62.対神獣会議
「神獣種の力を恐れた古代の人々は、数人の魂を術式に変換して発動する禁術··········【魂流封印陣】で全ての神獣種を封印した。しかし、ここ最近の相次ぐ異変で陣を形成していた魔力術式が乱れ、封印が解けたんだろう。その結果、各地で神獣種が続々と復活。最強の神獣マーナガルムも姿を現し、マナは敵の手に渡ったという訳だ」
冒険者ギルド王都本部会議室。そこでソンノの説明を聞き、タローは頭を抱えて力無く息を吐いた。
「何なんだよ、それ···········」
ソルからアレクシスに連絡が入り、彼らが駆け付けた時には既にマナの姿は無く。血溜りに倒れていたユウは死亡する寸前で、ティアーズが必死に回復魔法である程度の傷を癒さなければ、間違いなく手遅れであっただろう。
その後、目を覚ましたユウから事情を聞き、英雄達は再び緊急会議を行っているのである。
「ごめん、俺のせいだ············」
重苦しい雰囲気の中、暗い声が皆の耳に届く。タロー達がそちらに目を向けると、様々な箇所に包帯が巻かれたユウが椅子に腰掛けていた。ティアーズの魔法である程度傷が癒えたとはいえ、重症。全員が安静にしておけと何度も言ったのだが、それでもユウはこの会議に出席したのだ。
「最初に神狼··········ガルムが俺達に接触してきた時からマナ姉の様子はおかしかったのに、俺は話を聞くのを後回しにしてしまった。だから··········」
「違うぞ、ユウ。確かに様々な事が重なりこの結果になってしまった。だけど、悪いのはガルムだ」
テミスの安心させるような言葉を聞き、ユウは俯く。しかし次の瞬間、大きな音が会議室に鳴り響いた。豪勢なローブを身に羽織った中年の男性、王国魔導協会会長・アイゼン・ハッシュバードが机を叩いたのである。
「巫山戯おって!だから獣人は嫌いなのだ!」
「あーあー、紅茶が零れたじゃないの」
「黙っておれ小娘!これまでは見逃してやっていたが、マナ・シルヴァは簡単に我ら人間を敵に回すような屑だったのだ!」
小娘と言われ、ベルゼブブの瞳が鋭く細められる。それに気付かず、アイゼンは暴言を吐き続けた。
「聞けば、封印を破った神獣種共は花の町スプリングを占拠しているそうじゃないか。今頃奴らは何人を殺害しているのだろうな?ははっ、マナ・シルヴァも弟を殺そうとしたとか」
「···············」
「やはり奴らは生かしておけん、駆除だ!大規模な駆除作戦を展開して、神獣種共を駆逐する!勿論マナ・シルヴァもな!過去の功績など知ったことか!この世界に獣人は要らん!貴様らの魔力、存分に振るうがいい!」
獣人嫌いで有名なアイゼンに、怒りが度を越したユウが立ち上がって殴り掛かろうとした────が、それを止めたのは意外な事にタローだった。
「お、親父、何で!?」
「駆除がどうとか聞こえたけど、気の所為ですかね?」
「もう一度言おうか?マナ・シルヴァは他の神獣種諸共駆逐す────」
先程アイゼンが机を叩いた時よりも大きな音が鳴り響く。タローが、机を蹴り飛ばして粉々に粉砕したのだ。
「いい加減にしないと潰すぞお前」
「ひっ!?」
アイゼンの顔が恐怖に歪む。目の前に立つタローは、直前までとは違って悪魔のような表情で自分を睨んでいた。怒りのあまり凄まじい魔力と殺気が容赦なく溢れ出し、ギルド全体がギシギシと音を立てる。
「マナを駆除?あの子がどれだけこの国に貢献してきたのか分かった上での発言か?なあ、お前はこれまで何を成してきた?マナ程の功績があるのか?」
「き、貴様···········!」
「確かに、そんなゴミ生かしておく価値なんて無いんじゃなーい?」
タローとアイゼンのやり取りに割って入ったのは、先程小娘と言われたベルゼブブ。彼女もとてつもない魔力をその身から放っており、アイゼンの股間は僅かに濡れた。
「お前より長生きしてるのよ糞ガキが。大魔王に向かって何様のつもりだ?」
「ま、まあまあ、落ち着いてベルちゃん。まだ幼いからそんな事を言っちゃっただけじゃないかな?」
さり気なく毒を吐くディーネ。
「というか、何で居るんですか?あたし達、基本ソンノさんの命令しか聞かないですけど」
「俺達は呼んだ覚えはないがな」
別の机の上に腰を置き、馬鹿にしたように笑うラスティ。その隣で、真面目なアレクシスが珍しくそんな事を言った。
「な、何だその態度は!?私は魔導協会会長だぞ!?て、テミス・シルヴァ!貴様の夫だろう!?私に対してこんな態度をとる男を見て何とも思わないのかッ!!」
「··········少し、黙りましょうか」
テミスの返事は、たったそれだけ。しかし、綺麗な姿勢で着席する彼女が放つ殺気は、この場に居る誰よりも冷たく恐ろしいものだった。今度こそ、腰を抜かしながらアイゼンは漏らした。
「き、貴様ら、お、覚えておけよ!?この私への侮辱、態度、全て報告してやる!貴様らはもう終わりだ!」
立ち上がり、アイゼンが逃げるように会議室から消える。それを見送り、英雄達は再び席についた。そんな様子を見ながら、ユウは思わず息を呑む。
特に驚いたのは母が放った殺気。あれ程までに恐ろしいものを人に向けるという事は、それだけ彼女がアイゼンに対して怒ったのだろう。
「プッ、あっはははははははは!いやぁ、傑作だね!あのクソハゲ、ビビって漏らしてやがったぞ!?」
静かになった会議室に、まるで空気を読まないソンノの笑い声が響いた。
「と、いうわけで。あのハゲは私が後で何とかしておくから、今回の作戦を説明しようか」
「作戦············?」
「何を驚いてるんだ?ユウ。アイゼンが動いたという事は、今回の事態を軍や協会も把握しているという事。奴が言った〝大規模な駆除作戦〟というのが実行されてもおかしくはない。勿論、私達の許可無しでな」
真剣な顔で、姿勢を正したソンノ。自然とこの場に居る皆も意識を切り替える。
「だからこそ、早急に動く必要がある。軍の連中のように大人数で動けば、敵も作戦に気付いて迎え撃つ準備をするだろう。というか、私達以外が神獣種に勝てる筈がない」
ソンノが指先に魔力を集め、それを使って空中に地図を描いてみせた。
「花の町スプリング。大きな町ではないが、様々な花を町全体で育てていた事でちょっとした観光地になっていた。家は小さいものが殆どで、そんな場所に堂々と接近すれば、すぐに気付かれてしまうだろう」
そして、とある1点を指さす。
「さっき空間を繋げてこっそり町を覗いてみたんだが。ここ、町長宅が敵の拠点みたいな場所だ。で、中には神狼の2人が居る」
「っ···········!」
「その他神獣の数は約150。ケルベロス、フェニックス、ユニコーン··········有名な連中が町中にわんさか居やがる。しかも、全員獣人化していた。各自相当な魔力を持つ個体だ。町民が人質になっている以上、そんな奴らを相手に私達も派手には動けない。よって、今回は〝奇襲作戦〟を行う」
ニヤリと笑い、ソンノは続ける。
「まず、私の空間魔法でタロー、テミスが町に侵入。連中の注意を引きつけろ。その隙に私、ベルゼブブ、ディーネで人質を救出。アレクシス達は協会や軍の動きを制限してくれ。で、人質を全員救出したら敵を殲滅する」
「ま、マナ姉は!?」
「気合で正気を取り戻してもらうしかないな。思い出とかで何とかなればいいんだが··········まあ、そこはタローとテミスに頑張ってもらって─────」
「な、なら、俺も行きます!」
「はあ?」
立ち上がったユウを見て、ソンノは何言ってんだこいつと首を傾げた。更に、姿を見せたティアーズが心配そうな表情を浮かべながら、腹部を押さえるユウに寄り添う。
「確かにお前は強くなった。だけどな、重症を負った人間を化物の巣窟に連れて行けると思うか?」
「俺は!生まれた時からずっとマナ姉と過ごしてきたんです!だから、絶対マナ姉の心に声を届けられる自信があります!」
「馬鹿言うな、死ぬぞ?」
「死にません。マナ姉を取り戻すまでは」
それから互いに無言で見つめ合ったが、不意にユウの肩を叩いた者がいた。彼の父と母、タローとテミスである。
「気持ちは分かるぜ、ユウ。俺だって、どれだけ怪我してようが無理矢理行くだろうからな」
「お、親父···········」
「お前は大事な息子だ、こんな所で死なせるわけにはいかない。だけど、本気でマナを助けたいと願うお前に留守番しろとは言えなさそうだ」
「私達もすぐ傍で戦っている。何かあればすぐに駆け付ける。だから、マナはユウに任せるぞ」
「母さん············」
「悔しいが、やっぱりマナが待ってるのはお前だろうからなぁ。お前の事が好きすぎるあまり、あの子は敵の魔力に飲まれたんだ。その意味、分かるな?」
そう言われ、ユウは覚悟を決めた。もう逃げない、誤魔化さない。愛する人の全てを、受け止めよう。
「俺だって、マナが好きだ。だから迎えに行く」
「へっ、成長したな馬鹿息子」
ユウの頭を乱暴に撫で、タローがソンノに目を向ける。
「ってわけで、俺とテミスが敵を引きつけて、ソンノさん達が町民を救出、その隙にユウがマナを取り戻す·········それでいいですよね?」
「ああ、30分後に作戦開始だ。神獣種共は自分を封印した人間に復讐しようとしている。何としてでも敵を無力化し、そして奴らからスプリングとマナを奪還するぞ!」
「「「おおっ!!」」」
戦闘が、始まろうとしていた。