第19話 怒る時は怒ります
「ど、どういうことだ・・・!?」
「タローくんあんなに強かったの!?」
アレクシスとラスティが、向こうで行われている激しい戦い・・・いや、一方的な蹂躙を見ながら目を見開く。
無理もない。
先程マナを私に預けた時のタローから感じた尋常ならざる殺気。大切な娘同然のマナを傷付けられたことで彼の怒りが頂点に達したのだろう。
「二人共、よく見ておけ・・・」
加勢などできない。できるはずがない。
近くに居ても邪魔になるだけ。巻き込まれれば即死。
その程の戦闘が視線の先で行われている。
「あれが、世界最強の男の戦いだ」
彼が本気を出して戦うのを私も見たことがない。私や四天王と戦った時も全く本気を出していなかったし、魔王ベルゼブブと戦った時も恐らく手加減していたはず。
これが彼の本気なのかは分からないが、私達にとって未知の領域だった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
『ば、馬鹿な!何故我の方が追い詰められているのだ!?』
「お前の方が弱いからだろ」
有り得ない、有り得るはずがない。
我は魔犬ケルベロス。あらゆるものを焼き尽くす業火を操りし魔界の神獣である。
そんな我の放つ攻撃は、目の前にいる男に一撃たりとも命中することがない。爪を振り下ろしても、逆に目で追うことができない程の速度で爪を粉砕され、ブレスを吐き出す為に息を吸い込んだ直後には頭を消し飛ばされる。
我々神獣は、魔力を負傷箇所に集中させることで驚異的な再生能力を得る。
しかし、いくら頭部を再生させてもすぐに消されてしまうのだから、こちらとしては最悪だ。無駄に魔力だけが減っていくのだから。
『あの神狼は我に劣るから簡単に敗北したのだ!弱者が強者に敗北したのを見て、何故貴様は怒りを露わにしている!!』
「決まってるだろ?可愛い娘を傷付けられて怒らない父親なんていないんだよ」
吹き飛ばすつもりで爪を振るったが、触れれば簡単にへし折れそうな腕一本で受け止められる。
・・・いや。
「どうした?強者のお前の一撃は、俺の人差し指一本に受け止められてしまうレベルなのかよ」
『貴様ァァァァッ!!』
この男、本当に人間なのか!?
人の姿をとった神獣ではないのか!?
いや、仮にもし神獣だとしても、人間の姿で我の一撃を防ぐことができる者など絶対に存在しない─────それならば。
「貴様は一体何者なんだッ!?」
「いいから黙って死ねよお前。さっきから何回再生してんだ」
『ごぶあ────』
左右の頭が消し飛ばされたので、即座に魔力を集めて再生させる。駄目だ、このままでは埒が明かない。
『ぐっ、に、人間よ。一旦戦闘を中断して話し合わないか?』
「黙れ」
『っ〜〜〜、我の領域に踏み込んで来たのは貴様らの方だろう!?何故我が悪として扱われているのだ!!』
「お前を楽しませるのが俺の役目なんだろ?だからこうしてお前を楽しませて───いや、よく考えたらなんでお前を楽しませなきゃならないんだ?」
少し離れた場所に着地した黒髪の人間が、何も考えていないかのような表情でじっと見てくる。
奴から感じる死を覚悟してしまうほどの殺意が、数え切れないほどの強者を引き裂いてきた我の身体が震えるほどの悪寒が全身を駆け巡る。
「やっちまったなぁ。そうだよ、俺は馬鹿か。マナがみんなの為に頑張って怪我してんのに、なんで俺はこいつを楽しませてんだ」
『た、楽しんでなど───』
「楽しませちゃ駄目だった。はっはっは、悪いなケルベロス」
視線の先にいる小さな存在が恐ろしくて仕方ない。
楽しそうに笑っているように見えるだけで、あの男は全く笑ってなどいない。
『ふ─────』
全身に凄まじい衝撃が走る。
殴られた。ほんの一瞬の間に数十発も。
咄嗟に身体を再生させようとしたが、残った頭を鷲掴みにされた。ああ、今目の前にいるのは人間などではなかったのか。
『悪魔め』
「そりゃどーも」
抵抗する気が失せる。
その次の瞬間、視界が真っ赤に染まり、我は意識を手放した。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「終わったぞーい」
ケルベロスの頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。それで完全に力尽きたらしく、ケルベロスはピクリとも動かなくなった。
もう相手にする必要がないので俺は振り返り、向こうにいるテミス達に手を振りながら歩を進める。
「ご主人さま!」
「え、あ、マナ・・・」
すると、テミスに抱かれていたマナがこちらに向かって走ってきた。よく見たらまだ所々負傷してるものの、ある程度の傷は治ってるみたいだ。
ケルベロスと同じで負傷箇所を再生させれるのかもしれない。
「おっと。はは、どうしたんだ?」
マナが抱きついてくる。俺はマナの目線に合わせる為、サラサラな白髪を撫でながら屈んだ。
「ご主人さま。えっとね、おこらないで」
「え?」
「もうケガしてないよ。だからもうおこらないで・・・。マナね、やさしいご主人さまがだいすきだから・・・」
「マナ・・・」
困ったようにそう言うマナを、俺は泣きそうになったのを堪えながら抱きしめた。
「ああ、もう怒ってない。だから安心してほしい。今の俺は、いつものご主人さまだよ」
「えへへ、そっかぁ」
「可愛いマナのこと、俺も大好きだぞっ!」
そう言ってやると、マナは心底嬉しそうに笑顔を浮かべた。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「本当に驚いたぞ、タロー。まさかあの獣人が神狼マーナガルムで、主であるお前は俺達よりも遥かに強い戦闘力の持ち主だったとは」
「それさっきも聞いたぞ。なんかごめんな、その事を隠してて」
「珍しいタイプだ。それほどの力を持っているのなら、普通それを人々に知ってもらおうとするのではないか?」
「アレクシスはそうだった?」
「俺は周りが勝手に騒ぎ立てたんだ。別に有名になろうなどとは微塵も思っていなかったさ」
「はは、ほんとかなー?」
なんて言い合っている俺とアレクシスは、現在丁度いい湯加減の露天風呂に浸かっている最中だ。
ケルベロスを倒した俺達は、ラースから帰る途中にあった温泉街に立ち寄り、こうしてのんびり身体を休めている。
空を見上げれば満天の星空がどこまでも広がっており、俺が住んでいた日本の町では決して見ることができなかった光景にただただ圧倒され、感動して身体が震える。
なーんて言ってみたけど、この世界に来てからこの星空は毎晩見てるんですけどねー!
「んで、俺のステータスのことは・・・」
「当然黙っておくさ。お前が知られるのを望んでいないのなら、わざわざ言いふらす必要がない」
「うおお、ほんとに感謝します」
「なら、今度飯でも奢ってくれ」
「ラスティと一緒にデートかな?」
「何を馬鹿なことを」
まだ出会って1日だけど、こうして遠慮なく会話できるっていいよね。アレクシスもラスティも、面白いし良い奴だ。
「そういやアレクシスってラスティのことどう思ってるんだ?」
「特になんとも思っていないが」
「えぇ?可愛くて元気な女の子だし、一緒に居たらちょっとは意識しちゃうんじゃないの?」
「確かに可愛いとは思うが、異性として意識したことは一度もないな」
「可愛いとは思ってるんですね」
ラスティはアレクシスのことをどう思ってるのかな。あとで一回聞いてみよっと。
「そういうお前はテミスのことをどう思ってるんだ?」
「ん?まあ、まずあのサラサラな銀髪が綺麗だよな。顔も完璧って言っていいぐらい整ってる。それからモデル並みにスタイル抜群だし、胸もそれなりに。あと、めちゃくちゃいい香りがする。香水とかじゃなくて、女の子特有・・・いや、テミス特有の香りが。つまり、テミスは超可愛い」
「惚れてるのか?」
「どうだろうなぁ・・・いや」
毎日テミスを見てきた。
優しい彼女を、料理上手な彼女を、たまに幼く見える彼女を。
そんな彼女が自分以外の男と歩いているのを想像したら、過去最高クラスにイラッとする。
まあ、つまりはそういうことだ。
「好きなんだろうな、テミスのことが。恋とかしたことないからよく分からないんだけど、多分そう」
「ふむ、ならば頑張るといい。一応応援はしてやろう」
「全力で応援してほしいんだけどなぁ」
と、俺がテミスへの恋心をこんな形で自覚した直後。
『うっひゃあ。やっぱりテミっちゃんのはおっきいね〜!』
『こ、こら。あまりジロジロ見るんじゃない』
「「ッ・・・!!」」
この露天風呂、男湯と女湯の間に高い壁があるのだが、その向こう側から美少女達の声が聞こえてきた。
『マナ、ぺったんこだよ?』
『大丈夫よマナちん。あたしも全然おっきくないからねぇ。きっといつかはあたしらもテミっちゃんを超えれるはず・・・』
『別に大きくても得なんて───ひゃあっ!?』
『な、なんだこの感触はぁ!?寄越せぇ!ちょっとでいいからあたしに寄越せぇ!』
『や、やめろラスティ!う、んんっ!』
・・・無言でアレクシスと見つめ合う。
ここで立たなきゃ男じゃないよな。
「やるか、相棒」
「フッ、今回だけだぞ」
同時に立ち上がって壁に近付く。
「やっぱり俺達は聞くだけじゃ満足できないってことか」
「それが男というものなのだろう」
「俺達ならこの壁を越えられるはずだ!」
「よし、気付かれぬよう端の方から攻めるとしよう!」
「あーっ!なんのおはなししてるの?マナもまぜてー!」
「へ────」
あまりにも突然の出来事であった。
急に壁の上から飛び降りてきたマナを慌ててキャッチした瞬間、足元に置いてあった石鹸を踏んで俺は思いっきり滑った。
そして後ろの壁を、鋼よりも硬い俺の後頭部が粉々に粉砕。さらに『大丈夫か!』などと言ってアレクシスが俺に手を伸ばしてくる。多分俺を助けようとしてくれたんだろうけど、残念なことにその手が俺を掴むことはなく、逆に体勢を崩した状態で突き飛ばされてしまった。
下は濡れているのでよく滑る。
マナが飛んでいかないように抱っこしながら、後ろ向きにシャーっと滑って行く俺。最終的に、俺はマナと一緒にお湯の中に転落した。
「あははっ!たのしかったー!ご主人さま、今のもういっかいやろーっ!」
「んー、そうだなぁ・・・あ」
上体を起こせば、胸を隠しながら真っ赤な顔で震えているテミスと目が合った。その隣では、一応胸を隠しながらも口元を押さえ、ラスティが別の意味で震えている。
「あ、ぅ・・・」
「ごめんよテミス。不幸に不幸が重なった結果がこれなんだよ」
「た、タローの馬鹿ッ!!」
「ですよねー・・・」
魔力を纏った半泣きテミスのビンタを食らった俺は、とても残念なことに向こうの床に頭から突き刺さった。
アレクシス
「で、どうだった?」
太郎
「素晴らしい世界だった」