48.アトラル古代遺跡
『時が来ましたね·········』
一面真っ白な、とても不思議な空間で。どこからともなく優しげな女性の声が耳に届く。
『以前、激しい怒りと共に暴走した魔力。心身共に成長した今の貴方なら、きっと力をコントロール出来る筈です』
「ちょっと待ってくれ。君は誰だ?かなり前········そうだ、エリナが魔人化しかけた時だ。あの時も俺に語りかけてきただろう?」
『ふふ、そうですね。私は貴方の事をずっと前から知っています。貴方がまだ産まれたばかりの頃から』
「え、知り合いなのか?」
『いえいえ、お会いした事は一度もありませんよ。ですが、ずっとお会いしたいと思っていました』
「君は一体··········」
『審判の日はすぐそこに。抗うか、受け入れるか。選択するのは貴方です』
意識が薄れていく。そんな中、俺は姿の見えない声の主に右手を伸ばし─────
「───·······ふむ」
「あ、うぁ········」
目を開けると、俺は顔が真っ赤なマナ姉の胸をがっつり掴んでいた。以前も似たようなことがあった気がする。まあ、折角なので堪能させてもらうとしよう。
恐らく世の男性達の理想であるサイズ、もう二度と離したくないと思ってしまう柔らかさ。1回、2回、3回·········素晴らしい朝を迎えることができた俺は、神に感謝しながらその手を動かし────
「い、いつまで触ってるのッ!!」
「ぎゃああああああああッ!!!」
凄まじい電撃を浴びせられ、ベッドから転げ落ちた。今のはどう考えても調子に乗った俺が悪い。当然の結果である。
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「そういえば、親父と母さんは出掛けてるんだったな。確か、ロックグラム砦を調査するとか··········」
「明日には帰ってくると思うよ。さっきの事、絶対お父さんに報告するから」
「それだけは勘弁!!」
「じ、冗談だよ········」
朝からボロボロになり、クレハに傷薬を塗ってもらっている最中の俺。姉の胸を触って殺されるとか、そんな悲しすぎる最期は迎えたくない。
「さて、今日1日休みなわけだが········」
「久々にギルドにでも行く?」
「おお、いいな。クレハはどうする?」
「勿論同行します」
とりあえず着替え、俺達はギルドに向かった。世界各地に建てられている冒険者ギルド、そのオーデム支部だ。
各地から集まった依頼を受注し、解決する事で報酬が貰えるので、それを仕事にしている人はかなり多い。俺達も一応登録はしているけど、まだ学生なので受注できる依頼は少ない。まあ、マナ姉はギルドクエスト最高難易度であり、数年に一度、稀に出現するSSSクラスの依頼も引き受けられるのだが。
「あら、いらっしゃいマナさん」
「おはようございます」
ギルドに入った俺達を出迎えてくれたのは、親父に恋心を寄せる若いギルド職員·······ハクアさんだった。とても落ち着いた雰囲気を纏っており、このギルドではかなり人気の高い人である。
そして当然と言うべきか、マナ姉とクレハの登場により、ギルドに居た男性冒険者達は歓喜の雄叫びを上げた。
「今日は簡単な依頼を受けようかと思いまして。ユウ君とクレハちゃんでも受注できる依頼はありますか?」
「ええ、少し待っていてくださいね」
その後、席についた俺達は、ハクアさんが持ってきてくれた数枚の依頼書に目を通す。魔物討伐、薬草採取········そして、冒険者の捜索。
「この依頼、誰かが帰ってきていないんですか?」
マナ姉がそう聞くと、ハクアさんは驚いたように目を見開いた。
「す、すみません!持ってくる依頼書を間違えました!」
「中級冒険者3名が魔物討伐に向かい、行方不明。現場はアトラル古代遺跡、難易度Aクラス」
「だ、駄目ですよマナさん。ユウ君達と依頼に行くんですよね?Aクラスの依頼なんて·········」
「行くか、マナ姉」
「ふふ、さすがに放置できません」
優しい性格のマナ姉が、こんな内容の依頼を見て『弟達と依頼に行きたいので行きません』とは言わないだろう。難しい表情でマナ姉は依頼書を見つめていたので、俺とクレハはそう言った。
「で、でも、ユウ君·········」
「危険なのは俺だけだろ?マナ姉はSSSクラスの実力、クレハだって上級冒険者達を軽く凌ぐSクラス以上の実力はある。マナ姉が依頼を受注すれば、学生の俺達も一応同行は可能だ。人を救うのに躊躇う必要なんてないさ」
「うん、分かった。ハクアさん、この依頼は私達が引き受けます」
「········分かりました。無理だけはしないでくださいね?」
とても心配そうにハクアさんが俺を見てきたので、俺は親指をグッと立てておいた。
「着いた。ここがアトラル古代遺跡だよ」
「おお、生で見たのは初めてだ」
馬車で揺られること数時間、降りて歩くこと数十分。俺達は王国西部に存在する、旧時代に建てられたと言われるアトラル古代遺跡に辿り着いた。
ここは深い森の奥。周囲には木々が覆い茂り、唐突に現れた建造物のあちこちにツタが絡まり苔が生えている。しかし、そんな神秘的な光景は思わず見入ってしまう程美しい。まだ王国の気温は高めだが、この周囲はかなりひんやりしていた。
「この周囲に危険な魔物はいない筈なんだけど、中級冒険者の人達との連絡が途絶えたのは気になるからね。2人共、警戒を怠っちゃ駄目だよ?」
「了解」
マナ姉に続き、遺跡に足を踏み入れる。旧時代の産物が眠っていると言われるこの遺跡は、一般人の立ち入りは禁止されている。今回行方不明になった冒険者達は周囲の森で魔物討伐を行っていたらしいが、途中で大型の魔物を発見。交戦して逃走した先がこの遺跡で、その後魔導フォンによる連絡が途絶えたという。
「魔物の気配は感じないな」
「うん、別の場所に移動したのかも」
それぞれ魔力を纏い、遺跡の奥を目指す。すると、何かを発見したらしいクレハが俺の腕を引っ張ってきた。
「見てください兄さん、血痕です」
「っ、やはりこの遺跡に逃げ込んだのか。だとしたら、冒険者達はもっと奥に進んだってことか?」
「········最悪の事態も想定しておいた方が良さそうですね」
歩く、ただ奥を目指して歩き続ける。時折壁画や壊れた遺産などに目を奪われながらも、俺達は冒険者達の無事を信じて先へと進む。まだ魔物とは遭遇していない。しかし、嫌な予感がするのは気の所為だろうか。
「あれは·········」
「人だ········!」
もうすぐ遺跡の最奥に辿り着こうとしていた時、突然マナ姉が駆け出し、壁にもたれかかっていた男性に声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「ひいっ!?こ、殺さないで!許してくれええッ!!」
「私達は、ギルドの依頼で貴方達を助けに来たんです。だから大丈夫、安心してください」
優しい笑みを浮かべるマナ姉を見て安心したのか、男性は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「そ、そうだ。ノイとクロウを見かけなかったか!?あいつら、怪我した俺を逃がす為に、囮になって·········!」
「いえ、ここに来るまで私達は誰とも会っていません。更に奥へと進んだ可能性は?」
「そんな、最悪だ!ああもう、なんで俺達がこんな目に!森でキラービーが大繁殖してるから討伐しに来て、気が付いたら訳の分からない化け物に囲まれてて!もう嫌だ、帰らせてくれ!」
「その為には情報が必要です。その化け物はどんな見た目でしたか?」
「く、黒い魔物だ。鎌を持った骸骨みたいな奴と、角が生えた牛みたいな奴だよ!それが何体も、ゾロゾロと現れて········!」
「っ··········」
マナ姉が目を見開く。そして立ち上がり、男性に持ってきていた回復薬を手渡した。
「いいですか?私達はこれから奥に向かいますけど、絶対にここから動かないでください。ギルドに救助を要請しました。暫くすれば、近くの街から救助隊が来る筈です」
「あ、あの化け物共とやり合うつもりか!?無理だ!君が誰なのかは知らないけど、死にに行くようなものだぞ!?」
「マナ・シルヴァ」
「へ?」
「私はマナ・シルヴァです。大丈夫、きっと貴方の仲間は無事ですよ」
呆然としている男性から、俺達に目を向けたマナ姉。そして俺達が頷いたのを確認してから、マナ姉は勢いよく駆け出した。そんな彼女を追い、俺とクレハも走り出す。
「流石だな」
「姉さんには、まだまだ追いつけませんね」
先程の反応。恐らくマナ姉は敵の正体が分かったのだろう。それでこれだけ焦っているということは、それだけ敵が強大で、急がなければ手遅れになる可能性が高いということだ。