32.協力要請
「本当にすみませんでしたッ!!」
深々と頭を下げてくるのは、顔を真っ青にしたユリウスである。
「あ、ああ。まあ、頭上げろよ」
「ですが、あのような態度と行為は決して許されるようなものではありません!」
「真面目だなぁ」
あれから1日。正気を取り戻したユリウスは、何度言ってもこうやって頭を下げ続けてくる。クレハの気持ちを無視して付き合うことを強制しようとしたのは許さないが、あれはイーターに寄生されて感情が暴走した結果だ。
謝るのなら、俺よりクレハに対してだろうに。だが、今のクレハを相手に頭を下げても無駄な気がする。
「自らの愚行が分かっているのなら、今すぐ兄さんの前から消えてください」
「でも、僕は········!」
「もう一度言いますよ?消えてください」
「お、落ち着けクレハ。別に俺はなんともないからさ」
そう言って頭を撫でてやると、困った子犬のような表情で俺を見てくるクレハだったが、その後ユリウスを見る目は冷たかった。
「ほら、2人はクラスメイトなんだろ?劇をするんだし、ある程度は仲良くしないとな········まあ、必要以上に近付いたらぶっ飛ばすけど」
「ユウ先輩、本当に僕を許してくれるんですか········?」
「ま、怒ってないわけじゃないけどさ、イーターに寄生されてたんだったら仕方ないというか。その、なんだ。皆の前で愛を叫ぶという黒歴史を作ったわけだし、これ以上罰を与えるのは可哀想というか」
「うぐっ、忘れてください········」
こうして喋ってみると、ユリウスは普通に良い奴だ。好きなのは確定しているのでクレハに接触するのは許さないが。
「で、でも、私は絶対に許しません!暴走していたとはいえ、兄さんを殺そうとして········!」
「大丈夫、生きてるから問題なしだ。心配してくれてありがとうな」
もう一度頭を撫でると、クレハは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。恥ずかしかったのだろうか········あまり子供扱いし過ぎるのもよくないか。そう思って手を離すと、クレハは何故か驚いたように俺を見てくる。
「どうした?」
「あ、いえ、その········もう少し撫でてほしくて」
それから、ユリウスと会話している間はずっとクレハの頭を撫で続けた。
「しかし、まさか僕に魔物が寄生していたなんて········」
「強い負の感情を持つ人物に入り込む、それがイーターだ」
「確かに僕は、クレハさんのことを想っていた。報われないと分かっていても諦められなくて、徐々に辛くなっていきました。奴が反応した負の感情は、恐らく〝嫉妬〟でしょうね」
「嫉妬?誰にしてたんだ?」
「ユウ先輩に決まってるじゃないですか········」
呆れたようにユリウスが俺を見てくる。まあ、他人に嫉妬される程仲良し兄妹というわけか。いつまでも、クレハとはそういう関係でいたいな。
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ーーーマナーーー
「いきなりだがよく聞け。この学園内に、意図的にイーターをばらまいている大馬鹿野郎がいる」
学園長室で、ソンノ学園長は私にそう言った。滅多に見ることのない真剣な表情は普段の学園長からは想像できないもので、思わず緊張が走る。
「これまでに確認された感情喰らいによる暴走事件は5件、そのうち4件が学園内で起こった。最初の地下迷宮事件から私は学園内を調査し続けているが、奴らは学園付近に巣を作ったりはしていない。突然発生している可能性もある、しかし何故学園にばかり現れるのか」
「そういえば、エリナちゃんは誰かに力を渡されて魔人化したって········」
「つまりはそういう事だ。誰かが意図的に魔物を放ち、負の感情を持つ者に寄生させている。それが誰なのかは不明だが、ここでお前に優しい学園長からの命令だ」
立ち上がり、学園長は窓の外に目を向ける。
「そいつを見つけ出せ」
「私だけで········ですか?」
「大勢で動くと悟られるかもしれないからな。私も調査は続行するが、怪しいヤツを徹底的に調べ上げろ」
「そ、そんな、学園内にそんな人がいる筈は·········」
「まあいい、とにかく頼んだぞ。もうすぐ学園祭、各地から様々な人物が集まってくる。そんなタイミングで騒ぎが起これば大問題になってしまうからな」
昔からよくユウ君には『マナ姉は嘘をつくのが下手すぎる』って言われてるけど、もし黒幕と接触した時に私はさり気なく情報を聞き出すことが出来るのか、ちょっと心配だなぁ。
そう思いながら学園長室から出て、私は職員室を目指して歩き始める。今頃ユウ君は何をしているんだろう、もうクレハちゃんと帰っちゃったのかな。
「マナ先生、お疲れ様です」
「ふふ、ロイド先生こそお疲れ様でした」
もうすぐ職員室が見えてくる辺りでロイド先生が声をかけてきたので立ち止まる。
私が学生だった頃から優しく接してくれている人で、生徒達からも大人気のロイド先生。最近はよく話しかけてくれるから、ついユウ君達について語っちゃうんだよね。
先生になりたての私なんかを慕ってくれている生徒達は本当に可愛くていい子ばかりなので、そんな子達の良さを理解してくれているロイド先生との会話はとても盛り上がる。
「学園長と話をしていたみたいですけど、何か問題でもあったんですか?」
「いえ、大したことでは·········」
「私でよければ力を貸しますよ?」
ロイド先生は信頼できる人だから、イーターについて調査することを言っても大丈夫かな?
「実は····───」
それからロイド先生に、学園長から依頼された黒幕探しについて伝えると、ロイド先生は滅多に見せることのない怒った表情になった。
「まさか、そんなことをしている人物が学園内に居るなんて」
「早く見つけ出さないと、大変なことになってしまうかもしれません。だから、何か分かったことがあれば連絡してほしいんです。お願いします·········!」
「そ、そんな、こんな場所で頭を下げなくても手伝いますよ。他ならぬマナ先生からの頼みですからね」
「あ、ありがとうございます!」
「ところでマナ先生、最近嫌な思いや辛い思いをしたりはしていませんか?」
突然そんなことを聞かれたので、私は顔を上げてから頷く。
「はい········生徒達が魔人化したり、ユウ君が怪我したりしているので········」
「強い負の感情に魔物は反応するとの事ですので、マナ先生も気を付けてくださいね?」
「ええ、ありがとうございます」
最後ににこりと笑い、ロイド先生は廊下の向こうへと遠ざかっていく。味方になってくれたのは心強いけど、あまり迷惑はかけ過ぎないように気を付けなきゃね。