36.運命の学園祭
『そんじゃあお前ら、今日は年に一度のお祭りだ。騒げ、楽しめ、思い出を作れ。オーデム魔法学園主催、〝大樹祭〟を開催する!』
魔法で空に浮いた学園長の宣言と共に、次々と空に風船が飛ばされた。
いよいよ学園祭当日。王国各地から様々な人達がオーデムに集まり、朝から凄まじい盛り上がりっぷりである。貴族も平民も関係なく、今日は1日同じ世界に住む友として楽しむ········それが学園祭のお約束だ。
生徒達が店を出したり劇をしたりするのは学園内だが、この学園祭に便乗して多くの人々が街中でも屋台を出したりしているので、今日1日はオーデム全体が祭りの会場となる。
「兄さん、私達のクラスが劇をするのは午後からです。なので、それまで一緒に見て回りましょう?」
「ああ、楽しもうか」
俺達は兄妹だが、まるで恋人同士の気分だ。早くも学園祭の雰囲気を味わいながら、俺の腕にぴったりと寄り添ってきたクレハと共に賑わう学園内を歩く。
「おや?ユウ先輩じゃないですか。クレハさんも、御機嫌よう」
最初に遭遇したのはユリウスだった。相変わらず眼鏡が似合う彼は、数人の女子達に囲まれている状態である。
「おーおー、モテモテじゃないか」
「い、いや、僕としてはクレハさんと行動したい気分で········」
「私は兄さん以外の方と歩くつもりはありません」
「ですよねー·········」
がっくりと肩を落としたユリウス。普通にイケメンなので、ユリウスを狙う女子は多いらしいな。しかし、意中のクレハは俺から離れようとはせず、なんだか恥ずかしい気分になる。
「ユリウスは今日の劇で王子様を演じるんだったな。どさくさに紛れてクレハにセクハラしたら投げ飛ばすぞ?」
「し、しませんよ!」
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
俺のクラスに行くと、メイド姿のリースが笑顔で出迎えてくれた。午前と午後で働く生徒を振り分けており、リースとエリナは午前、俺とヴィータは午後から参加する。しかし、クレハのクラスが劇をする時だけは、クラスメイト達が特別に抜けていいと言ってくれた。
普段は何かと突っかかってくる馬鹿友達ばかりだが、こういう時は優しいので嫌いにはなれないんだよな。
「なあなあ、奥見て。エリナちゃんの人気っぷりが凄いやろ?」
「あ、ああ、ちょっと可哀想だな」
リースの視線を追えば、大量の男子達に囲まれているエリナが頬を引き攣らせているのが見えた。中には貴族らしき人物も混じっているので必死に笑顔を作っているらしい。
「っ、ユウ········じゃなくてご主人様、お帰りなさいませ!」
「えっ、ちょっ!?」
そんなエリナは俺を見た瞬間に突然駆け出し、サッと俺の背後に隠れてしまった。当然群がっていた男達は鬼の形相でこちらに迫ってくる。
「も〜、のんびり寛いでるお客さんも居るんやから、あんまり騒がんといてくださいね〜」
しかし、間に割り込んできたリースを見て男達はターゲットを変更した。恐るべきことに、俺の隣に立つクレハにまで手を出そうとする輩もいた。まあ、そいつは俺が殺気を放って追い払ったが。
「ご、ごめんなさい。助かったわ········」
「エリナは可愛いからな。彼らが群がる気持ちも分からんでもないんだけど········」
「か、かわっ!?」
顔が瞬時に真っ赤になったエリナが慌てて外に走っていった。学園内にある調理室はかなり大きく、料理を提供するクラスはそこで料理を作っている。多分そこに向かったんだろうな。
「兄さんに可愛いと言われるなんて········ずるい」
「ん?クレハも可愛いぞ?」
「あぁ。幸せ過ぎて、もう駄目です········」
とりあえず中に入り、空いている席を探す。しかしエリナやリースのおかげで大繁盛、座れる席など存在しなかった。
「うーん、また後で来てみるか」
「なら、アーリアのクラスに行きましょう。少しお腹が空いてきました」
「そうだな、行くか」
一応リースに声をかけ、俺とクレハは戦場と化している教室の中から出るのだった。
「姉さん、何処にも居ませんね········」
「··········」
アーリアのクラスで東方焼きを食べながら、クレハは心配そうに俺を見つめてくる。俺が起きた時には既にマナ姉は学園に向かっており、学園祭が始まる前に教室で最後の話し合いをした時も、マナ姉は俺と目を合わせてくれなかった。
「あの、兄さん。私は姉さんの気持ちが分かります。姉さんは、兄さんが大切だからこそ上手く接することが出来ないんですよ」
「大切だから········?」
「だから、きっと姉さんは────」
「あっ、ユウ先輩にクレハ。来てくれたんですね」
クレハが何かを言う前に、髪をポニーテールにしたアーリアが駆け寄ってきた。いつもの大人しめな印象とは違い、まるでリースのように笑顔が似合う、明るい女の子の姿になっている。
改めて見ると彼女は本当に可愛らしく、教室内の男性達は何かとアーリアをチラ見していた。
「東方焼き、どうですか?」
「美味いよ。親父が作るものとは味付けがちょっと違うけど、これはこれで凄く美味い」
「わあ、良かった。実はですね、お二人が食べている東方焼きは、私が作ったんですよ」
「ムムム、私だって本気を出せば、これくらい簡単に········」
何故か対抗心を燃やしているクレハだが、実はめちゃくちゃ料理を作るのが下手だったりする。
母さんは料理人顔負けの腕前で、マナ姉と親父も店で出されるものに劣らないレベル。俺はまあ普通だと思うが、クレハが作る料理は········いや、愛する妹の手料理だ。何よりも美味いに決まってるじゃないか。
「そういえばユウ先輩、マナ先生をダンスにお誘いすることはできたんですか?」
「いや、無理だった」
「さっき1人で歩いているマナ先生を見かけましたけど·········」
反射的に立ち上がってしまった。そんな俺を見てアーリアは驚いていたが、やがて可笑しそうにクスクスと笑い出す。
「ど、どうした?」
「ふふっ、ユウ先輩ったら。少しだけマナ先生が羨ましいです。私が調理室から戻ってくる時だったので、周囲を捜せばきっと会うことができますよ」
「ありがとう、また小腹が空いたらここに来るよ」
「はい、待ってますね!」
笑顔のアーリアに見送られながら、俺は調理室を駆け足で目指した。
「········恐ろしく似合っているな」
「おうよ!この日の為に母ちゃんが用意してくれてな、おかげで俺も職人気分だぜ!」
調理室に向かうと、頭にタオルを巻いた職人感が凄いソルと遭遇した。彼が持つ大皿の上には大量の焼きそばが乗っており、匂いを嗅いでいるとまた腹が減ってきた。
「そうだ、ソル。さっきマナ姉を見かけたりしなかったか?」
「マナさん?いや、俺は焼きそばを作るのに集中してたから見てないな。なんだ、告白でもするのか?」
「違うっての!」
ニヤニヤしながら肩を組んでくるソルがこの上なく鬱陶しいが、周囲に人が群がってきているので心を落ち着かせる。
イケメンなソルと美少女なクレハが注目を集めた結果だろう。これでは付近に居る筈のマナ姉を見つけ出すのは困難だ。
「そういやダンスの件はどうなったんだよ」
「いや、それがだな·········」
ソルがクラスに作りたての焼きそばを届けてから場所を変え、あれからマナ姉に避けられていることを伝えると────
「だーーーはっはっはっはっ!!嫌われたんじゃね!?」
「ぐっ、お前なぁ········!」
爆笑されたので魔力を拳に纏わせる。それを見たソルが急いで謝ってきたので許してあげたが、残念なことにクレハの魔法を浴びて吹き飛ばされていた。
「いてて········ま、俺はどうしてマナ先生が怒ったのか分かるけどな」
「じゃあ教えてくれ」
「要するにお前だけ爆発しろってことだ」
いや、さっぱり意味が分からない。しかし隣でクレハが苦笑しているので、別に間違いではないのだろう。
「てかさ、マナさんの人気っぷりってやばいだろ?人が集まってる所に行けば、中心に居たりするんじゃないか?」
「その考えがあったか。ただ、ここ来るまでに俺はマナ姉に群がったのであろう集団には遭遇していないんだ」
「意図的にユウとばったり会わないように動いてるのかもな。案外近くでお前のこと見てるのかもしれないぜ?」
「それはそれで怖いな········」
俺やクレハは他者の魔力を感じ取ることが出来るので、マナ姉が学園内に居ることは分かっているんだが、人が多過ぎて場所を特定することが出来ない。
このまま夜まで避けられ続ければ、後夜祭でマナ姉と踊ることは不可能だ。俺の考えでは、その時に謝罪して以前と変わらない関係に戻りたいのに·········。
「さて、そろそろ戻るとするかぁ。まーたあいつに怒られちまうしな」
「あいつ?」
「ん?ああ、ちょっとうるさいヤツが居てな。何かあったらすぐ行くから、連絡してくれよな」
「了解、ありがとう」
軽く手を振りながら校舎内に走っていったソル。何だかんだで頼りになる兄貴分なので、困ったことがあれば遠慮なく頼らせてもらうとしよう。
「じゃあ、俺達もいくか」
「はい········あぁ、姉さんには申し訳ないですけど幸せです」
その後、俺は腕を組んできたクレハと共に、午後までの時間をのんびりと満喫────することはできず。
「あの野郎、クレハちゃんと腕組んでやがる!」
「許さねえ!リア充爆発しろ!」
まあ、こうなるだろうな。