43.神殺しの英雄
タロー・シルヴァ。
18歳の頃にテミス・シルヴァと出会い、共に過ごすうちに両想いとなって22歳で結婚。それまでに作り上げた伝説は数多く、神狼を手懐け、魔王と和解、魔闘祭初出場で優勝、大魔王を返り討ちにし、そして魔神や悪神を滅ぼした最強の人間。
そんな人外とも言える男が放つ魔力は遮断フィールドを貫通し、オーデムという街全体を震わせる。
「マナ、来るのが遅くなってごめんな」
「お父さん········ううん、来てくれてありがとう────」
マナはタローの姿を見て力が抜けたらしく、そのまま気を失ってしまった。そんな最愛の娘の弱った姿を見て怒りが限界を通り越しながらも、タローは息子であるユウに目を向ける。
「ユウ、男らしいとこ見せてたじゃないか」
「やれやれ。全部持っていかれた感は凄いけど、正直助かったよ。マナ姉の前だから格好つけてたものの、もう限界だ」
「あとは俺に任せとけ。それとな、ユウ。さっきのマナを守る為に立ち上がったお前、間違いなく英雄の姿だったぜ」
そう言ってタローがロイドに向き直る。先程まで息子達に見せていたものとはまるで違う、悪魔そのものと言っても過言ではないその表情は、あっさりとロイドを恐怖のどん底に叩き落とした。
『ば、馬鹿な、何故貴方のような化物が此処に!?我々の魔力を感知することは不可能な筈です!』
「あ?嫌な予感がしたから来ただけだっつーの」
『はい!?』
「家に帰ったのはいいけど、何かが起こっている気がした。だからこの学園に戻ってきた。それだけだ」
どうやらユウの嫌な予感センサーは父親から受け継がれたものらしい。
「それで、どうやって死にたい?今ならまだリクエストにお応えしてあげるが」
『ク、クク、巫山戯るなよ!そうだ、死ぬのは貴方だ!!』
ユウとマナを苦しめた、魔力乱しの衝撃波が放たれる。その直後、咄嗟に身構えたユウの前に、銀の長髪を揺らす美女が現れた。
「か、母さん!?」
「【銀障壁】」
現れたのは、剣聖テミス・シルヴァ。彼女は剣を床に突き刺し魔力で形成された障壁を展開、迫る衝撃波からユウを守った。
恐るべきことに、乱れたのはその障壁のみ。生身で衝撃波を浴びた筈のタローは、表情一つ変えずにロイドを睨んでいる。
『は、え········?』
「へぇ、魔力がちょっとだけ乱れたな。それで、今のがお前の必殺技か?」
『あ、有り得ない!あのマナ先生でさえ悲鳴を上げた拷問用の魔力波だぞ!?』
「マナが、悲鳴を上げた?お前、今のをマナに使ったのか」
タローが、拳を握りしめる。
「楽に死ねると思うなよ」
『ひっ────』
次の瞬間、タローの姿が消えるのと同時にロイドの腹部が陥没した。瞬間移動級の速度で移動したタローに殴られたのだ。
たった一撃、それも物凄く手加減された一撃。それだけでユウの刀を粉砕した鱗や太い骨は砕け散り、ロイドは口から大量の血を滝のように吐き出す。
「っ、何があった!?」
圧倒的な力の差を早くもロイドが味わっている頃、タローの魔力を感じたソンノが地下に転移してきた。そんな彼女はボロボロのシルヴァ姉弟を見て驚きながらも、障壁を展開しているテミスに声をかける。
「ソンノさん、いいところに。話は後です。ユウとマナが重症なので、治療をお願いします」
「あ、ああ、分かった」
「待ってくれ!」
ソンノが転移魔法陣を展開した直後、ユウはテミスの服を掴んだ。
「マナ姉はすぐに治療してやってほしい。だけど、俺はここに残してくれ」
「っ、何を言っているんだ」
「親父の········世界を救った英雄の戦いをこの目で見たいんだ。だから、頼む!」
いつ意識を失ってもおかしくはないというのに、ユウは必死に頭を下げていた。そんな息子の様子を見て諦めたのか、障壁を展開しながらテミスはユウの体に触れ、回復魔法を唱える。
「回復魔法は得意ではないけど、少しはマシになる筈だ。ソンノさん、マナを頼みます」
「ったく、テミスも息子には甘々だなぁ」
ソンノが転移魔法を発動し、マナと共に消える。それを見届けたテミスは再びタローに目を向けた。彼女が放つ魔力も凄まじいもので、父と同じく激怒しているのが嫌でも分かる。
そんなテミスの視線の先、ロイドの巨体は驚くべきことに宙を舞っていた。顎にめり込んだ膝蹴りが巨体を浮かせ、尻尾を片手で掴んでブンブン振り回す。
さらに投げ飛ばしたロイドを追って駆け出し、壁に衝突した直後に拳がロイドの顔面を粉砕する。最早ロイドに勝ち目など微塵も存在していなかった。
『ああああっ!?何故だ!?どうしてこうなった!?本当なら、今頃私はマナ先生を手に入れることが出来ていたというのに!!』
痛みに悶えながら、ロイドが咆哮する。
『全部ユウ君のせいだ!!彼が居たから計画が狂った!!くそっ、くそくそくそくそッ!!』
「おい、誰が喋っていいと言った?うるさいから黙ってろ」
開かれた大口の中に入れた手のひらから魔力を放ち、ロイドの体内で魔力を爆発させる。
『っ〜〜〜〜〜〜!!?』
「謝罪も後悔も反省も必要ない。お前には、俺の可愛い息子と娘が味わった以上の地獄を見せてやるよ」
『お、の、れえええええええッ!!!』
血を流しながらロイドは極太のブレスを吐き出した。それは目の前に立つタローを飲み込み、天井を突き破って別館の一部を崩壊させる。
「────で?」
『あ、うぅ··········』
しかし、タローは無傷。衝撃波がテミスの障壁を突き破ることもなく。あまりの力量差に、ロイドは乾いた声を漏らすしかない。
「まず一番許せないのが、マナに手を出したことだ。近付くだけでも重罪だというのに、綺麗な肌に傷を付けたな?」
蹴られた右腕が変な方向に曲がる。
「あまりの可愛さに惚れてしまう気持ちは分かる。だけど、ここまでやったらもう駄目だ。まじで終わってるよ、お前」
掴まれた左腕の骨が粉々に砕け散る。
「そして、ユウを徹底的に痛めつけた。あいつが二度と剣を持てなくなったらどうするつもりだ?」
ぐらついた巨体を蹴り上げ、さらに胸部を殴って吹っ飛ばす。
「おい、聞いてるのか?なんか言えよ」
『黙ってろと言ったのは貴方でしたよね!?巫山戯るな、この屑人間めが!!』
「お前だろ?」
『がッ────』
脳天に肘がめり込み、ロイドは顔面から床に衝突した。しかし、すぐに顔を上げて魔力を口内に集中させる。
『ああああッ!!悪夢だアアアアッ!!』
放たれたブレスはタローではなく、離れた場所に立つテミスを狙ったものだった。そんなブレスを見ながらも、テミスはその場から動こうとはせず。
『─────っ!?』
一閃。
凄まじい速度で刀を振ったテミスは迫るブレスを一瞬で消し飛ばし、さらに放たれた斬撃は空気を裂いてロイドの胴体に深い傷を入れた。
『な、んだ、これは·········』
「要するに、お前はもう終わりってことだ」
『私の、計画が、崩れていく·········何故だ·········魔力遮断フィールドさえあれば、誰にも気付かれることなく計画を実行できた筈なのに·········』
尻尾を掴まれ、ロイドの巨体がビクリと揺れる。
「さあ、そろそろ終わりにしようか」
『ひっ!?』
魔力を纏い、タローが腕に力を込める。そして投げ飛ばされたロイドはとてつもない速度で別館の外へと吹き飛び、自分を上回る速度で飛び出してきたタローを見て心底怯えた。
『くっそおおおおおおおおお!!!マナ先生、私は貴女のことを──────』
「じゃあな」
決着は呆気なく。拳から放たれた膨大な魔力は叫ぶロイドを飲み込み、そして夜空へと消えていった。