63.神獣乱戦
マナの本当の父───ガルムは、マーナガルムの雌を相手にひたすら自らの欲をぶつけ続けた。無論、相手は1人や2人ではないが、その中で愛した者など居らず。娘のマナも、何十という相手との行為の中で偶然授かった存在である。
ガルムは娘を、縄張りに度々侵入してきた人間を駆逐する為の道具として育てる事に決めた。まだ幼い娘だ。今のうちに様々な事を教えておけば、最強の戦闘特化個体となるだろう。
そんなガルムの計画を叩き潰したのは、これまで歩くだけで踏み潰してしまっていた弱小種族···········人間。
彼らは生贄として多数の人間の魂を犠牲に、禁術を各地で展開。数ヶ月であらゆる神獣種達を封印し、やがて最後まで生き残ったガルムとマナも封印されてしまった。
それぞれ封印された地点が違っていたので、禁術解除について記されていた古代書を得たベルゼブブが蘇らせたのは、現代世界で魔界と呼ばれている地に封じられていたマナのみ。ガルムは全く別の場所で、これまでずっと封じられ続けていたのだ。
「娘よ、見てみなさい。突然我が身に降り掛かった不幸に怯え、縋るように僕達を見つめる哀れな人間達を」
花の町と呼ばれていたスプリングは神獣達に占拠され、咲き誇っていた多くの花は踏み荒らされていた。そんなスプリングにある一際大きな建物·········町長宅で、ガルムは無表情で隣に立つマナに声をかけた。
「··········ふふ、いつまでショックを受けているのですか?あの時、君が愛する男をその手で始末した瞬間、君はもう人間達と共に過ごす事は出来なくなったのです」
「···················」
「やれやれ、まだ幼い証拠ですか」
あの後、唐突に正気を取り戻したマナは壊れた。それはもう盛大に、グチャグチャに、どうしようもない程粉々に、心が砕けた。ユウを相手にしていた時の記憶は消えず、目の前で血を吐きゆっくりと死へ落ちていった最愛の人。その姿が、今でも脳裏に焼き付いている。
もう、私は〝人〟じゃない。
今後こそ、魔力制御などの影響は一切受けず、人として壊れた彼女は自らの意思でこの場に居る。そんな彼女に集まる町民達の視線から感じるのは、全て恐怖であった。
「う〜ん。まだ誰も殺してないけど、そろそろ僕達も楽しみたいんですよねぇ。そうだ、マナ。人を辞めた記念に、この女の子を殺してみないか?」
「ひっ!?」
優しい表情で、悪魔のような事を言ったガルム。彼は町長宅に集められた町民の中からまだ幼い少女の髪を掴み、マナの前に少女を転がす。
「た、たすけ、て、くださ············」
「···················」
無言。ただただ無言。恐怖のあまり震えながら泣いている少女を無機質な瞳で見下ろし、マナは何も喋らない。
しかし、突然彼女の身体から魔力が溢れ出した。それは触れたもの全てを焼き尽くす破壊の雷と化し、マナの周囲をバチバチと駆け抜ける。
「そうです、何も遠慮する必要は無い。人間共は、我ら神獣種を愚かにも封印した憎き種族。そう、新たな世界───神獣種だけの楽園を創る為に!殺しなさい、マナ!」
「··············はい、お父さん」
すっと、マナが片腕をあげる。町民達は何も言えない。やめろ、と一言でも口にすればどうなるのか。彼らは皆理解しているのだ。
「い、いやぁ、パパ、ママぁ···········!」
「ッ···········」
ふと、マナの動きが止まった。
「何をしているのですか、マナ」
「パパ、ママ···········おとう、さん··········おかあ、さん···········クレハちゃん、ユウ君、私、私は···········!」
「殺りなさい、マナッ!!」
蘇る遥か昔の記憶。言う事を聞かなければ、殴られた。だからこそマナは、ガルムの怒りを含んだ声に反応し、雷を纏わせたその手を泣きじゃくる少女目掛けて振り下ろし─────
「ぎゃああああああああッ!?」
そんな叫び声を聞き、手を止めた。
「何事ですか··········?」
外から聞こえた声に反応したガルムが、ゆっくりと窓に近付き外の様子を確認。
「なっ···········!?」
そして、目を見開いた。
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「作戦開始だ。タロー、テミス、行けるな?」
ソンノにそう言われ、タローは不敵に笑い、テミスも腰の刀に手を当てながら頷く。
「そんじゃ、派手に暴れて来い!」
王都アルテアと、遥か遠くにある花の町スプリングの空間が繋げられる。次の瞬間、目にも留まらぬ速さで2人は空間の穴に飛び込んだ。
「この作戦が成功したら、多分マナとユウは···········ああああッ!!俺のマナちゃんがぁ!!」
「ふふ、今夜はパーティーかな?」
景色が変わり、濃厚な魔力が満ちる町に着地。それと同時にテミスは抜刀し、逆らったのであろう男性を踏み付ける獣人化状態の神獣を強襲した。
慈悲などない。凄まじい速度で斬られた神獣は、我が身に何が起こったのかを理解すら出来ずに絶命する。踏まれていた男は目をぱちくりさせるが、もうテミスは居ない。
「ふんッ!!」
「ぐぼあ─────」
別の場所、路地裏。突如現れたタローに驚く神獣だったが、放たれた拳に容赦なく胸を貫かれ、即死。周囲に居た神獣達が異変に気付き、一斉にタローを襲った────が。
「銀閃一刀流、陸ノ太刀【銀月輪】」
「ぎゃああああああああッ!?」
ふわりと舞い降りた剣聖が、その場でくるりと回転した。その速度は到底目で追えるものではなく、全方位目掛けて放たれた銀の刃が輪となって迫り来る神獣達を切断する。
「き、貴様ら、英雄タロー・シルヴァと剣聖テミス・シルヴァか!?」
「ご名答。ほら、お前もかかってこいよ」
「う、うおおおおおおおッ!!」
跳躍し、爆炎を解き放った男。やがて火球の中から飛び出したのは、かつてタロー達も戦った事のある魔犬ケルベロスだ。しかし、タローは余裕の表情で迫る魔犬に向かって地面を蹴り、そして手加減抜きで真ん中の顔面を蹴り上げた。
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「馬鹿な!ケルベロスをあんな高さまで蹴り飛ばしただと!?な、何故こんなにも早く僕達の居場所がバレたんだ!?最初に通信機器は全て機能停止させた筈なのに!」
黒髪の男性が蹴り上げたケルベロスを目で追いながら、ガルムは思わず怒鳴った。
「あれはシルヴァ夫婦か!くそっ、王都からこの町まではかなりの距離がある筈なのに、ソンノ・ベルフェリオに干渉限界は無いのか!?」
精神干渉や魔力干渉、空間干渉。何かに干渉する魔法は多く存在するが、その全てに干渉限界というものがある。人ひとりに対してこれだけしか干渉出来ない、これだけ距離が離れていると干渉出来ない···········しかし、ソンノは干渉限界を無視したかのように、超長距離空間を見事に繋げてみせた。それも、大人2人を通せる程の穴だ。
(占領した町に住む人間を人質、そして使い捨ての兵としながら各地を制圧し、まずはこの国を奪うのが僕達の計画。そうだ、いくら奴らが規格外な存在だろうと、人質を使えば僕達に手は出せません。最悪目の前で誰かを殺せば大人しくなるでしょう。ククッ、まだ僕は諦め─────)
振り返り、驚愕する。人質が1人も居ない。代わりに居たのは、椅子に腰掛け優雅にお茶を飲むソンノだった。
「やあ、間抜け。気持ち悪い笑みを浮かべながらお前が外を眺めてる間に、町長宅に居た者は全員転移させた。はっはっはっ、ざまーみろ!」
「そ、ソンノ・ベルフェリオ!?」
「今頃町中で人質が救出されてるだろうさ。真面目系嫉妬娘とポンコツド貧乳の手によってな」
再びガルムは窓の外に目を向ける。
「なーんか今、イラッとしたのは何故かしら?」
神獣達がタローとテミスに群がっている隙に、猛スピードで低空飛行するベルゼブブは次々と町民を救出していた。魔力を感知し、窓ガラスを突き破って家の中に侵入。震える人達を無理矢理抱え、外に放り投げる。
「こ、こらこら、乱暴過ぎるよベルちゃん!」
そんな人達は、ディーネが水魔法で創り出した水のクッションで受け止められ、町の外へと運ばれていく。既に人質だった者達の大半が救出されていた。
「お、おのれぇ!!」
「おっと、私はお前らとやり合うつもりはないぞ?本気でぶつからなきゃ元には戻らんだろうから何もしないが、英雄の息子であるあいつなら大丈夫だろ、多分」
ニヤリと笑い、ソンノが消える。そして次の瞬間、2人の目の前に黒髪の少年が姿を現した。
「何故、生きているのですか!?」
「··············」
マナが顔を上げる。勢いよく着地した少年は、そんな彼女と目を合わせて魔力を纏った。
「帰るぞ、マナ姉」