46.本当に大切な人
あまりにも有名すぎる、魔導を極めた2人の授業はかつてない程の衝撃を学園にもたらした。翌日にはマナ姉も復帰し、早くも三大美女として彼女達を崇める者達が続出。まあ、何故その中に自分は含まれていないのかと、ソンノ学園長は怒っていたが。
「───ここまでの説明で、術式を一時的に書き換えることで、同じように見えて全く効果の違う魔法を展開することができるという事が分かったと思います。ただ、無理な術式変更は事故を招く恐れもあるから、あまりオススメはしません。まずはしっかり基礎を覚えて、簡単な初級魔法から練習しましょう」
マナ姉がそう言い終わったタイミングで鐘が鳴った。この学園では授業終了を時計塔にある鐘で知らせるので、オーデムに住んでいると馴染み深い音になる。
そして、資料を持ってマナ姉が教室から出た後、早速教室内はざわざわと盛り上がり始めた。
「やっぱりマナ先生って可愛いよなぁ。俺、マナ先生の声聞いてるだけで生きていけるよ」
「大変なことがあった後なのに、一生懸命頑張ってる姿を見てると励まされるな。俺は一生マナ先生押しでいるわ」
「あぁ、1日だけでいいから付き合いてぇ·········」
ディーネさんとベルゼブブさんが来ても、やはりマナ姉の人気は凄まじい。マナ姉が魔力の乱れで休んだ時は、全員口を揃えて生きる希望を失ったとか言い始めるし、誰からも愛されるというのは一種の才能だと思う。
「ところでユウ、お前ってマナ先生のこと好きなの?」
「はあ?なんだよ急に」
「ロイド········いや、変態ロリコン野郎事件の時、ボロボロになりながらマナ姉を守る!とか言ってたじゃん?あれってやっぱり好きだからじゃないの?」
「別に、そういうのじゃない。血は繋がってないけど俺とマナ姉は家族だ、姉弟だ。それ以上でも以下でもないよ」
俺がそう言うと、周囲に居る友人達は皆呆れたような視線を向けてきた。何事かと思ったが、すぐに『まだ俺達にもチャンスはある!』などと言い始めたので問題ないだろう。全然意味は分からないが。
しかし、少しだけ想像してみよう。今ここに居る友人達のうち、誰かがマナ姉と付き合うことになったとする。今の俺はそれを見て、良かったねと素直に祝福できるだろうか。
まあ無理だ、恐らく相当イライラする筈である。あの件以来、マナ姉が他の男子生徒と話しているのを見るだけで心配になるし、思わず引き離したくなってしまう。
俺にとってマナ姉は、とても頼りになるけど思わず守ってあげたくなるような、そんなお姉ちゃんで·········ただそれだけの筈だったのに。ああもう、どうした俺。俺は前と変わらない関係に戻ることを望んだのに、一体マナ姉とどうなりたいんだ?
「ほら、さっさと席につきなさい。鐘が鳴り終わるまでに座らなかったら音速世界一周を体験させてあげるわ」
1人で悶々としていると、そんな恐ろしいことを言いながらベルゼブブさんが教室の中に入ってきた。当然クラスメイト達はマナ姉の時とはまるで違う、思わず笑ってしまうようなスピードで全員着席する。
「さ、授業を始めるわよ。今日は········そうね、スカーレットノヴァをどうすれば五発連続で撃てるのかを教えようかしら」
「「「だから無理ですって!!」」」
今すぐディーネさんと交代してください。
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「あ、ユウ君·········」
「おう、マナ姉も帰るのか?」
放課後、クレハを待っているとマナ姉が校舎の中から出てきた。どうやら後遺症のことで教師達からもかなり心配されているらしく、優しい人達が残った書類整理や書類作成などを代わりにやってくれるらしい。
最初は何度も遠慮して断っていたらしいが、教師達は折れる気配がなかったのでお願いすることになったという。何ともまあ、良い人達だな。
「ユウ君ったら、ベルゼブブさんの授業中に居眠りしたんでしょう?」
「気付いたら寝ててな。〝起きないと地中深くに埋めて上から一生スカーレットノヴァを撃ち続ける〟とか耳元で囁かれたら飛び起きるに決まってる」
「もう、ちゃんと起きて話を聞かないと。折角魔界から来てくれてるんだから」
何気ない会話。以前までの俺なら当たり前すぎて何とも思っていなかっただろう。しかし今は、こうしてマナ姉が尻尾を振りながら話しかけてくれることがたまらなく嬉しい。
「ディーネさんの授業は起きてるの?」
「フッ、当たり前だ」
「やれやれ·········」
「あの人の授業は本当に分かりやすいし、何より········色々と素晴らしいからな」
「·········変態」
「男なら誰でもそう言うさ」
そう言ってマナ姉を見てみる。白のミディアムヘアは汚れを知らない純白の雪のようで、個人的には小柄で童顔······しかし胸はそこそこ育っているというのがとても良い。声も非常に可愛らしくはっきりと聞こえ、時折ピョコピョコ動く獣耳やフリフリ振られている尻尾が、マナ姉の可愛らしさを更に底上げしている。
なんだこの美少女はと思ってしまう程に完成された姉。ディーネさんやベルゼブブさんとはまた違った、守ってあげたい、傍で支えてあげたいと思ってしまうのがマナ姉という女の子だ。
まあつまり、最近はマナ姉を見ていると何かしら欲が湧く。寝起きに布団に潜り込んでいないと残念だと思うし、事故で触ってしまったりしていた胸も、割と自らの意思でタッチしてみたい。
頭を撫でているとほっこりするし、2人だけで遠くに遊びに行ったりもしてみたい。やばいな、どうしたんだユウ・シルヴァ。あれじゃないか、完全にマナ姉を1人の女性として意識しちゃってるじゃないか。
「ああ〜、もう。こんな筈じゃなかったのになぁ·········」
「え?ど、どうしたの?」
心配そうに見つめてくるマナ姉。そんな彼女をこちらも見つめながら、どうしたものかと思っていた時、突然肩を誰かに叩かれたので振り返る。
「やっほー、二人共」
「むぐ··········」
背後に立っていたのはディーネさんで、振り返ったのと同時に彼女の人差し指が俺の頬にめり込む。
「あはは、結構柔らかいね」
「や、やめてくださいよ··········」
「ごめんごめん、つい」
楽しそうに笑っているディーネさんを見ると、やはりなんと言えばいいのか分からない気持ちにはなる。だけど、マナ姉を見た時とは何かが違う。
「ユウ君は、自分の気持ちに気付けたかな?」
「え··········」
「本当に大切な人は誰かってこと。傍に居ることが当たり前すぎて分からなかったんだよね。ふふ、もう大丈夫そうかな」
「ディーネさん、俺·········」
不意に、マナ姉が服の裾を掴んできた。隣を見れば、何とも言えないような表情でマナ姉はディーネさんを見ている。しかし、少しだけディーネさんを威嚇しているようにも見えた。
「大丈夫だよ、マナちゃん。私は2人を応援しているからね」
そう言ってからニコリと笑い、ディーネさんは消えた。魔力を追って振り返れば、向こうに見える女子寮の前に着地したディーネさんの姿が確認できる。今の一瞬で、これだけの距離を跳躍して移動したのか。
「あ、あのっ、ユウ君」
「ん?」
「あのね、ユウ君はやっぱりディーネさんのことが好き········なの?」
不安そうに言ったマナ姉の頭に手を置き、サラサラの髪を軽く撫でてから俺は彼女に背中を向ける。
「いや、どうやらそういう訳じゃなかったらしい。ディーネさんは、憧れのお姉さんってだけだな」
「そう、なんだ」
背中越しに聞こえたマナ姉の声は、先程までとは違ってどこか嬉しそうだった。
(やれやれ、本当に大切な人·········か)
それはきっと、俺にとってはマナ姉だ。もう今更誤魔化したりするのは面倒だな。
「ユウ君、どうしたの?」
「ん、何でも」
きっと俺は、ずっとマナ姉のことが好きだったのだろう。