58.黒の盟主
「黒の盟主に命令されて、ユウを殺す為に学園を襲撃した········ねぇ。やれやれ。一体何が目的で、何者なんだよ黒の盟主って奴は」
目的を聞き出す為に散々学園長に尋問されていたギルバードは、現在全裸で縛り上げられ、空間干渉でボコボコにされて部屋の隅に転がっている。見ていて少しだけ可哀想だったけど、可愛い姉と妹を傷付けたんだ。当然の罰だろう。
それにしても、まさか俺が目的だったとは。聞いた時は申し訳なさ過ぎて何度も2人に謝ったが、笑顔で気にしなくていいと言ってくれたので泣きそうになった。
「ユウちゃんの潜在能力を恐れて、先に始末しておこうとした········とか?」
ディーネさんがそう言う。それに対し、ベルゼブブさんが有り得ないでしょと手をヒラヒラさせた。
「確かに凄い魔力を引き出したみたいだけど、私達ですらユウがそれ程の魔力を持っていたなんて知らなかったのよ?ユウに接触した事の無い黒の盟主がユウを恐れるなんて、有り得ない」
「うーん、そうかなぁ。敵はタローさんに匹敵するレベルなんだよ?あのグリードよりも更に未知数の力を持ってる。だからこそ、色んな可能性を想定するべきじゃない?」
「ディーネの言う通りだぞ、このポンコツ魔王。やれやれ、だから何年経っても胸が成長しないんだよ。たまにタローを誘惑しようとしてるけど、色気ないから無理無理」
「な、何ですって!?貴女に言われたくないのよ、このロリババア!そりゃー見た目は幼くても中身はおばさんなんだから、タローだって相手にしないわよねぇ!?」
びしりと、窓ガラスにヒビが入る。
「いいだろう、ぶっ殺す!!」
「今日こそ地獄に落としてあげるわ!!」
あぁ、また始まったよ。魔導士として世界最強格の2人が争えば、この学園どころかオーデムが地図から消えるだろう。とてつもない魔力をぶつけ合う2人を見ながら大量の汗を流す俺の隣で、ディーネさんは呆れたように息を吐き────
「いい加減にしなさいッ!!」
「「ぎゃあああッ!?」」
全身から凄まじい魔力を放出し、ソンノ学園長とベルゼブブさんは氷漬けとなった。お約束である。
「ごめんね、ユウちゃん。あとでしっかり注意しておくから」
「い、いえ··········」
本来の魔力を取り戻してある程度自信がついたが、やはり次元が違うようだ。もし俺が2人を止めようとしていたら、巻き込まれて昇天していただろう。
「失礼しまーっす!」
「ユウ、怪我はないか!?」
ホッと胸を撫で下ろしていると、部屋の扉が開いて親父と母さんが中に入ってきた。何故か母さんは若干取り乱しており、駆け寄ってきたと思えば俺の体をベタベタと触り始める。
「か、母さん?」
「なっはっは。お前の母ちゃん、お前を殺す為に隻腕の巨人が学園を襲撃したって連絡したら、びっくりするくらい取り乱してな。私達は先に戻ってきてたから、空間干渉で戻ってこれるようにしてたんだよ」
「ったく、あんまり心配させるなよ?テミスは本当にお前達を愛してるんだから。ま、それは俺もだけどな」
学園長と親父がそう言うと、母さんは少し恥ずかしそうに俺から離れた。やっぱり素敵な人だなと俺は思う。そんな母さんだからこそ俺は本気で尊敬しており、憧れるのだ。そう思っていると、今度はマナ姉とクレハが中に入ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「兄さ〜ん!」
「おわっ!?」
笑顔で抱き着いてきたのはクレハ。普段なら絶対にそんな事をしない子だけど、何故か今日は物凄く機嫌が良い。とりあえず親父が睨んでくるので離れてほしいな。嫌じゃないけど。
「うふふ、兄さん·········」
「こーら、クレハちゃん。今から大事な話をするんだから離れようね」
「あうぅ·········」
マナ姉に引っ張られて俺から離れたクレハだったけど、それでも頬はとにかく緩んでいた。
「マナ、説明は終わったか?」
「はい、既に生徒達は寮に戻っています。ユウ君を狙って、というのは伏せておきました。敵の目的は、王国魔法研究の象徴である学園の制圧だったと説明しておきましたけど··········」
「ま、それでいいだろ。さてさて、そろそろ話をするしよう」
ソンノ学園長が、向こうで悲惨な格好になっているギルバードに目を向ける。
「今回隻腕の巨人が学園を襲撃したのは、ユウを殺す為。あそこの変態によると、〝黒の盟主は隻腕の巨人を使ってユウを試した〟らしい。よく分からないだろう?タローに匹敵する魔力を誇る化物が、帝国最強の傭兵団を使って英雄の息子を試したんだよ」
「ユウに手を出して私達を動揺させるのが目的だったのならまだ分かりますけど、試した········ですか」
「魔神グリードや悪神アバドンには明確な目的があった。どっちもろくでもない屑みたいな目的だったが、私は黒の盟主が何を考えているのかが全く分からない。終焉と再生と言っていたらしいが、運命に抗えとも言っていたんだろ?奴は一体何がしたいんだって話だ」
額に手を当てている学園長の気持ちはよく分かる。黒の盟主が何を目的としているのかが分かれば、親父達もかなり動きやすくなる筈なんだけど。
というか、俺を試す意味が分からない。確かに俺はそれなりに魔力を得たけど、別に特別な存在という訳ではない。なのに、どうして俺なんかを··········?
「今日会議で話し合ったのは隻腕の巨人対策が中心だったが、後日改めて会議を行う。それでいいな?」
「ふん、せいぜい遅刻しないことね」
「お前と違って私は空間干渉が使えるんだよ。寝坊しても3秒あれば会議室まで行けるっつーの。お前こそ羽生えてるんだから遅刻するなよ、お子様コウモリ」
「堕天使よ!!」
また喧嘩を始めた2人を、苦笑しながらディーネさんが止めに入る。そんな光景を眺めていると、突然誰かが部屋の中に駆け込んできた。オーデムギルドの職員であり、親父の後輩であるハクアさんである。
「ぎ、ギルド長はいらっしゃいますか!?」
「おお、どうした?」
「先程王都ギルドから連絡が入りました。突如王都周辺に正体不明の魔物が多数出現、現在アレクシス様とラスティ様が交戦中との事です!」
「何だって!?」
汗を拭きながらハクアさんがそんな事を言い、この場に居る全員が目を見開いた。
「チッ、このタイミングで魔物の出現か。しゃーない、とりあえず王都に行こう。ユウ、マナとクレハを頼むぞ」
「私も同行する」
「やれやれ、戻ってきたばかりだってのに、何回転移魔法を使わせる気なんだよ。ディーネは来るだろうけど、お前はどうするんだ?絶壁」
「勿論行く──って誰が絶壁よ!」
「も、もう、喧嘩しないの!」
英雄達が転移魔法で部屋から消え、残ったのは俺とマナ姉とクレハ、そしてハクアさんだけとなった。なのでとりあえず家に帰ろうかと言おうと思った直後、勢いよくクレハが抱き着いてきたので転びかける。
「く、クレハ·········!?」
「兄さ〜ん·········うふふ」
本当にどうしたんだろうか。事情が分からずに視線をさまよわせていると、何故かムッとした表情のマナ姉と目が合う。
「·········ユウ君、デレデレしてる」
「こ、これは仕方ないだろ」
「むうぅ·········」
な、何だ?一体俺は何をやらかしてしまったんだ?そんな感じで慌てていると、今度はそのままマナ姉が抱き着いてきた。流石に踏ん張りきれず、俺達は3人揃って転倒する。
「お、おい、マナ姉!?」
「もう、鈍いんだから·········」
「兄さんの匂い·········うふふ」
「あらあら、青春ですね」
やばい、柔らかい感触が両腕に·········!などと思いながら必死に気持ちを鎮めていると、突然扉が勢いよく開けられた。それの犠牲になったのがハクアさん。後頭部に扉が直撃し、彼女はそのまま前のめりに倒れ込む。
「わわっ、ご、ごめんなさい!」
「り、リースさん、扉はそっと開けなさい·········!」
「あ、あはは、大丈夫ですよ〜·········」
中に入ってきたのはリースとエリナ。良かった、二人共無事だったんだな。しかし、少し違和感がある。すぐに分かったのだが、ヴィータが居ないのだ。
「ヴィータさんは保健室で休んでいるわ。首元を少し切っていたからね」
「そうなのか。心配だな··········」
「大丈夫やで、ユウ。心配せんといてって、ヴィータちゃん言ってたから」
「それにしても、凄い戦いだったわね。まさかあれ程の魔力を持っていたなんて··········」
そう言うエリナの目は輝いているように見えた。
「ウチより全然強いやん!かっこよかったで」
「そ、それは、どうも」
「ところでユウ、どうしてマナ先生とクレハさんを抱いているのかしら?ここは学園長室よ?大胆な不純異性交遊ね」
「ちがっ、誤解だ!」
マナ姉は顔を真っ赤にしながら即座に離れてくれたが、クレハは俺が立ち上がっても抱き着いてきたままだ。その後も俺はエリナに色々説明し続けたけど、彼女は少しムスッとしたままあまり話を聞いてくれないのだった。
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「なるほど、貴方が〝黒の盟主〟ですか」
遠くから、愛しい人の声が聞こえてくる。そんな中、女神ティアーズは廊下で禍々しいオーラを纏う人物と対峙していた。
黒いローブで身を包んだ、黒の盟主。これ程までに危険な気配を漂わせているというのに、ユウ達は気付いていないのだろうか。
「貴方、ユウ様とギルバードの戦闘を見ていたのですね」
「ふふ、勿論だよ。あれは〝私〟が思い描いた光景なんだから」
「何故ユウ様を狙ったのですか?」
ティアーズに睨まれ、黒の盟主は頬に指を当てながら暫く黙り込む。まるで女子のような仕草だったが、やがて不敵に笑いながら口を開いた。
「夢を、見たんだ」
「夢·········?」
「とある場所で、彼が私と対峙している夢さ。だけど、彼は私に殺されてしまうんだよ」
「っ!?」
「だからこそ、強くなってもらわないと困るんだ。彼が血に沈む光景なんて、私は見たくない」
「貴方は、一体─────」
突如、ティアーズの体が動かなくなった。凄まじい悪寒が全身を駆け抜け、汗が流れ出る。
(女神である私の魔力に干渉している··········!?)
「ユウ君はね、私にとって特別な存在なんだよ。私だけのものにしたい·········彼は〝新世界〟に進む資格があるんだ」
「新、世界·········!?」
「だけど、ユウ君以外は誰も必要ない。君も含めて、旧世界の住民は邪魔なんだ。数も多いし争わなければ生きていけない。だからこそ、私は君達に試練を与えるのさ」
震えるティアーズの隣に立ち、口角を吊り上げながら黒の盟主は言う。
「一つ目の試練はもう始まっているよ。王都に現れたのは私の駒。ふふ、ユウ君はどうやって乗り越えるのかなぁ」
「ま、待ちなさい!貴方、ユグドラシル様の行方を知っていますね!?」
「へえ、何故そう思うの?」
「最近あの御方と連絡が取れません。タロー様と互角以上の魔力を持つ貴方なら、ユグドラシル様に何かをしていたとしてもおかしくはない·········!」
「うーん、別に私が何かをしているという訳ではないんだけどね。まあ、きっと彼女は無事だよ。この世界がまだ崩壊していないのだから」
そう言って、黒の盟主はティアーズの前に立った。足元には魔法陣が浮かび上がっており、ティアーズは黒の盟主が転移魔法を唱えた事に気付く。
「それでは御機嫌よう、女神ティアーズ。君達旧世界の住民がどれだけ足掻いてくれるのか、楽しみに拝見させてもらうよ」
「っ、待ちなさ─────」
眩い光がティアーズの目を襲い、そして黒の盟主は学園から姿を消す。残されたティアーズは悔しげに唇を噛み、彼女の横顔を夕日が照らしていた。