50.それぞれの不安
「どうやって入ってきたのかって?あー、この遺跡で作動していた装置に流れてた魔力に干渉して、無理矢理扉を開けたんだ。そしたらマナちんが大ピンチ!ってわけで、あたしは颯爽と現れ骸骨の腕を切断しましたとさ」
「オーデムギルドから連絡が来てな。危険な魔物がアトラル古代遺跡付近に出没している可能性があるからと、俺達は数時間前から近辺を調査していたんだ。すると、遺跡内からマナの魔力を感じた。そして先程最奥に到着したという訳だ」
かつて親父達と共に魔神と戦った、ソルの両親であり近接戦闘の達人である2人。2人共年齢よりも若く見えるが、顔や性格を見ていれば、ソルの親だということはすぐに分かる。
「しかしまさか、歴史書に出てくる悪魔と交戦中とは。依頼の難易度はAと聞いていたが、お前達以外が来ていた場合、確実に犠牲者は増えていただろう」
ここは揺れる馬車の中。最奥突入前に発見した冒険者の生き残りは、既に駆けつけた救助隊に助け出されていた。マナ姉は先程ソンノさんを呼んでオーデムへと連れ帰ってもらい、アレクシスさん達と話をしているのは俺とクレハだけである。
「にしても、ソンノさんってほんと便利だよね〜。あたしらも転移魔法で連れて帰ってもらえば良かったんじゃない?」
「甘えるな馬鹿。だから太るんだよ」
「ふ、太ってないわよ!」
「そうか?お前、前より腹が出ているぞ?」
「うぐっ、気の所為じゃなーい?」
親父達とはまた違った性格の2人だけど、相変わらず仲良しだな。そんな事を思いながらも、俺はアレクシスさんに気になっていた事を聞いた。
「あの、どうしてアトラル古代遺跡に歴史書の悪魔が出現したんですか?」
「それについては俺も分からん。そもそも、あの森でキラービーが大繁殖していたというのもおかしいんだ。これまでキラービーが確認されたことなど1度もなかった。何故、突然古代遺跡付近でそのような事が起こったのか··········」
「アレくん、饅頭食べる?美味しいよ?」
「く う き を よ め」
「あ、はい」
何年経ってもラスティさんは変わらないな。
「·······最近、各地で異常事態が起こっているという話をよく聞く。魔物の大量発生、気温の変化、犯罪の多発。これが何かが起こる前兆なのだとしたら、俺達ものんびりとしてはいられない。ユウ、クレハ。お前達も警戒しておけ」
「ええ、分かりました」
何かが起こるかもしれない。それは果たして一体どれ程の脅威となって、この世界を襲うのだろうか。親父や母さん、英雄達が居れば大丈夫だとは思うけど、心配だな·········。
「大丈夫ですよ、兄さんは私が守ります!」
「ふっ、それは俺の台詞だよ」
「クレちゃんは相変わらずユーちん大好きだねぇ」
「モテモテじゃないか、ユウ」
少しの不安を覚えながらも、王都付近でアレクシスさん達と別れた俺達は、そのままオーデムへと帰還するのだった。
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ーーータロー・シルヴァーーー
「何だと!?ロックグラム砦に居た第六騎士団が全滅!?ば、馬鹿な、有り得ん!」
勢いよく机を叩き、頭を掻き毟りながら喚く男。そんな事をしたら、薄くなった髪が完全に無くなってしまうぞと言いたくなりながらも、俺はその男に追加で情報を伝える。
「しかも全員〝感情喰らい〟に寄生され、魔人化させられた状態で俺達を襲った。そんな非人道的な行為をしでかしてくれたのは、自らを〝黒の盟主〟と名乗った黒ずくめの人物です」
「奴らに私がどれ程の大金を注ぎ込んだと思っている!使えん奴らめ、簡単に死におって!」
「············」
王国魔導協会会長、アイゼン・ハッシュバード。実力は確かに相当なものだが·········やっぱりこのおっさん、正真正銘ガチクズだわ。獣人嫌いな性格も気に食わないし、さっさと表舞台から失せろってんだ。
「で、報告はそれだけか?」
「ええ、今のところは。今後、何かしらの事件が起こる可能性は高い。そして今回現れた黒の盟主が、我々に匹敵する力を持っていることは確実。今のうちに色々備えておくべきです」
「ふん、貴様らが居ればその程度の輩など敵ではない。私は忙しいから帰るぞ。会議を続けたいのなら貴様らで勝手にやってろ」
「道中、お気をつけて」
王都、王城会議室にて。心底面倒そうに去っていったアイゼンを見送った後、俺はあまりにもムカついたので机を叩き割ってしまった。
「だあーーーーーもうっ!!毎度毎度何なんだよあのクソハゲジジイは!!とっとと仕事辞めて隠居しろポンコツが!!」
「ま、まあまあ、落ち着いて」
テミスがそう言ってくるが、先程の言い方には流石にカチンときたらしい。簡単に死におって!と言った直後、僅かだが殺気を放っていたのだ。
「ふん、放置しておけばいいのよ。あんなゴミ、この場に居る資格もないもの。そもそも、同じ場の空気を吸うことが不快だわ」
「さっきのは言い過ぎだよね。私もムカッとしたもの」
綺麗な姿勢で椅子に腰掛けているディーネと、棚の上に座っているベルゼブブ。
「で、タロー。さっきの話は本当か?」
そして、俺の前にはソンノさんが座っている。皆、砦から帰る最中に俺が招集したのだ。あとはアレクシスとラスティが来る筈だけど、少し遅れるっぽいな。
「お前達の魔力を浴びても涼しい顔をしていたとは。それが本当なら、相手はグリード級の化け物かもしれないぞ?」
「そうかもしれませんね。もしかすると、うちの可愛い娘を狙った変態教師ロイドとも、何らかの関わりがあった可能性もあります」
「ふむ、こいつは大事になりそうだな」
と、面倒そうにソンノさんがそう言った直後、会議室の扉が開いてアレクシスとラスティが中に入ってきた。
「すみません、遅れました」
「珍しいな、2人が遅刻するなんて。またラスティが何かやらかしたのか?」
「あ、あたしじゃないよ!?」
「アトラル古代遺跡の周辺で魔物の調査をしていたら、冒険者を捜索中だったお前の息子達と会ってな。マナは魔力乱れを起こしてオーデムに搬送された」
「はあっ!?」
予想外の事を言われ、俺は気が動転しかけた。
「前に魔力が乱れてから1週間も経ってないんだぞ!?何が原因だ!?無事なのか!?怪我とかしてないか!?ああああマナちゃん!!マナちゃアアアアんッ!!」
「うるさいっつの」
ソンノさんの魔法で吹っ飛ばされ、窓ガラスを突き破って王城から転落した俺。まあ、確かに今のは騒がしかっただろうから、反省しながら会議室に戻る。
「アレクシス、アトラル古代遺跡で一体何があった?」
「こいつ、まるで何事も無かったかのように··········!」
「タローくん、恐ろしい子!」
まあ、2人の反応は置いといて。
「ユグドラシルの歴史書に記されている古代の悪魔、スカルエクスキューショナーとユウ達は交戦中だった。アビスデーモンも数体いたようだが、そちらはマナが全て片付けたらしい」
「何だと!?」
驚きながら、ソンノさんが立ち上がる。
「歴史書の悪魔が地上にいたのは数千年前だぞ!?今は煉獄世界に封じられている筈だ!」
「しかし、俺達は実際にスカルエクスキューショナーと特徴が一致する魔物と相対しました」
「異質な魔力を放出してたし、あれは悪魔で間違いないと思うな〜」
「おいおい、勘弁してくれ。各地で起きている異常事態に加えて、歴史書の悪魔やタローと同等の化け物の出現?私達だけじゃ対処できないぞ。どうするんだ?」
などと言いながら、全員の視線が俺に集まる。何故そこで俺を見るのかは分からないけど、今ここに居るのは世界を救った英雄達だ。
「ま、何とかなるだろ!」
「そうね、タローはとっても強いもの!」
「今回もきっと乗り越えられるよ」
命懸けで守り抜いたこの世界だ。例えどんな相手が現れたとしても、俺達が力を合わせれば必ず勝てる。暗いムードから一転、盛り上がり始めた皆を見ていると、自然と頬が緩んだ。
アレクシス達の反応からして、ユウとクレハは無事なのだろう。ただ、気になることが一つ。こんな世界の危機的な状況で、何故ユグドラシルは表の世界に出てこないのか。
実は、1年程前から彼女は俺達の前に姿を見せていない。少なくとも3ヶ月に一回は、暇だからと言いながら現れていたのに。
彼女が姿を消し、そして世界各地で謎の現象が起こり始めた。まさかとは思うが、ユグドラシルの身に何かあったのか?
「タロー、大丈夫か?少し顔色が悪いけど··········」
「ん、いや。何でもないよ」
心配そうに顔を覗き込んできたテミスの頭を軽く撫で、窓の外に目を向ける。相変わらず綺麗な青空は、視線の先、地平線の彼方までずっと続いていた。




