番外編 シルヴァ家の日常
「··········」
何故こうなったのかと、目を覚ましたばかりのユウは天井を見つめながらぼんやりと思っていた。
「おはようございます、兄さん」
右を見れば、幸せそうな笑みを浮かべている妹のクレハが。
「お、おはよう、ユウ君········」
左を見れば、恥ずかしそうに頬を赤く染めている姉のマナが。
「おはようユウ。朝っぱらから俺の可愛い天使達を両隣に置いて何してやがるんだお前ぇ········!」
そして、扉の前には般若のような表情になっている父のタローが仁王立ちしている。
「ええい、羨ましい!!俺も交ぜろやああああッ!!!」
「ちょっ、何助走つけて────ぎゃあああッ!!?」
「こら!朝からうるさいぞ!」
こうしてシルヴァ家の休日が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ユウ、久々に稽古をしようか」
「お、よろしく頼むよ」
「くっそ、ギルドから呼び出された!珍しく〝たまにはゆっくり休んでください〟なんて皆が言うから遠慮なく我が家で寛ごうと思ってたのに!」
昼前、ユウとテミスは学園の魔闘場に向かい、タローはギルドに呼び出されたので泣く泣く家を出ていった。そんな彼らを見送った後、クレハはマナを連れてユウの部屋に向かう。
「さあ姉さん、始めましょうか」
「ほ、ほんとにやるの?」
「当然ですよ!学園ではエリナさんやリースさんなど、沢山の女性が兄さんを虎視眈々と狙っています。なので、姉さんからも積極的に攻めるべきなのです!」
「うぅ、恥ずかしいよ········」
「恥を捨てなくては勝てません!さあ、〝第1回兄さん会議〟を始めましょう!」
(会議名がなぁ·········)
クレハが取り出したノートをパラパラとめくり、そして真剣な表情でマナを見る。
「まず、最近の姉さんは昔と違って恥ずかしがりすぎですね。手が当たっただけでも固まってしまって·········」
「だ、だって、直接肌が触れ合うと、緊張しちゃうし········」
「手なんて序の口なんですよ?いずれキスすることになった時、一体どうするつもりですか」
「ち、ちゅーするの!?無理だよ!?」
(ちゅーって········あぁ、可愛いですね)
その光景を想像したのか顔を真っ赤にしながらあたふたしている姉は、本当に可愛らしかった。
「それに、ちゃんと目を合わせて話をしていないでしょう?合わせたとしても、そのまま固まってしまっていますし」
「うぅ、だってぇ········」
「確かに兄さんと見つめ合うと、あまりにも格好良いので倒れてしまいそうになる気持ちはとても分かります」
「え、そこまでじゃないよ········?」
「ですが、兄さんを不安にさせているかもしれません。どうして目を合わせてくれないんだろう、嫌われているのかな········と」
「それは、そうかもだけど·········」
以前なら、甘えん坊なマナはしょっちゅうユウに体を密着させていたが、今考えるとあの頃の自分はどうしてあのような事が出来ていたのか分からない。
好意を自覚してからは、少し手が当たっただけで顔が熱くなり、自分から抱き着いたりするなど考えられない。勿論今朝にベッドの中に潜り込んだのは、クレハに無理矢理連れられてのことだ。
「そんな調子では、私が兄さんを奪ってしまうかもしれませんよ?」
「えっ!?」
「ふふ、私は兄さんを心から尊敬し、愛しているので」
「そ、そんな、私の方が········好き、だもん」
「なら、兄さんについて説明してみてください。私の方が、絶対に兄さんのことをよく知っていますので」
「の、臨むところだよ。ええと········」
時折モジモジしながら、マナは知っている限りの情報をクレハに伝える。一生懸命思い出しながら身振り手振りで弟の紹介をする姉を見て、クレハの心は物凄く満たされていた。やはり、可愛いとは正義である。
「次はクレハちゃんの番だよ!」
「分かりました·········」
割と勝った気でいるマナの前で、クレハは胸に手を当て、兄の姿を思い浮かべながら幸せそうに語り出した。
「ユウ・シルヴァ16歳、誕生日は二ノ月十七日目、身長174cm体重67kg、レベルが73で魔闘力は4260、適性属性は無、使用武具は刀、好きな料理はオムライスで嫌いな料理は辛い系、趣味は読書、特技は片手逆立ち、好みのタイプは優しい巨乳のお姉さん、好みの髪型はミディアムヘア、理想はディーネさんですね。好きな色は銀、好きな季節は秋で嫌いな季節は夏、好きな時間は午後8時、好きな人物は有名な小説家のエドガー・ランボール。好きな本はその人が書いた〝暁の谷〟ですね。お気に入りの魔法は幻襲銀閃、使用してみたい魔法は刺し穿つ銀の剣山、最も使用頻度が高い魔法は加速、利き腕は右、視力は左右共に1.0、過去の魔闘戦闘記録は23戦15勝8敗で最高5連勝、好きな番組は大陸歴史調査、書籍所持数は計216冊、そのうちソルさんから譲り受けたエッチな本は8冊、隠し場所は本棚の裏、山か海かで言えば山派、足のサイズは26.0、魔導フォンのタイプはK-02型、得意科目は魔法術式、苦手科目は雷属性、適性属性の次に得意なのは風属性魔法、行ってみたい場所は西ガーネット地方、将来の夢は剣聖になること、その理由は········ふふ、姉さんが一番よく分かっている筈です。それから─────」
「ごめんなさい、私の負けです!」
「ええ?まだまだ沢山あるのに·········」
「というか、え、えっちな本の隠し場所まで把握してるなんて!どうやって知ったの!?」
「うふふ、秘密です」
唇に指を当ててそう言うクレハを見て、マナは負けを認めるしかなかった。しかし、今は勝敗よりも、ユウがそういう本を持っていたという事が気になって仕方ない。
(で、でも、ユウ君だって男の子だし、普通なのかな?それに、えっちな本って言っても、女優の写真集とかだろうし········)
「すみません、少しお手洗いに········」
「あ、うん」
クレハが席を立ち、部屋の中にはマナ1人に。途端にこの部屋がユウが寝ている場所だと意識してしまい、顔が赤くなる。
(ど、どうしよう、落ち着かないよぅ)
ソワソワしながら周囲を見渡し、そしてとあるものに視線が釘付けになる。マナが顔を赤くしながら見つめているのは、先程の話の中にも出てきた例の本棚だ。
(ま、まあ、きっとクレハちゃんは冗談を言っただけだよね)
そう思いながら、本棚の裏にある隙間を覗き込む。何冊かの本が出てきた。
(お、置いた時に落ちちゃったんだね。もう、ユウ君ったら)
本棚に戻す前に、出来心でマナは本をパラパラとめくった。その約数十秒後、シルヴァ家の中で悲鳴が響き渡り────
「姉さん、何かあったのですか!?」
「どうしたマナ姉!」
悲鳴を聞いて部屋に飛び込んだクレハと、忘れ物を取りに戻ってきたユウが見たのは、顔を真っ赤にしながら隠されていた伝説の本を見て硬直している姉だった。
「ぎゃああああああああッ!!?」
そして、隠し場所がバレたユウの叫び声も響き渡るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「だぁーーーっはっはっはっ!!だっせえなお前、本棚の裏なんかに隠してたのかよ!?」
「ぐっ、なんでバレたんだ········!?」
その日の晩、リビングで話を聞いたタローは机を叩きながら爆笑していた。そんな父の前では、有り得ないとでも言いたげなユウがわなわな震えている。
「そ、そういう親父はどこに置いてるんだ!」
「フッ、甘いな息子よ。俺には世界一可愛いテミスという嫁がいるんだぜ?つまり、エロ本など必要ないッ!!」
「くそぉ!」
「やれやれ」
「馬鹿だなぁ」
そんな2人を呆れたように眺めていたテミスとマナだったが、突然立ち上がったユウに肩を掴まれ、マナは再び顔を真っ赤にしながら固まってしまう。ちなみにだが、ユウ以外は全員マナの好きな人を知っている。
「馬鹿はマナ姉だろ!?何勝手に部屋の中入ってエロ本物色してるんだよ!」
「ちちっ、違うよ!クレハちゃんが本棚の裏にあるって言うから気になって········!」
「あら、言った覚えはありませんね」
「えっ!?嘘でしょクレハちゃん!?」
突然の裏切りにマナは激しく動揺したが、ユウはがっくりと肩を落としてマナから離れた。ここまで来ると、もうバレたことなどどうでもいい。今後は堂々と読んでやればいいのだ。
「はぁ、喉乾いた」
疲れ果てたユウは、テーブルの上に置いてあった水筒に口を当て、中に入っていた冷たい水を一気飲みする。しかしそれは、マナが先程口をつけた水筒で────
「あ········」
「ん?何だよマナ姉」
「か、かか、間接キスに········」
「間接キスとか今更だろ。家族なんだし、気にしてたらキリがないって」
「うちの馬鹿息子は乙女心が分かってないねぇ」
「ああ、マナが可愛そうだな」
「なんか敵が多い!?」
「クレハは兄さんの味方ですよ!」
シルヴァ家は今日も平和であった。