やはり離れた場所に姿を見せたヴィータに球体は迫ってくる。そして、ヴィータは油断していた。
「【絶対零度の大海龍咆哮】!!」
「っ、魔王ディーネ···········!」
荒れ狂う絶対零度の嵐がヴィータを襲い、凍てつかせる。一瞬とはいえ、動きが止まってしまったのはまずかった。
「終わりよ、終の女神ロヴィーナ」
「しまっ────」
一気に膨張した漆黒の球体が、氷に封じされたヴィータを飲み込む。更にそのまま球体は街一つ分の大きさとなり、周囲の森や山さえも消滅した。
しかし、相手は終の女神。終焉を齎す者である。
「────うーん、やっぱり凄い魔力だ」
「なっ!?」
ベルゼブブの完全消滅魔法を構築していた魔力を全て吸収し、魔法そのものを分解してしまったのだ。
「魔法は無敵の力じゃない。故に、魔法の扱いに長けた貴女達も絶対的な存在ではないんです」
呆気にとられるベルゼブブの背後に転移し、彼女の使う【魔王の鉄槌】を放って吹っ飛ばす。
「これで世界中の人々も理解した筈。私には、魔界を統べる大魔王ですら敵わないと」
「ぐっ!?」
更に魔力で生み出した糸をベルゼブブの全身に巻き付け、引き寄せ、胸部に肘をめり込ませる。バキバキと音が鳴ったが、ヴィータは再度胸部に狙いを定め、掌底を叩き込んだ。
「神も魔王も必要無い。貴女達に待つのは終焉のみなのだから」
「はああッ!!」
背後から迫るディーネの回し蹴りを受け止め、足首を掴み、そのまま真下に向かって投げ飛ばす。それだけでは終わらず、【加速】を使って急降下し、空中でディーネを踏みつけ、そのまま湖底へと叩きつけた。
「煉獄に巣食う絶炎の悪魔よ、地上を滅する柱となりて、顕現せよ───【穿つ煉獄の六柱】」
「その魔法は────」
湖底に広がった六つの魔法陣から放たれた火柱が、容赦なくディーネの身を焼いた。一瞬で蒸発した巨大な湖。上位魔法の破壊力を限界まで高めて放たれた炎は、一撃でディーネを戦闘不能に陥らせる。
「そ、そんな、ディーネが··········!?」
「世界樹が生んだ生命など、所詮その程度」
上空で胸部を押さえながら動揺していたベルゼブブの目の前に転移し、予め詠唱していた魔法をヴィータは放つ。
「終末の化身には届かない」
「うるっさいッ!!」
魔法を浴びて激痛に襲われながらも、ベルゼブブは更に上空へと魔力を放ち、そして超巨大な魔法陣を展開した。
「だったら、その終末の意思ごと破壊してあげる!」
「ふふ、大魔王ベルゼブブの最大魔法··········!」
魔法陣の中心に凝縮された魔力が王国上空を駆け抜け、紅く染め上げる。魔法を落とし、ヴィータの動きが止まっている間にディーネを連れて離脱。その際使用するルートなどを全て考えながら、ベルゼブブは魔法を放った。
「消えろ、【スカーレットノヴァ】!!」
「ッ──────」
天より放たれし深紅の弾丸が、空を見上げるヴィータに直撃。次の瞬間、ノヴァを上回る規模の爆発が発生する。
そして、ベルゼブブは瞬時に蒸発した湖底に横たわるディーネの元に向かおうとしたのだが、有り得ない光景を目の当たりにして硬直した。
「どれだけ私に魔法を放とうと、その全てを私は自らの魔力へと変換する事が可能なのです」
「ば、馬鹿な、私の魔法を···········!?」
周囲に渦巻いているのは、直前までベルゼブブの魔法だった深紅の魔力。その中心で微笑むヴィータは、指先をベルゼブブに向け─────
「バン」
放たれた光線は、ベルゼブブの横腹を容赦なく抉り、全身から力が抜けて体勢が崩れる。全力で挑んだにも関わらず、傷一つすら負わせずに完全敗北してしまった。頭が真っ白になりながら、ベルゼブブはディーネの隣に落下する。
「う、ぐあ···········」
「さて、敗者には退場してもらいましょうか」
「く、そ···········まだ、私達は············」
「それでは、さようなら」
目の前で展開された魔法陣を、意識が朦朧としながらもベルゼブブは睨み─────
「選手交代だ、ポンコツ魔王共」
「おや、次は貴女ですか。ソンノ・ベルフェリオさん───いや、女神アークライト」
自身とヴィータの間に割り込むかのように転移してきた、ある意味最も仲の良い女性を見て、ベルゼブブは安心したかのように笑みを浮かべた。
「遅いのよ、馬鹿女神」
「ふん、何やられてんだよ阿呆」
選手交代、女神アークライトの参戦である。