番外編 リトルプリンセスクレハ
隻腕の巨人学園襲撃事件の少し前の話
「クレハちゃん、誕生日おめでとおおおおお!!」
タローの声が、家の中に響き渡る。リビングは普段と違って様々な飾りが目立ち、机の上には大きなケーキが置かれており、その前でクレハは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そう、今日は記念すべきクレハの誕生日なのだ。16歳になった彼女を祝おうと、ベルゼブブやディーネ、ソンノ達がシルヴァ家に集まり開催された誕生日会。毎年誰かが誕生日を迎えた時の恒例行事である。周囲への迷惑を考え、ちゃんと防音魔法まで展開している。
「ちょっと、それ私が食べようとしていた肉なんだけど!?」
「はっはっは!お子様は黙ってミルクでも飲んでなあ!」
「なんですってぇ!?」
「こらこら、主役はクレハちゃんなんだから···········」
いつも通り始まった大魔王と魔導王の喧嘩を、ディーネが呆れたような表情で止める。そんな光景を苦笑しながら見ていたクレハは、ふとユウに目を向けた。
誕生日会では、皆から必ずプレゼントが手渡される。ユウから貰えるものなら何でも嬉しいのだが、今回はどうしても欲しいものがあるのだ。兄は、自分のお願いを聞いてくれるだろうか··········そんな事をぼんやり思っていると、マナと何かを話していたユウと目が合う。
「ん?どうしたクレハ」
「い、いえ···········」
思わず頬が熱くなり、クレハは俯いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
恒例のプレゼント渡しの時間が始まった。参加者から次々と魅力的なプレゼントを貰い、クレハはかなり上機嫌だ。ただ、娘が好きすぎる父からのプレゼント量があまりにも多かったのは、クレハを含めて若干引いていたが。
そして、最後はユウの番である。
「俺からはこれだ。前に欲しがっていたからな」
手渡された箱を開けると、中にはスノードームが入っていた。雪が積もっているのは我が家で、玄関前で楽しそうに笑っている人形は自分だろうか。
「わあ、綺麗···········!」
「知り合いの職人に教えてもらいながら作ってみたんだ。まあ、プロに比べたら下手だと思うけど」
「いえ、凄く嬉しいです···········」
うっとりと、スノードームを見つめるクレハ。今日貰ったプレゼントの中で、ダントツの嬉しさだ。しかも手作りである。もう、死んでもいい程嬉しかった。
(───はっ!わ、忘れていました)
嬉しさのあまり頭から飛んでいたが、どうしても欲しいものが一つある。それを伝えようにも、一生懸命この贈り物を作ってくれた兄にこれ以上何かを要求するのは失礼な気がした。
「ありがとうございます、兄さん」
「ああ。誕生日おめでとう、クレハ」
これだけでも充分幸せなので、満面の笑みを浮かべながらクレハはユウにお礼を言う。その直後、不意に立ち上がったソンノがクレハに歩み寄った。その手には、1本の古びた杖が持たれている。
「完全に忘れてた。今年はハスターとネビアからもクレハへのプレゼントが届いてたんだった。ほら、受け取れ」
「これは··········?」
「遺跡で見つけた古代遺産だってさ。そんな貴重な物を誕生日プレゼントにしていいのかは分からんが、まあ大丈夫だろ」
そう言ってソンノはクレハに杖を手渡した。しかしその直後、突如杖が烈しい光を放ち始め、驚いたソンノは咄嗟に魔力を纏う。
「古代遺産が起動したのか···········!?」
「きゃあっ!?」
何が起こったのか分からず、全員が身構える。やがて光は消え、姿を現したのは──────
「··········?···········!?」
先程までクレハが着ていた服に埋もれている、小さな銀髪の女の子だった。当然全員の視線が少女に集中し、困惑しているタローが近付いた瞬間、少女は脱兎の如く駆け出し、そしてマナの背後に隠れてしまう。
「え、えーと、クレハちゃん··········なのかな?」
怯えたように震える少女は、目に涙を浮かべながらこくりと頷いた。しかし、マナは不思議に思う。仮にこれが古代遺産の効果での幼児化だったとしよう。
幼い頃のクレハは、確かに臆病&人見知りで、いつも物陰に隠れているような子だった。ただ、家族に対しては好意的だった筈なのだ。特に懐いていたのはユウだったものの、父を怖がった姿など見たことがない。
「お、俺は、娘に怖がられる駄目な父···········」
案の定タローは精神的に大ダメージを受けており、テミスが苦笑しながら落ち込む夫を慰めていた。
「クレハちゃん、お父さんが怖いの?」
「っ··········!」
そして、今度はマナの声にもびっくりしたのか、クレハは向こうへ駆け出してしまった。そして、リビングの外から怯えたように中を覗き込む。
「うーん、困ったなぁ」
まさか、記憶が無いというのか。どうしようとマナが考え始めたのと同じタイミングで、彼女の隣をユウが通り過ぎた。
「クレハ、怖くないからおいで」
「·············」
「大丈夫。俺達はみんなクレハの味方だよ」
しゃがみこみ、クレハと視線を合わせるユウ。優しい笑みを浮かべるユウを、クレハはじっと見つめ続ける。
「それに、何があっても絶対にお兄ちゃんが守ってあげる」
「ほんと···········?」
「ああ、約束だ」
「う、うん」
そっと歩み寄ってきたクレハの頭を、ユウは優しく撫でてあげた。すると、とても気持ち良さそうにクレハは目を細め、そしてすっかりユウに懐いてしまったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「古代遺産の影響で幼児化、更に記憶も無い状態になってしまった。流石にずっとあのままって事はないだろうが、どうすれば元に戻るのやら」
「なんでユウにはすぐ心を開いたのに、俺はまだ怖がられてるんだよおおおおおおおッ!!」
1時間程経過し、推定5歳のクレハは向こうでユウと遊んでいる最中だ。服は幼い頃着ていたものを、テミスが引っ張り出してきた。
そしてタローの叫びが響き、一瞬驚いたクレハが怯えたように振り返ったものの、ユウに声をかけられると即笑顔になる。
「もしかしたら、思い出の場所とかを見て回ったら記憶も姿も元に戻るかもしれませんね」
「ふむ、確かにな」
マナの提案にソンノは同意し、おままごとの最中のユウにそれを伝えた。当然クレハはユウの背中に隠れてしまう。
「なるほど、じゃあ俺が行ってきます」
「頼んだぞ。一応不用意に古代遺産を持ってきた私にも責任があるが、お姫様は王子様にしか心を開いていないもんでな」
「おにいちゃん、どこかいくの··········?」
「ああ、散歩に行くんだ。クレハも一緒に行こうか」
「っ、うん」
誘ってもらえたことが嬉しかったのか、クレハは目を輝かせながらユウの手を掴んだ。そして、それがよっぽど嬉しかったのか、ユウの頬は緩みきっている。
「やれやれ、シスコンも程々にしろよ···········」
「く、クレハ、お父さんも一緒に··········!」
必死の形相で駆け寄ってきたタローから逃げるように、再びクレハはユウの背後に隠れる。それを見てタローは勢いよく前のめりに倒れ込み、そして彼は燃え尽きた。
それから、ユウはクレハを連れてオーデムを歩いて回った。道中学園の友達とも何度か会ったが、やはりクレハは誰1人として覚えていないらしい。
エリナやリースとは雑貨屋で会い、可愛らしいクレハを見てリースは暴走気味になっていた。そのまま2人と別れて学園に行ったり、ギルドに行ったり、クレハがよく訪れていたカフェに行ったり··········何処に行ってもクレハは人を怖がってユウの背後に隠れ、結局記憶も姿も元には戻らず。
ユウ達が家に帰宅した頃には、既に辺りは薄暗くなり始めていた。
「お、俺は、娘に避けられるゴミ人間···········」
「ま、まだ落ち込んでたのか」
タローは相変わらず部屋の隅でうずくまっており、テミスやベルゼブブ達に励まされている。
「しっかし、外を見て回っても元には戻らないのか。これは大事になってきたな」
珍しく困ったように、ソンノが腕を組みながら唸った。あれから彼女達も様々な方法を考えてみたものの、しっくりくるものは1つも無かったのだ。
「明日からは普通に授業ですし、困りましたね···········」
「案外キスとかすれば戻ったりしてなぁ。よくあるだろ?お姫様にキスしたら目が覚めた···········みたいな」
「キス!?」
真っ先に反応したのは燃え尽きていたタローだった。立ち上がり、瞳に希望を宿しながらクレハに駆け寄る。
「うおあああ!!やるしかねえええええッ!!」
「ひっ!?」
興奮気味のタローに驚いたクレハは、もう何度目か分からないがユウの後ろに隠れた。
「俺がクレハの王子様になるんじゃああああッ!!」
「喧しいわ」
「おぐえッ!?」
ソンノの空間干渉魔法で吹っ飛ばされたタローが、窓を突き破って転げ落ちていく。そんな光景を呆れながら見ていたユウは、自分にぴったり引っ付いているクレハに目を向けた。
「う〜ん、どうしたものかねぇ···········」
「きす?」
「はは、クレハにはまだ早いよ」
「···········」
じっと、クレハがユウを見つめる。
「どうした?」
「おにいちゃんは、クレハのことすき?」
「当たり前だろ?大好きさ」
そう言われて嬉しそうに笑ったクレハは、ユウに顔を近付けてくれと仕草で伝えた。その通りにユウがクレハと目線を合わせると────
「クレハもおにいちゃんのこと、だいすき」
クレハの小さな唇が、ユウのものに触れ────
「んぐっ!?」
「あら?」
いつの間にか、クレハは元の姿に戻っていた。驚いたユウはバランスを崩し、転倒した際に再び互いの唇が触れ合う。
「おいおいおい、マジでキスが効果解除条件なのかよ」
「きゃあっ、クレハちゃん!?」
その場にいた全員が驚愕する。何故なら、再び16歳の身体になり先程まで着ていた子供用服が破れ、クレハは全裸になっていたからだ。
「まあ、兄さんったら大胆ですね!でも嬉しいです、良ければもう一度─────」
「俺の天使に何してんだゴルァアアアアアッ!!」
「ひいっ!?窓から戻ってくるなよ!というか、ご、誤解だあーーーーーーッ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そういやクレハ、欲しいものがあったんだろ?」
騒がしい誕生日会が終わり、皆が帰った後のリビングで。後片付けを終えたユウはクレハにそう言った。
「い、いえ、そんな事は·············」
「何年クレハの兄貴をやってると思ってんだ?そのくらいお見通しだよ」
クレハの頬が赤くなる。しかし、もう彼女の心は充分満たされていた。唇に手を当て、にっこり笑う。
「ふふ、いいんです。だって、もう兄さんから貰えましたもの」
「え?」
「今日は本当にありがとうございました。兄さんのお誕生日には凄いプレゼントを用意しますので、楽しみにしていてくださいね!」
誰もが羨むクレハの笑顔を間近で見たユウは一瞬言葉に詰まり、その隙にクレハは2階へと駆け上がっていった。それを見送り、ユウは首を傾げる。
「俺、スノードーム以外に何かあげたっけ?」
いくら考えても、何も思いつかないユウであった。