35.変化する感情
「ユ、ユウ先輩!あの、もしよければ後夜祭で私と踊ってくれませんか!?」
「待ってくださいアーリア。兄さんは私と踊るんです!」
「えっ、でもヴィータ先輩とも踊るって聞いたよ?だから、私もいいかなって········」
「そ、そんな、兄さん!?」
「すまん、言い忘れてた」
学園祭までいよいよあと1日。備品を取りに廊下を歩いていると、エプロン姿のアーリアからダンスのお誘いを受けた。休憩中のクレハも合流したので、今は3人で話している最中だ。
「ところで、どうしてアーリアはエプロン姿なのですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?私達のクラスは東方焼きを作るんだよ」
東方焼き········リースの故郷がある東方地方で食べられている、中にメテオクトパスの足が入っている丸い料理だ。ちなみに親父の大好物である。
それにしても、いつの間にか仲良くなったんだなぁ。男じゃない友人なら、俺も親父も大歓迎だ。
「そういえば兄さん、姉さんとは仲直りしましたか?」
「え、いや、それは········」
「えっ?マナ先生とユウ先輩って喧嘩してるんですか?」
あれから、俺はマナ姉とあまり会話していない。話しかけようとしても、マナ姉がまるで逃げるかのように去ってしまうからだ。
どうして突然マナ姉は怒ったんだろうか。理由は分からないけど、俺としては早く元の関係に戻りたい。
「········頭が痛くなってきた」
「だ、大丈夫ですか?なら、今晩は兄さんが安眠できるようにクレハが添い寝を────」
「あっ!だったら、マナ先生をダンスに誘えばいいんじゃないですか?」
「私と兄さんが踊れる時間がどんどん少なくなる········!」
アーリアに言われ、俺は少し考える。誘ってみたとしても、今の状態だと断られる可能性が高い。それに、既に多くの生徒や教師達からパートナーになってほしいと頼まれているだろう。
その中には恐らくロイドも含まれている筈。そうなれば、マナ姉は俺よりもロイドと踊ることを優先するかもしれない。
「········頭が痛くなってきた」
「今晩は私が添い寝しますね!」
笑顔でそう言ってくるクレハの頭を撫でながら、俺は今後について黙って考えるのだった。
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「それじゃあ、明日は売上1位を目指して頑張りましょう!」
「「「おおーーーっ!!」」」
最後の話し合いが終わり、クラスメイト達が続々と教室から出ていく。そんな光景を自分の席に座りながら眺めていると、突然リースがニコニコしながら俺に手を差し出してきた。
「········どうした?」
「むっふっふー。明日の後夜祭、どうせ踊る相手とかおらんやろー?だから、ウチがユウと踊ったげる!」
「あはは、一応私もユウ君と踊るけどね」
「クレハとアーリアもな」
「うそっ!?」
露骨に落ち込み始めたリース。しかし、急に勢いよく顔を上げ、必死の形相で俺の方を掴んでくる。
「ウ、ウチとも踊ろう!?」
「えっ、お、おう」
「やったーー!」
笑顔でバンザイし始めたリース。何がそんなに嬉しいのか、その後はしゃいで脛を椅子で強打していた。
「ちょっと待って!あ、貴女達皆ユウと踊るつもりなの!?」
「あら?エリナちゃんはユウと踊らんの?」
「わ、私は、その········」
「なーるほど、恥ずかしくて誘ってないんやね。ちょっと勇気出してみたら?」
脛を打って涙目になっているリースに背中を押され、エリナが俺の前にやって来た。
「う、うぅ、あのっ········」
「ん?」
「そんなに沢山の人と踊ると注目されると思うし、きっと疲れると思うわ。でも、その、もし良かったら私と········」
そのまま俯いてしまったエリナ。つまり、エリナからもダンスに誘われたというわけだ。それはとても嬉しい事だが、後夜祭が終わると男子達に殺されそうで怖いな。
しかし、折角恥ずかしがり屋なエリナが俺を誘ってくれたんだ。それは素直に嬉しいので、俺はエリナに手を差し出す。
「ありがとう。なんだか照れるけど、俺と踊ってくれるか?」
「っ、勿論········!」
俺の手を、エリナは笑顔で握ってきた。これで俺は5人の少女と踊ることになったわけだ。こんな状態でマナ姉を誘ってOKしてくれるかどうかは分からない。でも、俺は絶対にマナ姉と仲直りしたい。
「さて、これで後はマナ先生をお誘いするだけだね、ユウ君」
俺の考えている事が分かったのか、後ろの席に座るヴィータがそう言ってきた。
「どうしてマナ姉があの時怒ったのかは分からないけど、そろそろ目を見て話し合わないとな」
「ごめんなさい、ユウ。あれは私がユウにコールしたから········」
「え?いや、別にエリナは悪くないだろ」
「もう、鈍いんだから」
「········?」
先程まで行われていた打ち合わせでも、マナ姉は俺と目が合うとすぐに逸らすことを繰り返していた。今までとは違う俺達の様子にクラスメイト達も首を傾げているらしいので、勇気を出してマナ姉をダンスに誘うとしよう。
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「ユウ、少しいいか?」
「ん?親父·········」
結局、家に帰ってきたマナ姉はすぐ自分の部屋に行ってしまった。教師達と学園祭についての最終会議を行っていたらしく、晩御飯は外で食べたらしい。
部屋の扉をノックしても返事は無かったので、リビングに降りて明日について考えていると、風呂上がりの親父が俺の前に座って母さん手作りのクッキーを食べ始めた。
「マナはな、寂しいんだよ」
「え········」
「お前が生まれてから、マナはずっとお前の傍に居たからな。お前はそこそこ格好良いし、友達も多い。女の子の友達が増えても、学生だった頃のマナはお前のすぐ隣でその子達を追い払えたんだ。まあ、多分無意識にな」
差し出されたクッキーを手に取り、口に放り込む。やはり街で売っているものよりも遥かに美味しいな。
「だけど、今年からマナは教師になった。それが理由でもう隣でお前を見守ることはできないだろ?だからこそ、マナは不安なんだよ。きっと、あの子は自分がどうして焦っているのか分かっていない」
「ど、どういう意味だよ」
「お前は様々な出来事を乗り越えるうちに、沢山の少女達に囲まれるようになったな。そんなお前の友人達を、教師であるマナは追い払えないんだ。最初は友人が増えて嬉しかったと思うが、今は混乱しているんだと思う」
「だから、意味が分からないんだって!」
もう日付が変わる少し前だが、俺はつい大声を出してしまった。
「前に母さんが言ってたよ、弟が取られそうで嫉妬してるんだって!だけど、それは相手がディーネさんだったからだ!この前マナ姉が怒ったのは、エリナと魔導フォンで通話したからで········!」
「だからこそ、だ。ディーネがお前を弟として見ているのは俺もマナも知っている。でもな、エリナちゃん達は違うんだよ」
「違うって、何が········」
「ったく、無自覚ハーレム野郎め。こればっかりは俺やテミスの口からは言えないぞ?」
「な、何でだよ!」
「はっはっは、悩め悩め馬鹿息子。父親としては何とも複雑な気分だが、俺はお前達を応援するつもりだ········多分。それと、最後に一つ。お前はどうして剣聖を目指して剣の腕を磨いてきた?」
よく分からないことを言い、親父は寝室に向かった。1人リビングに取り残された俺は、机に額を押し付けて考える。
エリナ達と仲良くなった事が、マナ姉にとって何がまずいんだ?どうしてそれが理由でマナ姉は焦るんだ?それに、俺がどうして剣聖を目指すのかって、そんなの········。
───お父さんやお母さんはユウ君に彼女ができたらきっと喜ぶと思うけど、私はちょっと寂しいかな
親父が言っていたとおり、無人島でマナ姉は寂しいと言った。でも、その時はそれだけだったじゃないか。
「くそっ、何なんだよ········!」
どれだけ考えても、親父が言ったことの意味は理解出来ず。やがて日付は変わり、運命の学園祭が始まろうとしていた。




