34.渦巻く嫉妬
「はぁ、何やってんだ俺は········」
面談を終え、廊下を1人で歩く。既に学園祭の準備は様々な場所で始まっており、他クラスを覗けば制作中の看板が見えた。
マナ姉はまだ何かを話そうとしていたのに、俺は何も言わずに教室から出てきた。
普通に考えれば、あのマナ姉が面談後のおしゃべりの為に急いで俺を呼びに来る筈がない。なのに、俺はロイドを見た瞬間に勝手にそう決めつけてしまった。
今から教室に戻ったとしても、マナ姉とまともに話せる気がしないので今日はもう帰ろう。
「ふふ、マナ先生と喧嘩でもしたの?」
クレハは劇の練習で遅くなるので親父が仕事帰りに迎えに来る。なので1人で帰ろうと校舎から出れば、まるで待っていたかのようにヴィータがいた。
「いや、その········喧嘩ではないよ。どっちかと言えば俺の方が悪いしな」
「ユウ君は、マナ先生がロイド先生と仲良くしているのを見るのが嫌なんだね」
そう言われ、俺は何も言えなくなる。確かにその通り、図星だからである。しかし、どうして嫌なのかは分からない。
これまでも、マナ姉は様々な男性に告白されたりしてきた人だ。だけど、そんな光景を見て焦ったりイラついたりはした事は無かった。それなのに、ロイドと話している時は違う。いつもと違って嬉しそうで、楽しそうだ。
「ああもう、意味不明だ。自分で自分がよく分からない」
「大丈夫、きっとマナ先生も同じ気持ちだから。いつか互いに気持ちを理解する日が来ると思うよ?」
「マナ姉も同じ気持ちって、どういう意味だ?」
「ふふ、それは自分で考えないと」
くるりと回り、ヴィータが歩き出す。俺は、自然と彼女の隣に並んで歩幅を合わせた。
「そういえばユウ君、〝後夜祭〟は誰と踊る予定なの?」
「ん、今のところクレハかな」
学園祭が終わったあと、夜に後夜祭が行われる。パーティー会場となった魔闘場で、生徒達がパートナーと2人でダンスを踊るというのが学園の伝統だ。
クレハから毎日のように誘われているので、俺はクレハと踊るつもりだが········別にパートナーは固定というわけではないので、ヴィータやリース、エリナ達とも踊ることはできる。というか、様々な人達と踊るのが普通だったりするのだ。
「それだと次に私がユウ君を誘えば怒られてしまうかな?」
「え、それって········」
「君がよければだけど、是非私とも踊ってほしいと思ってね」
クレハに加えてヴィータとも踊れば、下手したら学園の全男子生徒達に潰されそうで怖い。
「まあ、そうだな。俺でよければ」
「やった!嬉しいよ」
拳を握って喜ぶヴィータを見て、俺は思わず笑ってしまう。
「珍しい姿が見れたな。本当に俺なんかとでいいのか?」
「うん、君と踊りたいんだ。俺なんかと、なんて言ったらクレハちゃんに失礼だよ?」
「そうか、そうだな。はは、ありがとう」
なんだか照れくさいが、年に1度の後夜祭で可愛い2人と踊れるんだ。周りの視線なんて気にせずに、思う存分楽しむとしよう。
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ーーーマナーーー
「た、ただいま········」
玄関の前で何秒か入るのを躊躇ってしまったけど、覚悟を決めて私は帰宅した。いつも通り玄関に来てくれたのはお父さんで、頭を撫でられてなんだか温かい気持ちになる。
「あの、お父さん。ユウ君は········?」
「もう部屋に戻ってるよ。何かあったのか?」
「う、ううん、何でもないよ」
「お父さんに嘘は通じないぞ〜?」
そのままリビングに向かい、お父さんと向かい合う形で椅子に座る。それから私がエリナちゃんと一緒にいたユウ君に怒鳴ってしまったことを伝えれば、お父さんは突然震え出した。
「マ、ママママナちゃん、それって、ししっ、嫉妬というやつでは!?」
「この前お母さん達にも言われたよ。弟をとられそうで嫉妬してるんじゃないかって。でも、ディーネさんと話しているのを見た時と、エリナちゃんと話しているのを見た時の気持ちは違うくて········」
「待て待て、まさか········!?」
お父さんの顔が真っ青になる。
「ど、どうしたの?」
「良かった、まだ気付いてない系か。潰しておくなら今のうちだけど、可愛い娘が困ってるから力になってあげたい········くうぅっ!」
「········?」
机をドンドン叩いているお父さんだったけど、1階にある寝室から出てきたお母さんを見て笑顔で立ち上がる。
「テミス、いいところに!」
「近所迷惑だぞ、タロー。それで、何かあったのか?」
「実はだな、ゴニョゴニョ········」
「っ!へえ、やっぱりか」
お父さんに顔を近付けられたお母さんは少し顔を赤くしていたけど、耳元で何かを聞いた後に私を見てきた。
「ふふ、昔の私を思い出すな」
「ちょっと俺的にはどうしたらいいのか分からないんだよ。なんとも複雑な気分だぜ········」
「マナはこのまま気まずい状態が続くのは嫌だろう?」
「い、嫌だよ!」
「じゃあ、一度ユウと話をしておいで?きっと、ユウもマナといつも通り話したいと思っている筈だから」
「········うん。ありがとう、お父さん、お母さん」
お母さん手作りの晩御飯を食べてから、私はユウ君の部屋に向かう。お父さんとお母さんの寝室は1階にあって、私達の部屋は3つとも2階にある。なので息を整えながら階段をゆっくり上り、ユウ君の部屋の扉を軽くノックした。
「ユ、ユウ君、あの········」
返事はない。
「えっと、話がしたくて········」
返事はない········けど、突然扉が開いてユウ君が出てきた。
「どうした?」
「あの········」
「悪い、ヘッドホンを付けてたから気付かなかった。入るか?」
「う、うん········」
なんでこんなに緊張しちゃってるんだろう。心臓が暴れて手汗が凄い········それでも私はユウ君に続いて部屋の中に入り、椅子に腰掛けた。
あ、さっきまでユウ君が座ってたのかな。あったかい········。
「それで、どうしたんだ?」
「ひゃいっ!?」
「ど、どうした?」
突然声をかけられて肩が跳ねる。そんな私を見てユウ君は不思議そうにしていたけど、そのままベッドの上に寝転がった。
「ふぅ········」
「ユウ君、疲れてるの?」
「喫茶で提供する料理の値段とかを考えててな。一応エリナと連絡を取り合ってるんだけど········」
「っ、なんで」
「ん?」
あれ、私、何を言おうと思ってたんだっけ。
「ユ、ユウ君は、エリナちゃんのことが好きなの········?」
「え、いや、別にそういう訳じゃないけど」
「だって、今日だって2人で魔法の練習をしていたし、今もエリナちゃんと連絡を取り合ってるって········!」
「魔闘場では偶然会っただけだよ。それに今も、学園祭の事で連絡しているだけだって言っただろ」
ユウ君がそう言ったタイミングで、机の上に置かれていたユウ君の魔導フォンが振動した。同時に着信音が部屋の中に響く。
隣にあるそれに目を向ければ、画面にはエリナちゃんの名前が表示されていて········。
「い、今コールしてくるのかよ。悪いマナ姉、ちょっとだけ········もしもし、エリナ?」
『ユウ?今大丈夫?』
「いや、今はマナ姉と話しててな。また後でかけ直すよ」
『あら、そうだったの。ごめんなさい、それじゃあ────』
「なんで!!」
気が付けば、私は大声を出していた。
「マ、マナ姉?」
『えっ?あの、どうかしたの?』
「今は私と話をしていたのに、どうして········!」
そして、涙が出た。私を見てユウ君は困惑しているけど、堪えられなくなった私は部屋を飛び出す。
「私の馬鹿ぁ········!」
もう、意味が分からない。勝手に怒って、ユウ君達を困らせて。きっとユウ君に嫌われた。ユウ君は何も悪くないのに。
それから私は落ち着くまで部屋に閉じこもったけど、結局今日は朝まで一睡もできなかった。