38.蠢く闇
一般客達は既に帰り、今からは生徒や教師達だけが参加する後夜祭が始まる。魔闘場に集まった生徒達の中にはダンスの練習をしている者も見られ、いよいよこの時が来たんだなと実感した。
しかし、今は練習よりも先にするべき事がある。
「やっと見つけた········」
魔闘場の外、広い中庭にある大木の下。朝からずっと会うことができなかったマナ姉を、俺はようやく発見することができた。
人が減って魔力を感じやすくなったおかけだ。先程からマナ姉は俺と目を合わせてくれないが、それでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「マナ姉。後夜祭、俺と踊ってくれ」
「っ········」
「俺のせいで、マナ姉が嫌な思いをしてしまっていたのかもしれない。だから謝るよ、本当にごめん。でも、俺はこんな状態が続くのは嫌なんだ。だから、俺と────」
「········や、だ」
「え?」
きっと、マナ姉とならいつも通り仲直りできる。そう思っていた俺が馬鹿だったらしい。
「無理だよ!ユウ君とは、踊れない········!」
「な、なんで········」
「だって、エリナちゃん達と踊るんでしょう!?なら、私なんか相手にしなくてもいいじゃない!」
「違う!俺はマナ姉と仲直りしたいんだ!」
「触らないで!」
俺の手を、マナ姉は弾いた。明確な拒絶、何が理由でここまで嫌われてしまったのか分からない。
『お前は様々な出来事を乗り越えるうちに、沢山の少女達に囲まれるようになったな。そんなお前の友人達を、教師であるマナは追い払えないんだ。最初は友人が増えて嬉しかったと思うが、今は混乱しているんだと思う』
親父はそう言っていた。だけど、友達が増えたからって何故マナ姉が混乱するんだ?そんな事で、俺は何年も共に過ごしてきた姉に嫌われてしまったのか?
「私なんかが、ユウ君と踊っちゃ駄目なんだよ········」
「はは、だって私と踊るからね」
「っ!?ロイド、先生········?」
次第に頭が真っ白になっていく中、その男は現れた。いつも通り白衣に身を包んだ、博士ことロイドである。
「何だよ、それ。結局は、そいつと仲良くイチャイチャしたいから、俺を避けてたったことか········?」
「ちがっ、私、誰とも踊らな────」
「ふざけんなッ!!」
気が付けば、俺は隣にあった大木を本気で殴っていた。俺を見るマナ姉は震え、明らかに怯えている。
「だったら最初からそう言えばいいだろうが!俺はただ、マナ姉と今まで通り仲良くできたらそれで良かったのに!そんな理由で、なんでここまで避けられなきゃならないんだよ!」
「ち、ちが、う········」
「何が仲直りできるだよ!俺とマナ姉の気持ちは最初から全然違ったんだ!もういいよ、勝手にやってろ!!」
「違うの、ユウ君っ········!」
「何も違わないだろ!?」
伸ばされた手を振り払い、俺はマナ姉に背を向ける。もう、どうでもいい。こんな事でずっと悩み続けた俺が馬鹿だった。
「もう、話しかけないでくれ」
ついそんな事を言ってしまったが、マナ姉もそう思っているだろうから問題ない。そのまま俺は、クレハ達が待つ魔闘場を目指して重い体を動かした。
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ーーーマナーーー
あれから、どれだけの時間が経ったんだろう。初めてユウ君に激怒され、本気で嫌われてしまった。
本当は嬉しかったのに。ユウ君がダンスに誘ってくれた時、涙が出そうになったのに。でも、拒絶してしまった。私が全部悪いのに、どうして私がユウ君を拒絶したの········?
「マナ先生、あの、後夜祭はもう始まっていますよ?」
「············」
大木の下でうずくまり、溢れる涙を止めることが出来ない私にロイド先生が声をかけてくれた。でも、立てない。この場から1歩も動きたくない。
そもそも、どうしてロイド先生はあんな事を言ったの?私はこの前ロイド先生からダンスに誘われた時、誰とも踊らないって伝えたのに········!
「すみません。少し冗談を言ってみただけなんですが、ユウ君は勘違いしてしまったみたいで········」
「········別にいいですよ。だからもう、放っておいてください」
「やれやれ、落ち込んでいるマナ先生はあまり見たくありません。先程、ユウ君からメールが届きました。〝マナ先生にもう一度謝りたい〟という内容です」
「っ········!」
どうしてロイド先生がユウ君の連絡先を知っているのかは分からないけど、ロイド先生が嘘をつく筈がない。驚いて顔を上げれば、ロイド先生は苦笑しながらハンカチを手渡してくれた。
「泣かないでください。大丈夫、ユウ君はマナ先生を嫌いになんてなっていませんから」
「でも、私、あんなに酷いことばかり言ってしまって········」
「きっとやり直せますよ。だからほら、行きましょう。人に見られると恥ずかしいそうなので、〝別館〟まで来てほしいとのことです」
「は、はい········!」
まだ、ユウ君は私を許してくれる。ユウ君に嫌われることだけは、絶対に嫌だから········行かなきゃ。今度こそ、ユウ君にきちんと謝らなきゃ。
「ユ、ユウ君········?」
別館にある大広間に立ち、周囲を見渡す。窓の外から差し込む月明かりだけが頼りで、ユウ君が何処に居るのかよく見えない。
だけど、どうしてユウ君の魔力を感じないんだろう。私達はお互いの魔力を覚えているので、近くにいればすぐ分かる筈なのに。でも、ロイド先生はユウ君が別館に来ているって言っていたもの。今は混乱しているから魔力を感じれていないだけで、きっと近くに居る筈だよね。
「あ、あのね、ユウ君。私、本当はずっとユウ君に謝ろうと思ってて········」
返事はない。暗闇に、私の声が反響する。
「あの日、面談があった日。エリナちゃんがユウ君に抱き着いたのを見てしまって、胸が苦しくなって········どうしてかは分からないけど、嫌な気分になったの。だから、何も悪くないユウ君に怒鳴ってしまって、本当にごめんなさい!」
声が、反響する。同時に、手が震え始めた。
「ね、ねえ、ユウ君。そこに居るんでしょう?へ、返事してよ········!」
どうして、何も言ってくれないの?そもそも、ユウ君はこの別館に来ているの?
「マナ先生、仲直りはできましたか?」
「ロ、ロイド先生!あのっ、ユウ君の魔力や気配を感じることができなくて────」
次の瞬間、腹部に激痛が走った。何があったのかと思って視線を下に向ければ、刃物が私の腹部を後ろから貫いていて────
「うっ、あぁ········!?」
崩れ落ちたのと同時に刃物が引き抜かれ、血が流れ出る。後ろを見れば、私を見下ろしながらロイド先生がいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
「ロイド先生、どうして········!?」
「ふふ、あはははっ!いやぁ、まさかホイホイついてくるとは思いませんでしたよマナ先生!」
「か、体が、動かない········!」
「強力な麻痺毒を塗っていたからですよ。数時間は貴女程の実力者でも、指1本すら動かせないでしょう」
い、いや、どうして?どうしてロイド先生がこんな事をするの!?ユウ君は今別館に来ていないの········!?
「今頃ユウ君は、学友達と楽しく後夜祭を満喫しているでしょう。さあ、私達も心ゆくまで楽しむとしましょうか」
「な、何を········うっ!?」
体を魔法で持ち上げられ、突然腹部を殴られ視界が歪む。深い傷を負っていた私は全身を駆け抜けた激痛に耐えられず、意識はそのまま深い闇の底へと落ちていった。