37.舞台上の姫と予感
午前の自由時間を終えた俺は、エリナ、リース達と交代で教室の中に入った。既に午後からの営業は始まっており、教室の一角には物凄い数の生徒達が集まっている。
「やあ、ユウ君」
囲まれていたのは、メイド姿のヴィータだ。こうして見ると本当に似合っており、俺達男子の目を引くのはやはり胸だろう。
「ええい!散れ、散れ!ちゃんと席に座ってくださいね〜!」
興奮した男達を退散させ、俺はヴィータを安全地帯に避難させる。
「あはは、ありがとう」
「ヴィータも、嫌だったらハッキリ言わなきゃ駄目だぞ?じゃないと、男達は勘違いするからな」
「うん、次からはそうするよ」
それから、俺も接客を頑張った。注文された料理などは魔導フォンで調理室に居る調理係に伝え、数分以内に持ってきてもらう。
男の俺が相手にするのは女性客で、時折キャーッと悲鳴を上げられたりするのは何故だろう。その反応が、どうも興奮している時のクレハに似ている気がする。
そして、新たにやって来た女性客の注文を聞き終えた時だった。
「いいなぁ········」
「ん?どうした?」
「えっ?あ、いや········つい、心の声が」
恥ずかしそうに目を逸らすヴィータ。もしかして、お腹が空いているから料理が食べたいのかもしれない。
「昼飯は食べなかったのか?」
「あ、あはは、ユウ君が鈍くて助かったよ」
「·········?」
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ーーークレハーーー
リハーサルを終え、いよいよ私達のクラスが舞台上で演劇を披露する時間がやって来ました。
いざこうして本番を迎えると、やはり緊張してしまいますね。先程から体は少し震え、何日もかけて覚えた台詞が頭から抜けているような気がしてしまいます。
元々兄さんに私の成長を見てもらおうと了承したお姫様役ですが、皆さんと練習を重ねるうちに心から楽しんでいる自分がいました。全く違う人物になりきり、観る人全てをおとぎ話の世界に誘う夢の時間。私は、そんな世界の案内人となるのです。
「いよいよだね、クレハさん」
「はい、そうですね········」
「やっぱり緊張するか。こう見えて、僕もかなり緊張しているんだよ?」
「え?」
王子様を演じるユリウスは、よく見れば汗をかいていました。暑いからではなく、私と同じで緊張しているから。
「でも、君なら大丈夫さ。だって、世界一の兄上が君の晴れ舞台を見に来てくれるんだろう?」
「っ、そうだといいのですが·········」
兄さんは、今頃所属しているクラスで仕事をしています。必ず時間を作ると言ってくださいましたが、少しだけ心配ですね·········ううん、駄目ですよ、私。兄さんが居なくても、皆さんと作り上げた最高の舞台をもっと輝かせないと。
『それでは、Ⅰ年Ⅳ組による、王国に伝わる古き物語───〝英雄伝説〟をご覧ください!』
カーテンが、魔導の力で開いていきます。最初から舞台に立っていた私は、視線が集中するのを感じて思わず固まってしまいました。
ライトが暗闇の中私だけを照らし、まるでこの世界に1人だけ放り出されてしまったような感覚。額に汗が滲み、手足は震え、出すべき言葉が出てこない。
(ど、どうすれば、私、皆さんと練習を重ねてきたのに·········!)
ざわざわと、次第にあちこちから声が聞こえてきました。ですが、頭が真っ白になった私は何も言えずにただ立ち尽くし────そして、見つけました。
「あ·········」
舞台からは遠い、講堂の入口前。優しい笑みを浮かべながら軽く手を振ってくれた·········兄さんを。
(見に来て、くれたんですね·········)
涙が出そうになりましたが、今はそれどころではありませんでした。抜け出ていた台詞全てを思い出し、緊張が一気に吹き飛びます。
「ああ、どうしてこの世界は輝きを失ってしまったのでしょうか!」
精一杯声を出せば、講堂内は静まり返りました。
「この世界を救えるのは、もうあの方だけ!私には、こうして祈ることしか出来ない!」
誰もが知る、幼い頃に親から何度も読み聞かせてもらう物語。その中に登場する麗しき姫は、今此処に────
「何度でも、祈りましょう!世界が再び輝きを取り戻すその時まで·········!」
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泣いた。それはもう、数年ぶりに号泣した。腕を組んでそれっぽく仁王立ちしているけど、目からは滝のように涙が落ちて止まらない。
(成長したな、クレハ·········!)
あの大人しくていつも俺の背中に隠れていたクレハが、美しい姫を完璧に演じきってみせたのだ。当然講堂はとてつもない歓声で震えており、思わず耳を塞ぎたくなる程である。
「うおおおおーーーー!!最高だったぞクレハあああああッ!!!」
「ちょっと、声が大きいから!」
········この歓声の中でもはっきりと聞き取れたやり取り。どうやらお忍びで親父と母さんも来ているみたいだな。まあ、これは来て正解だっただろう。
「いやー、素晴らしい!これは次の学園新聞トップニュース確定ですなぁ!」
「ん?」
感動の余韻に浸っていると、隣に立っていた学園の生徒が魔導映写機で舞台を何度も撮影し始めた。わざわざ魔導フォンではなく映写機を使うということは、学園の放送部か。
「おや?もしや貴方、先程プロ顔負けの演技を披露したクレハ・シルヴァさんのお兄さんでは?」
「ああ、そうだけど········」
「どうもどうも、初めまして。自分、放送部部長のマルセルでっす!クレハさんと同じ一年にして、廃部寸前だった放送部を救った救世主でもあります!」
小柄な男子生徒───マルセルが雑なお辞儀をした後、メモを取り出し物凄いスピードで何かを書き込み始める。
「まさか学園祭であのレベルの演技を見れるとは!彼女、とんでもない逸材っすね!」
「ふっふっふ、そうだろう?」
クレハが褒められると、まるで自分の事のように嬉しくなる。しかし、マルセルの手元を見た瞬間に感動が吹き飛んだ。
「········おい、何を書いてる」
「勿論新聞に載せる為の情報っすよ!クレハ・シルヴァさん、身長は恐らく159cm、BWHは自分の磨き抜かれた目視によると、Bが8きゅうぎゃあああ!?」
「お前はアホか!そんな情報を多くの生徒達に公開するつもりか!来るぞ?人類最強の親バカが来るぞ!?」
俺の拳骨を食らって悶絶するマルセル。それでも書くのをやめないのは、ある意味尊敬に値する。
「ところで先輩、マナ先生とロイド先生が付き合ってるって本当なんですか?」
「あぁ?」
「最近妙に仲が良いって聞きますし、ロイド先生が後夜祭のダンスにマナ先生を誘ったとの情報も」
「さあな、俺は知らん」
「ですけどねぇ、どうも自分はロイド先生を好きになれないんすよね〜」
そう言って、マルセルはメモ帳とペンをポケットに仕舞う。
「いつもニコニコしていて女子達にキャーキャー言われてますけど、なーんか全部嘘っぽいというか········」
「どういう事だ?」
「全体的に怪しいんすよ、あの先生。しょっちゅう別館に出入りしてるらしいですし。まあ、別館に彼専用の研究室があるらしいっすけどね」
別館。最初は校舎として使われていたらしいが、創立2年目で起こった魔導実験の失敗により、瘴気に満たされ使用禁止となった場所。
今は瘴気は取り除かれているので安全な場所になっているが、雰囲気がかなりヤバそうな感じなので生徒達は寄り付かない。実際、霊が出る、霊を見たという話は後を絶たないしな。
「最近マナ先生にベタベタしてるっすけど、なーんか見ていると気味が悪いっす」
「そうか?お似合いだと思うけど」
「へ?先輩はマナ先生が怪しさ全開の博士野郎とくっついて祝福する派なんすか?」
「っ、んなわけ───さ、さあ?どうだろう」
一瞬脳内にマナ姉とロイドの結婚披露宴が浮かんでしまったが、壁に頭を叩きつけて消し飛ばす。
「どうにも、予感がするっす」
「は?」
俺の奇行を眺めていたマルセルだったが、再びメモを取り出しそんな事を言った。
「後夜祭、先輩はマナ先生を絶対に誘うべきっすよ」
「いや、一応誘うつもりなんだが」
「そもそも、ロイド先生にマナ先生程の可憐すぎる女性は釣り合わないっす!弟として、先輩が皆のマナ先生を取り戻す········これは次の学園新聞を作成するのが楽しみっすねぇ!」
「はぁ、楽しそうで羨ましいよ」
学園祭も残り僅か。盛り上がる講堂内で、俺はマナ姉をダンスに誘うことだけを考えた。