39.お別れを君に
『ユウ君、おはよう!』
目を開ければ、満面の笑みを浮かべながらマナ姉がそう言う。周囲を見渡せば、ここが教室の中だというのが分かった。どうやらまた居眠りしてしまっていたらしい。しかし、珍しくマナ姉は怒ってこなかった。
『皆しっかり起きてるんだから、ユウ君も頑張らないとね』
········怒らないのか?
『いつも頑張っているから、たまにはいいかなって。でも、次は注意するよ?』
おかしいな、どうして他の生徒達が居ないんだ?寝ている間に放課後になったとでもいうのだろうか·········。
『あのね、ユウ君。ちょっとだけ、伝えておきたい事があるの』
マナ姉が、優しい笑みを浮かべながらそんな事を言う。
『昔はいつも〝マナ姉〜!〟って言いながら、私を必死に追いかけていたね。ふふ、懐かしいなぁ』
うぐっ、恥ずかしいからやめてくれ。
『そんなユウ君も、今では私よりもずっと大きくなって、大人になって。やっぱりそれは、少しだけ寂しいかも』
身長だけだ。それ以外は全然だよ。
『いつかユウ君は、素敵な女性と結婚するね。そんな未来を見れないのは、やっぱり嫌だなぁ········』
は?何を言ってるんだ、まだまだ俺達は若い。そんな未来、待っていればすぐに訪れるじゃないか。
『ううん、私はここまでだよ。本当は、もっとユウ君と一緒に過ごしていたかったけど、もうお別れしなきゃ』
い、いや、意味が分からないから。そういう謎の冗談を言うのはやめてくれよ。
『お父さんとお母さんに、あまり迷惑はかけちゃ駄目だよ?ちゃんとご飯を食べて、真面目に授業を受けて········いつかきっと、剣聖になってね』
突然景色が切り替わる。真っ暗な空間に、俺とマナ姉は立っていた。そして、マナ姉は寂しそうに笑ってから、俺に背を向けて歩き始める。
「お、おい、マナ姉!」
追いかけても、追いつけない。それどころか、どんどん距離が離れていく。
「待ってくれよ、マナ姉!」
再び景色が切り替わる。何処かの公園で、1人の少女が泣いている。少女の周囲には数人の男の子が立っていて、何かを少女に言っているようだ。
「この光景、どこかで········」
思い出せない。だけど、俺はこの光景を知っている。泣いている少女は獣人で、長い白髪はボサボサになっていて········そして、その少年は現れた。
『お前ら、マナ姉から離れろ!』
鬼の形相で走ってきた黒髪の少年が、数人の男の子達に殴り掛かる。しかし、力が足りないのか逆にボコボコにされていた。それでも、少年は立ち上がる。立ち上がって、涙を流す少女の前で拳を構えた。
───お前はどうして剣聖を目指して剣の腕を磨いてきた?
親父が昨日言っていた、その一言。どうして俺が、母さんを目指すのか········それは─────
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「ッ────!!」
「ひゃあっ!?」
不意に意識が覚醒し、飛び起きる。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしく、俺の顔を覗き込んでいたリースは顔を赤くしながら飛び退いた。
「も、もう、びっくりするやろ!」
「··········」
「ふふ、兄さんったら。もう後夜祭は始まっていますよ?」
「そういやマナさんはどこだよ。お前、マナさんを誘いに行ったんじゃなかったのか?」
「······は」
「へ?」
「マナ姉は········マナ姉はどこだ!?」
驚くリースの肩を掴み、情報を聞き出す。
「し、知らんけど·········」
「くそッ!マルセルの予感が的中したとでもいうのか!?マナ姉の魔力を感じない········何があった?ロイドと後夜祭で踊るんだろ?なのに何で、魔力を感じることができないんだ?まさか、感情喰らいの魔力遮断フィールドか?」
「あの、ユウ········?」
「あいつがマナ姉に接触した理由は何だ?毎回毎回狙ったかのようなタイミングで現れて········教えろリース!今、マナ姉は何処に居るんだ!?」
「だ、だから知らんって!ユウがダンスに誘いに行ってから、ウチは1回もマナ先生を見かけてないもん!」
その一言に、血の気が引いていくのが感じられた。ロイドはマナ姉と踊ると言ったんだ。なのに何故、この魔闘場に2人共姿を見せていないんだ?
嫌な予感がした時、必ず何かが起こってきた。今回夢で見た、マナ姉のどこか寂しげな笑顔。どうしてこんなタイミングであんな夢を見た?駄目だ、動け。考えるよりも先に、マナ姉を見つけないと·········!
「ユ、ユウ、大丈夫?顔真っ青やけど········」
「悪い、ダンスはまた今度だ!」
「え、ちょっ、ユウ!?」
驚く皆を置いて、俺は駆け出した。【加速】を発動し、スピードを限界まで上昇させ、学園内を疾走する。
教室、廊下、職員室、保健室、調理室、学園長室、屋上、中庭、競技場、音楽室、多目的ホール、空き部屋、部室·········鍵がかかっている部屋が大半だったが、俺はとにかくあらゆる場所を駆け回る。
しかし、何処に行っても魔力は感じられず、時間だけが経過する。まさか、学園外に出ているのか?いや、そんな筈はない。真面目なマナ姉が、そんな行動をする筈がない!
(あと行ってない場所は何処だ········!?)
制服は汗でびっしょり濡れているが、それでも足を止めるわけにはいかない。そんな時、俺はある事を思い出した。
『全体的に怪しいんすよ、あの先生。しょっちゅう別館に出入りしてるらしいですし。まあ、別館に彼専用の研究室があるらしいっすけどね』
そうだ、別館だ。ロイドが出入りしている別館に、マナ姉も居る可能性が高いじゃないか。
急いでロッカーから刀を取り出し、そのまま別館へと向かう。本校舎から離れた場所にあり、周囲に生えた木々がその姿を隠している不気味な別館。
閉ざされた扉に突進して中に入り、刀に魔力を纏わせて周囲を照らす。やはり人の気配はせず、魔力も感じられない。しかし、俺は見てしまった。
「これは·········」
汚れた床を赤く染め上げている、まだ乾いていない血を。
「誰の血だ?魔物と争ったのか········いや、魔法が使われた形跡は無い。くっ、何が起こってるんだ!?」
ここで何かがあったのは事実。俺は焦る気持ちを抑えながら立ち上がり、例の場所を目指して再び走る。そして、階段を駆け上がってすぐの場所に、その部屋はあった。
妙な気配を感じる部屋の扉を蹴破り、中へと足を踏み入れる。マナ姉とロイドは見当たらなかったが、この部屋だけは綺麗に掃除されている。間違いない、ここがロイドの研究室だ。
それから置いてあった道具や書類を念入りに調べてみたが、特に変わったものは発見できず。折角来たのに意味は無かったのかと俺は思ったが、偶然手を置いた場所にあったモノを見て寒気がする。
漂着した無人島で戦った、魔界革命軍のディオがマナ姉に投げつけた瓶。あれと全く同じ形のモノが目の前にあり、更に瓶を照らして中を見れば───蠢く黒い煙のような、見たくもないあの魔物が中にいた。
「なんで、感情喰らいがロイドの研究室で保管されているんだよ!!」
部屋から飛び出し、マナ姉を捜す。吐き気がする程鼓動が早くなり、気が付けば再び血を発見した大広間に。そこで俺は、床下から何かの気配を感じて魔力を纏い、勢いよく床を踏んだ。
その衝撃で床は砕け、俺の体は下にあった空間に落下する。着地して顔を上げると、更に下へと続く階段を見つけた。そのまま飛び降りる勢いで俺は階段を駆け下りる。
そして、下りきった先に現れた扉を蹴破った瞬間、俺の目には信じられない光景が飛び込んできた。