61.神狼マーナガルム
「悪い、出掛けてくる」
今日は休日なので家の中を掃除していると、ユウ君が荷物を持って玄関へ向かうのが見えた。多分だけど、クレハちゃんはまだ自室で寝ていると思う。
「ユウ君、どこ行くの?」
「エリナ達とギルドに行くんだ。なんか、今のうちに色々経験して、強くなりたいんだとさ」
「ッ··········!?」
「ま、夕方までには帰るよ。その時に昨日の話を聞かせてくれ」
「···········うん、気を付けてね」
扉の外へと飛び出していったユウ君を見送り、私は頭が真っ白になりかけた。そして何も無い場所で躓き、尻餅をつく。
「ねえ、何で?どうして···········?」
握る拳に力を入れると、玄関の床にヒビが入った。だって、私は特別なのに。私よりも、ユウ君はあの子達を優先するの?
「───あぁ、そうか。あの子達が存在しているからか」
いつも、いつもいつもいつもいつも、私の邪魔ばかりして。邪魔だ、目障りだ、鬱陶しい。そうだ、ユウ君は私のものなんだよ。誰にも渡さない、邪魔するのなら────
「殺してやる」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ーーーユウーーー
「すまん、遅れた」
慌てて走り、オーデムギルドの前へ。既にそこにはエリナ、リース、ヴィータ、ソルが立っており、エリナは腕を組んで若干不機嫌そうだ。
「もう、遅いわよユウ!」
「ったく、どーせマナさんにちょっかい出してたんだろ?羨ましいったらありゃしないぜ」
「なっ!?ふふ、不埒な行為をして遅刻したの!?い、委員長として見過ごせないわ!」
「してないっつの!」
ソルの冗談にエリナは顔を真っ赤にしながら詰め寄ってきて、リースとヴィータはケラケラ笑っている。何ともまあ、いつも通りの光景だな。
「雷光よ、敵を穿て───【サンダーランス】!」
「嵐の如く吹き荒れよ───【ストーム】!」
リースの魔法で吹き飛ばされた魔物達が、エリナの魔法で身を焼かれて絶命する。
「行くよ、【加速】!」
「おっしゃあ、ラブラブコンビネーションだぜ!」
俺の魔力を借りたヴィータが加速した蹴りを魔物に叩き込み、怯んだところをソルが槍で薙ぎ払う。それぞれいい連携だ。他の魔物の相手をしながら、俺の頬は自然と緩んだ。
「ふう、こんなものかしら」
「結構狩ったよなぁ」
ここはオーデムから少し離れた場所にある森の中。危険な魔物は潜んでいないのだが、数が増加したので討伐してほしいという依頼を受けてやって来たのである。
行動開始から早数十分。あらかた討伐し終えたので、ここらが潮時だろう。あまり減らしすぎると生態系に影響を与えてしまうので、俺はそう判断した。
「お腹空いたわぁ」
「弁当を持ってきたから皆で食うか」
「ほんまに!?やった、大好きやで!」
「おまっ、くっつくな!」
嬉しそうに抱き着いてきたリースから離れ、俺は弁当を食べる用意を始める。この調子だと案外早く帰れる事になるかもな··········そう呑気に思っていた時だった。
「あれ、マナ先生?」
ヴィータの声を聞いて振り向くと、確かにマナ姉が少し離れた場所に立っていた。しかし、彼女は俺達をただじっと見つめているだけで、その場からピクリとも動こうとしない。
「なんだよマナ姉、一緒に来たかったのか?そう言ってくれれば追加で弁当を用意したのに」
「················」
「おい、どうした?」
「あのっ、マナ先生!」
何かおかしい。そう思った俺よりも先に、エリナが目を輝かせながらマナ姉に駆け寄る。
「私、雷魔法でマナ先生に教わりたい事があって·········後で教えていただきたいんです」
エリナはマナ姉を尊敬している。だからこそ、あれだけ嬉しそうにそう言ったのだろう。そして、それに対するマナ姉の返事は────
「うん、いいよ─────」
「っ、エリナーーーーッ!!」
纏った雷が巨大な手となり、容赦なく振り下ろされた。間一髪、駆け出した俺はそれがエリナを叩き潰す寸前で彼女を抱き上げ、急いでマナ姉から距離をとる。
直後、地面が爆ぜた。爆音と共に木々が薙ぎ倒され、さっきまでエリナが立っていた場所に大穴が出現。何が起こったのか分からずに呆然としているエリナを降ろし、俺はマナ姉を睨む。
「おい、何してんだ!!」
「あれ、おかしいな··········どうしてユウ君が、私の邪魔をするの··········?」
「今、自分が何をしようとしたか分かってるのか!?あのまま俺が動かなかったら、エリナは死んでたぞ!!」
俺の声を聞き、エリナの顔が真っ青になる。しかし、マナ姉はやはり無表情でこちらを見つめてくるだけだ。
「ゆ、ユウ、い、一体何が··········」
圧倒的な破壊を目の当たりにして腰を抜かしたエリナの前に立ち、俺は刀に手を置く。
あれは本当にマナ姉か?魔力や姿、声まで本人と同じだ。だけど、マナ姉があんな事をする筈がない。そう自分に言い聞かせながらも、俺は警戒を緩めない。
「質問がある。あんたは誰だ?」
「どうしてそんな事を聞くの?私は私、マーナガルムだよ。ずーっと一緒に過ごしてきたじゃない。私のこと、嫌いになったの?」
「は?マーナガルムって─────」
瞬きした瞬間、マナ姉は目の前で俺目掛けて蹴りを放っていた。咄嗟に腕を交差してそれを受け止めたものの、魔力を纏っていなかった俺の骨はあっさりと砕け散り、そのまま吹っ飛ばされて木に激突する。
しかし、問題ない。魔力を暴走させた時、自分の意思ではないが、纏った魔力が負った傷を瞬時に癒していた。魔力を制御出来るようになった今、俺は自分の意思で傷を癒せる。
その力を利用し、折れた骨を瞬時に再生させた。何度か腕を振ってから、俺はエリナに目を向けているマナ姉目掛けて地を蹴る。再生能力の欠点は、痛みは消せないという事だ。だから腕はとてつもなく痛いが、それでも止まるわけにはいかない。
「いい加減にしろ、この馬鹿姉ッ!!」
「【サンダーマグナム】」
こちらを見ずに放たれた雷の弾丸を避け、そのままマナ姉に突っ込む。雷を纏っているので俺の手が若干焼けたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「くそっ、精神干渉か!?やっぱりあの時、あいつに何かされて··········!」
「ふふ、あはははっ!ねえユウ君、ユウ君は私だけを見てくれるよね?」
「はあ!?」
「だって、私は特別なんだもん。ねえ、そうでしょう!?」
「訳わかんない事言ってないで、事情を説明しろ!」
「···································」
寒気がする程の沈黙。虚ろな瞳が俺を捉え、マナ姉の可愛らしい顔が憤怒で歪む。まずい────そう思った時には俺の体は宙を舞っており、蹴りあげられたのだと理解した時にはマナ姉が幾つもの魔法陣を展開して─────
「全員逃げろ、今すぐだッ!!」
魔力を真上に放ち、急降下。俺の声を聞いて異常を察したエリナ達は急いでその場から離脱する。しかし、マナ姉は迫る俺ではなく、逃げたエリナ達に目を向けていた。
「雷光よ、敵を滅ぼせ────」
「させるかよッ!!」
魔法陣目掛けて刀をぶん投げ、貫通させる。それによって不安定になった術式が一気に乱れ、爆発。そのまま周囲の魔法陣も連鎖的に消し飛んでいく。その隙に俺は木に突き刺さった刀を取って納刀、再びマナ姉と対峙した。
「ユウ君は、私の事が嫌いなんだ」
「そんな訳ないだろ!?」
「だったらどうして邪魔をするの?あの子達は私とユウ君の仲を引き裂こうとしてるんだよ」
「勝手に決めつけるな!エリナ達はただの友達で、マナ姉の生徒だろうが!」
「ふーん、そっかぁ···········」
ゾクリと、悪寒が駆け抜けた。目の前に居るのはマナ姉であって、マナ姉ではない。だらりと両腕を垂らして死霊のように前髪の隙間から俺を見つめるマナ姉は、突如獣のような笑みを浮かべた。
「なら、殺さないと」
「っ、誰を─────」
またエリナ達が狙われる、そう思った俺は目を見開いた。マナ姉が跳躍したのはあちら側ではなく、こちら側。木を蹴り、更に進行方向にある木を蹴り、また木を蹴り、加速、加速、まだまだ加速する···········!
「ぐっ、【雷霆万鈞】か!」
あらゆる方向にそびえ立つ木々を利用し、マナ姉は俺の周囲を駆け回る。あの魔法の特性は、駆ければ駆ける程術者が加速するというもの。これだけの速度で動き回られると、いくらなんでも何処から攻撃が飛んでくるか予測できない。
見えるのは閃光の軌跡。空中に稲妻の通り道が描かれ、耳に届くは激しい雷音。それは絶え間なく俺の鼓膜を震わせ、音による攻撃予測も不可能となる。
マナ姉の全力、魔力解放状態。共に闘う時はこれ以上無い程頼もしかったが、まさか殺意と共にそれが自分に向けられるとは。恐らくマナ姉は、俺が抜刀する瞬間を狙ってくる筈。どうする、どのタイミングで俺は離脱すればいい?
いや待て、逃げてどうする。何があったのかは分からないし、これは本物のマナ姉じゃないのかもしれない。だけど、1度話をしなければどうしようもないだろう?勿論、魔力を自在に扱えるようになったとはいえ、マナ姉に勝てるかどうかは分からないが。
魔闘力測定の結果、今の俺はレベル414で魔闘力14万以上。マナ姉はレベル410で魔闘力8万以上。しかし、俺はまだ〝魔力解放〟が全然出来ない。対してマナ姉は好きなタイミングでそれが可能。恐らく魔力解放状態のマナ姉は、俺の魔闘力を上回っている筈だ。勿論魔闘力が実力の全てという訳ではないけど、今のこの状況は圧倒的に俺が不利。
理由その1、場所。俺も地形を利用した戦闘を行うタイプだが、その手の戦闘は圧倒的にマナ姉が優れている。現に今、耳を塞ぎたくなる程の爆音を鳴らしながら、あらゆる障害物を利用してマナ姉は跳び回っているだろう?マナ姉にとって、人々が障害物だと思うものは全て自分の味方。それらを利用して放たれる死角からの攻撃は、俺程度では防げるか分からない。
理由その2、関係。何故かマナ姉は殺す気で俺を狙っているが、俺は当然相手を殺せない。それどころか、刀を使っての〝防御〟は出来ても〝攻撃〟は無理だ。もし皮膚が切れたらどうする?手元が狂って鮮血を撒き散らす事になったらどうする?
いや、そもそも殴るのも蹴るのも無理なんだが。取り押さえるにしても、電撃で身を焦がされる未来しか見えない。ああ駄目だ、詰んでるじゃないか。
「フゥーー············」
まずは心を落ち着かせろ。これは想定外の事態だ。しかし事前に防げていたかもしれない事態。マナ姉は苦しんでいた。それなのに、彼女の悩みを先延ばしにした俺に責任がある。
ならば、己を犠牲にしてでもマナ姉を救う。そう覚悟したのとほぼ同時、マナ姉の声が爆音の中響き渡った。
「狂い裂け、【雷狼刃牙】!!」
「ッ────」
放たれたのは数発の斬撃。それらが俺の身を裂くべく猛スピードで迫るが、魔法で加速した俺は急いで後方に跳ぶ。それを隙と捉えたマナ姉が、木を爆砕する程の勢いで蹴って真後ろから俺を強襲。直前まで立っていた場所に深い爪痕が刻まれ、それから視線を移せば既にマナ姉は真後ろで脚を振り上げており────
「【サンダースタンプ】!!」
「魔法陣起動!」
即座に俺は予め仕込んでおいた魔法陣を起動させ、爪痕の上に浮かび上がった魔法陣から魔力の弾丸を発射させる。それはマナ姉の踵が俺を叩き潰す寸前で体にぶつかり、衝撃で俺は更に後方へと吹っ飛んだ。
直後、俺を潰し損ねた脚が大地を粉砕し、その身から流れ出た雷があらゆる場所から天に向かって放たれる。凄まじい破壊力の一撃は森全体を揺らし、俺は爆風で地面を派手に転がった。
これだけ暴れて魔力が乱れないのか。やはり今のマナ姉は何かがおかしい。一体どうすればいいのやら··········。
「くそっ、こんな時に親父達が居ないとはな」
魔導フォンで連絡したいが、そんな時間は存在しない。顔を上げればマナ姉の爪先が眼前にあり、刀を半分だけ抜いてそれを何とか受け止める。
「エリナちゃんやリースちゃん、ヴィータちゃんにアーリアちゃん。あと、クレハちゃんも邪魔だなぁ。うふふ、どんな悲鳴を上げてくれると思う?」
「彼女達を殺すつもりか··········!?」
「うん、後でね。でもまずは────」
1度脚を引き、再度放たれた蹴りは俺の肋骨を粉々に砕いた。激痛で叫びそうになりながらも骨を再生させ、俺は全力でマナ姉から距離をとる。勿論そんな行為は殆ど意味が無い。一瞬で距離を詰めてきたマナ姉は、狂ったように笑いながら放電した。
「ユウ君から殺さなきゃねえッ!!」
「何でだよ!?」
爪による攻撃をしゃがんで避け、前に転がり蹴りを回避。そのまま脚を掴んで向こうに放り投げる。
「良い事を思いついたのっ!ユウ君を殺せば、ユウ君は私だけのものになるでしょう!?私達は一心同体、言葉を発さなくてもユウ君の思いを感じる事は出来るから!あっはははは!ずっと、ずーーーーーーっと私はユウ君の傍に居るよ!」
「おおい、まさかのヤンデレかッ!!」
数十発のサンダーランスが放たれ、木々を焼き払いながら飛来する。全て弾くのは多分無理だけど、やらなきゃ死ぬ·········!
「今の俺なら使える筈───母さん直伝銀閃一刀流、弐ノ太刀【乱月】!!」
視界に映るもの全てを対象とした、超高速斬撃。銀の三日月が刀身から次々と放たれ、マナ姉の魔法を迎え撃つ。時間にして僅か一秒、激突した魔法と斬撃は爆ぜ、捌ききれなかった何発かの雷槍が俺の身を焼いた。
痛みは我慢すればいい。傷を再生、爆煙でマナ姉の視界が遮られている間に1度立て直す────なんて甘い考えを容赦なく潰してくるのがマナ姉だ。
「どこに行くつもり!?」
「くっ、正気に戻れ!」
「私は正気だよ!これが私、神狼マーナガルムのあるべき姿なの!」
「神狼、マーナガルム!?」
本で見た事がある。かつて地上を支配していた神獣種と呼ばれる超上位魔獣の中で、最強の戦闘能力を誇っていた怪物。人を凌駕する知能と速度を駆使して邪魔者を次々と蹂躙し、一時とはいえあらゆるものの頂点に君臨した王者。
「それが、マナ姉だって!?」
誰からも聞いたことは無かった。だけど、もしそうなのだとすれば納得できる。凄まじい知能、魔力、運動神経。それは、マナ姉が神狼マーナガルムだから持つ才能なのか!?
「やっぱり、ユウ君は私の事、嫌い?」
不意に、マナ姉の動きが止まる。
「だって、私は人間じゃないし、本来人に嫌われる化物なんだよ。それでもユウ君は、私を姉だって言ってくれる?」
先程までとは違い、とても悲しげな瞳で俺を見てくる。何故マナ姉は暴走してしまったのか·········それは分からないけど。
「当たり前だろ?俺とマナ姉は、家族だ。マナ姉が神獣種だろうと、俺には関係ない」
彼女を止めるられるのは、今しかない。だから俺は、嘘偽りの無い言葉をマナ姉にぶつけた。すると、マナ姉は涙を流しながら俺に抱き着いてくる。
「ごめん、ごめんねユウ君。やっぱり私が間違ってたよ」
「マナ姉·········ああ、別に気にしてな────」
腹部に走った衝撃、違和感。焼けるような熱を感じて視線を下げれば、マナ姉の手が俺の腹部を貫いていて────
「が、あぁッ!?」
電撃が内側から炸裂。様々な場所から血が溢れ、感覚を失った俺は呆気なく崩れ落ちた。
「最初から、こうしていれば良かったんだよね?」
「マナ、ね··········!」
「これでユウ君は私だけのもの。ふふっ、これからもずっと一緒に暮らそうね?」
「う、ぁ···········」
まずい、本気で死ぬ。警戒を緩めて魔力を解いたせいで、傷が再生しない。今から魔力を纏い直そうにも、痛みで魔力が不安定になっているせいで無理だ。
意識が薄れ始める。そんな中、視界に入り込んできた白髪の男。頭には黒いハットを被っており、同じく黒いコートに身を包んでいる紳士的な男が。
「お、まえは···········!?」
「はは、無様な姿ですね。どうですか、僕の娘にその身を抉られた痛みは」
「娘、だと?」
「ああ、自己紹介が遅れましたね。僕は神狼マーナガルム、君達が〝マナ・シルヴァ〟と呼ぶこの子の実父です」
そう言って男はハットを放り投げる。現れたのは、白い髪と同じ色の獣耳。まさか、本当にこの男は神狼だというのか?というか、実父?何だよそれ、マナ姉の父親だって?
「混乱していますか?まあ、僕の目的を説明しましょうか。現在少しこの子の力が必要でして、僕の魔力でこの子の魔力に干渉して、神狼マーナガルムとしての本能を呼び起こしてあげた。要するに本来の姿に戻ってもらったんです。欲しければ奪え、潰せ、殺せ。僕の娘はそれを実行しただけですよ」
突然人が変わったかのように俺達に襲い掛かってきたマナ姉。それは、全てこの男の魔力干渉が引き起こした事態だという。
「神狼として最も多くの事を覚えなければならない幼少期を、娘は君達人間と過ごしてきた。そのせいで、何ともまあ大人しい性格になってしまいましてね。しかし今日、遂に娘はあるべき姿へと戻った!その理由が〝愛する人を独り占めしたい〟という醜い嫉妬だったのは傑作ですけどねえ!」
「は···········?」
「おや、気付いていなかったのですか?」
こいつは一体何を言いたいのか。それを考えようにも、激痛で頭が回らない。
「マーナガルム、君は彼が欲しかったのですよね?」
必死に意識を保とうともがいていると、神狼の男がマナ姉にそう言った。マナ姉は、不気味な笑みを浮かべながら俺に目を向けてきて··········その頬は桃色に染まっている。
「はい、お父さん。ユウ君は私の全てですから」
ハンマーで殴られたような、そんな衝撃だった。マナ姉が、親父以外を『お父さん』と言ったのだ。
「ふッざけんなあああ!!」
痛みなどどうでもいい。俺は地面を殴って立ち上がり、魔力を放って神狼の男を睨む。
「何が父親だ!お前、さっきマナ姉のことを〝マーナガルム〟って呼びやがったな!?自分の娘なんだろ!?〝マナ〟って名前を付けたのは親父と母さんだ!娘に名前すら付けない奴が、今更父親ぶって出てくるんじゃねえよ!」
「だったら何だと言うのですか?自分の娘をどう扱おうが、それは僕の勝手だと思いますけど」
「お前それ、本気で言ってるのか?」
「神狼というのは子宝に恵まれない一族でしてね。これまで沢山の雌を相手にしてきましたが、その中で授かったのはこの子のみ。しかし、すぐに君達人間に我々神獣種は封印された。僕の目的は君達への復讐。その為に娘の力が必要なんです」
血が、流れ落ちる。このまま立ち続ければ、俺は多分死んでしまうだろう。
「まあ、簡単に言えば、道具みたいなものですかね」
「お前ええええええええッ!!」
魔法で加速し、マーナガルムの眼前で刀を振り上げる。こんな屑に、マナ姉を渡してたまるものか。殺す気で、俺はそのまま刀をマーナガルム目掛けて振り下ろし────
「暴れちゃ駄目だよ、ユウ君」
「がッ!?」
マナ姉の蹴りが、俺の腹部に炸裂した。傷口が一気に広がり、血が飛び散り、気が付けば頬が地面に触れていて··········どうしようもない状況で意識を失う寸前で、マナ姉の隣に立ったマーナガルムは俺を見下ろしながら楽しげに笑った。
「僕の事は〝ガルム〟とでも呼ぶといい。まあ、瀕死の君にそんな事を言っても意味は無いと思いますけど。連れて行く価値もないので、無様に死になさい」
「ま、て············」
「行きますよ、マーナガルム。我々親子で神獣種だけの楽園を築きましょう」
「はい、お父さん─────」
最後に、何故か悲しげに俺を見てきたマナ姉と目が合い···········俺の意識は闇に落ちた。