第18話 魔犬VS六芒星
あれから何度も魔物達と戦闘を行い、俺達は順調に迷宮内を突き進んだ。でも、俺はまだ一度も戦闘に参加していない。
せっかく二人に誘ってもらったんだけど、俺のバグステータスを知られるのは良くないと思ったからだ。
さっきからなんで戦闘に参加しないのかを聞かれたりはするけど、マナを抱っこしてるからと言ってるのでなんとか誤魔化せている。
「んー・・・」
「あ、起こしちゃったか」
そして、山頂に出れるであろう坂道を発見したのとほぼ同時、可愛らしい声を出しながらマナが目を覚ました。
「・・・」
けど、いつものように何か言ったりはせずに向こうにある坂をじっと見つめるマナ。それが気になったので、俺はマナの頭を撫でながらどうしたのか聞いてみた。
「なんかね、やなかんじがするの」
「あの坂から?」
「んーん。上のほうから・・・」
上のほう・・・つまり山頂ってことか。
さっきテミスがこの山の付近で異常現象が起きてるって言ってたけど、それを起こしてる元凶が山頂にいるのかもしれないな。
「大丈夫だよ。何かあっても、マナのことは俺が守ってやるからな」
不安がってるマナにそう言ってやると、マナは嬉しそうな表情を浮べながら身を寄せてきた。ああ、ほんと全てが可愛いよね。
「あはは、ラブラブだねぇ。獣人の子供が人間に懐くのって珍しいことなんだよ〜?」
マナの頭を撫でている最中に、前を歩いているラスティからそんなことを言われた。
「その子、どこで見つけたの?もしかして元奴隷だったり?」
「え、奴隷とか存在するの?」
「存在するよ〜」
「遠いとこから来たから、そういうのは知らなかったんだ」
まあ、いてもおかしくはないよな。ここは日本と違って異世界なんだし。
「マナは奴隷じゃないよ。俺が初めてオーデムを訪れた日に出会ったんだ」
「へえ、なんかいいよね。タローくんがマナちんのお父さんみたいで!」
「ちがうよ!ご主人さまはマナのご主人さまだよ!」
「あり?やっぱりマナちんって奴隷な感じ?」
「いやいや、ほんとに違うんだけどね」
マナが俺のことを『ご主人さま』って呼ぶのは、一応俺が狼の姿だった時のマナをペット扱いしていたからだと思う。でも、今はもう娘同然に思ってるから、『お父さん』とか『パパ』とか呼ばれてみたいなぁ。
「おい、そろそろ山頂だぞ。気を引き締めろ」
ラスティと話してたら、坂を登り始めていたアレクシスにそう言われた。マナも山頂から何かを感じてるみたいだし、一応警戒はしておいた方が良さそうだ。
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「っ、これは・・・」
山頂に出た途端にテミスが目を見開く。
まるで切断されたかのように山頂は平らになっており、遠くから見ただけじゃ分からなかったけどかなり広い。
「あたし、山頂まで登ったのは初めてだ」
「俺は一度来たことがあるが、別にその時と同じで何かが変わったわけじゃなさそうだが・・・」
ラスティとアレクシスが周囲を見渡しながら歩いていく。うわ、よく見たらめっちゃ高いな、ここ。
「ご、ご主人さま」
「ん、どうした?」
マナを見ると、俺の服を握る手が僅かに震えていた。
「あっちに、なにかくるよ・・・!」
「え────」
それを聞いてアレクシス達が歩いていった方に顔を向けた直後、突然巨大な火球が向こうに出現した。それを見ながら何事かと思っていると、火球の中からこれまた巨大な魔物が姿を現す。
『ほう、人間共が我が領域に何の用だ?』
「あらまー、こいつは・・・」
頭が三つあるでかい犬。漫画とかにもしょっちゅう出てきてたあの番犬さんにそっくりな気がするんですが。
「ま、まさか、魔犬ケルベロスか!?」
あ、テミスさん。やっぱりこいつは地獄の番犬ケルベロスさんなんだね。
「封印されてたって聞いたけど、その封印が解けちゃったってことかな〜」
「恐らくそうなのだろうな。奴から感じる桁違いの魔力・・・これが本物の神獣種か」
ラスティとアレクシスがそれぞれ武器を構えた。それを見たケルベロスは、何が可笑しいのか高らかに笑い出す。
『いつの時代も人間というのは愚かな種族よな。このケルベロス相手に貴様ら如きが牙を剥こうというのか』
「その愚かな人間に封印されたのはどこのどいつだ・・・!」
アレクシスが跳躍し、魔力を纏わせた大剣をケルベロスの頭に振り下ろす。けど、それが届く前にケルベロスはアレクシスを腕で叩き落とした。
「がはっ・・・!」
「アレくん!?」
『クックッ、脆いものだな』
ケルベロスの頭が三つ同時に息を吸い込む。
「まずい、避けろラスティ!」
この距離じゃ間に合わない。
俺はラスティにそう言って、マナを抱えながら隣にいたテミスを担いでその場から離れる。
俺の声を聞いたラスティは、慌てて倒れていたアレクシスを持ち上げて高く跳ぶ。
その瞬間、ケルベロスが口から炎を吐き出した。それは直前まで俺達が立っていた場所を呑み込み、更に山の斜面を駆け下りて眼下に広がる森を焼いた。
「ば、化け物め・・・!」
テミスが剣を抜き、魔力を纏わせる。
「いくよ、テミっちゃん!」
「ああ!」
そして、着地したラスティと共にケルベロスに向かって走っていった。
これは非常によろしくない状況だぞ。加勢しようかと思ったけど、俺のステータスがバレるのはまずいし、今はマナを抱っこしてる。それに、さっきケルベロスに叩き落とされてたアレクシスが心配だ。
「おい、大丈夫か?」
「この程度で膝をつくわけにはいかん。すまんな、お前を巻き込んでしまって。どうやらあの神獣が異変の元凶らしい。お前はその獣人の少女を連れてここから避難するんだ」
「避難って、そんなこと・・・」
アレクシスがテミス達の加勢に向かった。
どうしよう。マナも居るから、俺も戦いまーーーす!とか言えないんだけど。
「うあっ!?」
「ぐっ!?」
圧倒的な力の差だ。世界樹の六芒星が三人同時に攻撃を仕掛けてるのに、全くダメージを与えれてない。
「これならどうだ・・・!」
『む・・・』
「砕けろ、山断ッ!!」
振り下ろされたアレクシスの大剣がケルベロスの爪と激突する。山頂がバキバキになるぐらいの衝撃が山全体をぐらぐらと揺らした。それでも押し負けたのはアレクシスの方だ。
『つまらん。実につまらんぞ人間よ。我が雄叫びは地を揺るがし、魔の炎は全てを燃やす。そんな相手の前に貴様ら如きが立ちはだかろうなど、あまりにも愚かな行為なのだ』
「く、そ・・・!」
弾き飛ばされたアレクシスがテミスにぶつかり、二人同時に倒れた。そんな彼らにラスティが駆け寄るが、ケルベロスの口元に魔力が集まっていくのを感じたのか顔が青ざめる。
「この山付近で起こっていた異常現象・・・小規模な地震が複数回発生、そして気温が突然跳ね上がったりしたという。それは、やはりお前の仕業だったのか!」
『そういう事だ、赤髪の人間よ。ただ軽くブレスを吐いただけで異変や異常現象だのと言われていては、何も出来んではないか』
駄目だ、もうステータスがバレることなんか気にしてる場合じゃない。そう思って三人を助ける為に動き出そうとした瞬間、俺が抱っこしていたマナが突然地面に飛び降り、そしてケルベロスに向かって駆け始めた。
「ちょ、マナ・・・!?」
「テミスおねーちゃんたちにらんぼうしちゃだめーーーッ!!」
マナがそう叫んだ直後、彼女の小さな身体から眩い光が放たれる。それと同時にマナの身体が狼の姿へと戻り、そのまま初めて会った時のように巨大化してケルベロスに襲いかかった。
『むう!?貴様、マーナガルムか!』
「グルアアアッ!!」
ケルベロスがブレスを吐き出そうとしたけど、それよりも早くにマナがケルベロスの首元に噛み付く。
『相変わらず恐るべきパワーの持ち主よな。だが、貴様はまだ子供だろう・・・?』
体勢を崩しながらも、ケルベロスの残った二つの頭がマナの身体に食らいつく。
『ふははっ、その程度かァッ!!』
更に零距離からブレスを放たれ、マナはこっちに向かって吹っ飛ばされた。
「マナ!」
空中でいつもの女の子の姿へと戻ったマナが地面を転がる。俺は急いで彼女に駆け寄り、傷だらけの身体を抱きかかえた。
「ご、ごめんなさい・・・。マナ、テミスおねーちゃんたちの力になりたくて・・・」
「謝らなくていい!それより、早く手当てを────」
『雑魚の手当てをする必要などないだろう』
─────は?
『調子に乗って襲いかかって来た割には脆い身体だ。クックッ、誰かこのケルベロスを楽しませてくれる者は居らんのか?』
テミスが駆け寄ってくる。俺は彼女にマナを預け、立ち上がった。
『こうして封印を破ることが出来たのだ。貴様らの役目は、数千年もの間封印されて暇していた我を楽しませることである』
「だったら、俺が楽しませてやるよ」
『貴様が?先程からその他の者に任せて戦闘に参加していなかった貴様に何ができ─────』
跳躍し、全力で右の顔面をぶん殴る。それだけでケルベロスの頭は一つ破裂した。
『が、あ・・・!?』
「ほら、楽しくなってきただろ?」
この世界に来て初めてキレた。
うん、殺そう。
次回、太郎君激おこプンプン丸の回