69.歪んだ日常
「マナ姉は、将来の夢とかあったりするのか?」
文字を書いていた手を止め、俺は目の前に座るマナ姉にそう聞いてみた。やはりと言うべきか、マナ姉は不思議そうに俺を見てくる。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっとな。教師になるって夢は叶えたけど、他には無いのかなと」
「う、う〜ん、そうだなぁ」
暫く考え込んだ後、マナ姉は顔を赤くしながらモジモジし始め────
「ユウ君と結婚···········したいな」
「ぐふッ!!」
不意打ちで死ぬかと思った。何だそれは、いくら何でも可愛すぎるだろう。
「あ、ああ、いつか必ず結婚しよう。それで、他にはあったりするか?」
「ま、まだ?うーん、えーと···········」
暫く考え込んだ後、マナ姉は更に顔を赤くしながらモジモジし始め────
「こ、子供が············」
「ん?」
「子供が、欲しいなって············」
「ほう」
「い、今は駄目だよ!?こ、子作りはまだ早いけど、するだけなら、ちゃんと勉強を終わらせてから、ね?」
残念だ。俺はもう一度座り直し、ペンを握る。
「まあ、何となく聞いただけなんだけどさ。俺にも新しく夢ができたんだ」
「ええっ!教えてよユウ君」
「俺、教師を目指すことにした」
その一言にマナ姉は数秒間固まってしまい、そして突然目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「ほ、本当に!?凄いよユウ君、応援するよ!」
「ちょ、顔が近い···········」
現在俺は、マナ姉に雷魔法について特別に教えて貰っている最中だ。マナ姉は珍しく眼鏡をかけており、いつもと違う大人っぽい姿に少しドキドキしてしまう。
「マナ姉が生徒達に教える姿を見てたら、次第にそう思うようになってな。前にマナ姉も、人に教えるのが上手って言ってくれたし」
「うんうん、ユウ君にぴったりだと思うな。えへへ、そっかぁ。何だか嬉しいかも」
よく見れば、マナ姉のしっぽは喜びを表すかのようにぶんぶん振られていた。くそっ、モフモフしたい。
「お父さん達には言ったの?」
「いや、まだ言ってない。そのうち伝えるつもりだけどさ」
テストは少し前に終わった。現在勉強を教えて貰っているのは、実は教師を目指す為だったりする。学園の教師になる為には、全属性を平均以上に知っている必要があるからだ。
「よーし、ユウ君が将来教師になれるように、お姉ちゃん頑張っちゃうよ!」
「はは、マナ姉の方がやる気だな。ま、応援してもらえるとその分頑張れるよ。よろしく頼む」
やる気MAXなマナ姉を見ていると、なんだか元気が出てきた。しかし、少々まずい。机の上に乗っかっている胸を見ていると、勉強よりもさっきマナ姉が言ったことをしたくなってきた。
親父と母さんは仕事で明日帰ってくる。クレハは多分寝ている。これは、週に数回しか訪れない貴重な時間なのだ。
「よし、さっさと勉強を終わらせるか」
「べ、勉強の方が大事だよ?」
それから俺は、ある程度雷属性を理解するまでマナ姉から教わり、そして夜遅くまで身体を重ねたのだった。
マナ姉が俺の彼女になってから、早くも数週間が経過した。この事を伝えたのは結局家族のみで、母さんとクレハは自分の事のように祝福してくれたけど、親父との話し合いは朝まで続いた。
2人だけで旅行に行きたいと伝えた時は、親父に何をするつもりなのか徹底的に追及されたな。勿論、ただ水族館を見て回るだけだと言い張ったが。
まあ、なんだかんだ言って、俺は日常を満喫している。最近は物騒な話題ばかり聞くが、マナ姉達と過ごす日々はとても楽しく充実している。
だからこそ、こう思ってしまう。この幸せな日々は、いつ終わってしまうのだろう···········と。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「兄さん、クレハは寂しいです···········」
翌朝。張り切りすぎて痛む腰を撫でていると、隣を歩くクレハが不意にそんな事を言ってきた。
「最近は姉さんに夢中で、あまり私の相手をしてくれませんから」
「そ、そんなつもりは無かったんだけど」
「やっぱり姉さんが羨ましいです。私だって、兄さんの相手なら何時間でも···········」
一体何の相手だろう。最近はマナ姉に勉強を教えて貰っているから、クレハも俺に勉強を教えたいのかな?
「まあ、そういう事ならクレハも一緒にするか?」
「えっ、いいのですか!?でも、それだと姉さんに申し訳ない気が············」
「マナ姉なら逆に喜ぶと思うけどな」
「喜ぶ!?そ、そうですか。なら、クレハは遠慮なく兄さんと子作りを────」
その瞬間、俺は妙な魔力を感じ、咄嗟にクレハを片手で抱き寄せた。直後、視界の端に映った黒い影。魔力を脚に纏わせ、その影が迫るのを確認、全力で蹴り飛ばす。
「っ、魔物···········?」
地面を滑り、ピクピクと痙攣しているのは猿のような魔物だった。しかし、今はまだ早朝だ。俺達のように通学中の生徒達や、職場に向かう大人達が大勢いる場所に、まさか魔物が出現するとは。
それに、この辺りでは見かけない魔物である。最近の異変と何か関係しているのだろうか。
「クレハ、大丈夫か?」
「もう、このまま死んでもいいです···········」
「な、なんで?」
俺から離れたクレハは、頬を赤く染めてモジモジしていた。何とも可愛らしい光景だが、周囲の人(主に男性)が物凄い表情で睨んでくるのが怖い。
「とりあえず学園に行こうか。そのうち、騒ぎを聞きつけたギルドの人とかが来るだろうし」
「はい··········うふふ」
男性達の視線を受け流しながら、何故か機嫌が良いクレハと共に学園へ。そしてそれぞれの教室へと向かい、席につく。そして欠伸をしている最中に声をかけてきたのは、隣に座るリースだった。
「なあなあ、もうちょっとやなぁ」
「何がだ」
「知ってるくせに。今年こそは優勝、目指すんやろ?」
ああ、なるほどな。俺はリースが何を言っているのかを理解し、当然だと返事する。
「待ちに待った〝魔闘祭〟だからな。賞金とかに興味は無いけど、優勝する事に意味があるんだ」
「毎年予選敗退やったもんな」
「ぐっ、言うな。今年の俺はひと味違うぞ」
と、そう言ったタイミングで教室の扉が開き、マナ姉が教室の中に入ってきた。自然とクラスメイト達は皆口を閉じ、そしてタイミング良く鐘が鳴る。
「うん、皆揃ってるね。おはようございま〜す!」
眩しい笑顔での挨拶で、朝っぱらから男子達のハートを鷲掴みにしたマナ姉。しかし、何だか戦いに勝利したような気分だ。何故なら、マナ姉の彼氏は俺なのだから。
「どうしたん、ユウ。気持ち悪いで」
「いやぁ············」
しまった、嬉しさが顔に出ていたらしい。瞬時に表情を切り替え、俺は教壇に立つマナ姉に目を向ける。
「最近寒いね。皆体調を崩したりはしてない?」
「全然余裕です!」
「マナ先生に会う為なら、例え死ぬ寸前だとしても必ず学園に来てみせる············!」
馬鹿な男子達が騒ぎ始めた。もう慣れたのか、女子達はやれやれと呆れたような表情を浮かべるだけだ。
「あ、あはは、元気だね。それじゃあ授業を始めます」
苦笑しながらも、マナ姉は授業を開始する。前までなら普通に隙を見て寝ようと思ったりしていたけど、今は前に立つマナ姉を見ているだけで眠気が覚めるな。
他の男子達も同じらしい。周囲を見れば、俺と同じようにマナ姉をガン見していた。なんかムカつくんだが。
「こら、ユウ君!一番後ろの席だからって、何隠れて遊んでるの!」
いやらしい視線をマナ姉に向ける馬鹿に、消しカスを丸めて投げようと思っていたら、突然マナ姉に怒られた。また始まったと、クラスメイト達は笑い出す。
ああ、いつも通りの光景だな────と、そこでとてつもない違和感を感じた。いつも通りなどと思ってしまった自分に対する嫌悪感がこみ上げてくる。
「ユウ君、どうしたの···········?」
「い、いや、別に何も···········」
何かが足りない。隣ではリースが不思議そうに俺を見ており、向こうではエリナが、呆れたような視線をこちらに向けている。
「············?よく分からないけど、ちゃんと授業は聞いてね?」
「あ、ああ」
結局違和感の正体は分からず、普段と何も変わらない1日が始まったのだった。