30.ユリウス・バルトリオ
ユリウス・バルトリオ。今年入学してきた生徒の中ではクレハに次ぐ成績であり、《魔導銃》と呼ばれる武器を扱う眼鏡男子。クレハと同じクラスで委員長、そして恐らくクレハに惚れていると思われる········。
「で、ユウ君に決闘を申し込んできたと」
「俺に勝てば、クレハが自分を認めてくれると思ってるんだろうな。頭は良いんだろうけど、何を考えてんだか」
帰宅後、俺の部屋でマナ姉とユリウスについて話し合う。クレハは劇の練習で帰るのが遅くなると言っていたけど、ギルドで依頼を受けている親父が迎えに行くらしいので帰りは大丈夫だろう。
ただ、まさか告白するのではなく兄である俺に勝負を挑んでくる奴がいるとは。勿論相手の実力は俺より上、俺が負ければクレハがユリウスに惚れる可能性もあるはずだ。
「どうしたもんかなぁ」
「ふふ、クレハちゃんはいつもユウ君にべったりだもんね。多分ユウ君以外の男子に興味無いけど、ユウ君以上の強さを見せれば········って思ってるんじゃないかな」
「まあ、1回断ったんだけどさ。逃げるのかーとか負けるのが怖いのかーとか散々言われてな。それでまたクレハが怒っちゃって、色々考えた結果決闘を受けたんだよ」
この話は既に学園長も知っており、楽しそうに魔闘場の使用を許可してくれた。決闘は明日の放課後に行う予定で、多分話を聞いたギャラリーが多く集まってくるだろう。
刀を使う俺に対して、銃という遠距離攻撃用の武器を使うユリウス。接近戦に持ち込めば勝てる気はするが、そもそも接近を許してくれるかどうかが分からない。
「大丈夫、ユウ君なら勝てるよ」
「へえ、俺を応援してくれるのか」
「可愛い弟が負ける姿なんて、たとえ相手が学園の生徒だとしても見たくないからね。それに、最近のユウ君は前よりもずっと強くなってるから」
「この前無人島でちょっとレベルが上がっただけだぞ?魔闘力だって、多分ユリウスは俺の倍以上あるはずだ。だからといって、負けるつもりは微塵も無いが」
「うんうん、その調子だよ」
「ところでマナ姉、話は変わるんだが········なんか最近ロイドと仲良くないか?」
話題を変えてやると、マナ姉は俺の頬を引っ張ってきた。
「ロイド先生、でしょ?」
「いでで!ちゃんと付けるって」
「私が学生の頃から話を聞いてもらったりしていたからね。今でもよく話はするけど········それがどうしたの?」
「········いや、ちょっと気になっただけ。やっとマナ姉も素敵な相手に出会えたのかなと思ってな」
「へっ!?な、何言ってるの、別に私はロイド先生とそんなつもりで話したりしてるわけじゃ········!」
顔を赤くして否定するマナ姉。怪しい、これは非常に怪しいぞ。
「もう、ユウ君ったら········」
「まあいいや。そろそろクレハ達も帰ってくるだろうし、先に飯の準備をしておこう。マナ姉はどうする?」
「て、手伝うけど」
「それじゃあ、一緒に」
マナ姉がロイドと結ばれれば、こうしてマナ姉の隣に立つのは俺ではなくロイドになる。帰宅したマナ姉を迎えるのも、暇な時間に他愛ない話をするのも、マナ姉が寝ぼけて布団に潜り込むのも········全てロイドの特権だ。
「ユウ君、どうしたの?」
「何でもないよ」
どうやら俺は、自分が思っている以上にマナ姉という存在に甘えていたらしい。僅かな変化を感じられながらも、俺は苛立ちを表に出さないように気を付けながら、マナ姉と共に台所へと向かうのだった。
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「バルトリオ家········貴族との決闘ね」
「えっ、あいつ貴族なのか?」
翌日、放課後。
準備を終えて魔闘場内にある控え室で待機していた俺は、真剣な表情でこちらを見ているエリナの話を聞いて驚いた。
「エレキオール家と同じ規模の領地を持つ有名な貴族よ。まさか知らなかったの?」
「いやぁ、興味無いもんで」
「貴族には平民を嫌う者が多いわ。もしかすると、貴方が不利になる条件で決闘を挑んでくるかもしれないわね」
「大丈夫だ、クレハの前でそんな事はしないだろうし」
認めてもらいたいから俺と戦いたがっているのに、格下相手に不利な条件を突きつけたりしたら評価はガタ落ち。なので、恐らくユリウスは正々堂々挑んでくるはずだ。
「それにしても、どうして決闘を受けたのよ。どうせユリウスは貴方の妹に振られるのだから、決闘なんてする意味は無いと思うけれど」
「逃げるのかとか言われたら、そりゃ俺だってムカつくからな。それに、クレハに近付く危険人物は早い段階で潰しておくべきだ。ユリウスの強さを見て惚れられたら非常に困る」
「はぁ········あの子が力に興味が無いことなんて、貴方への態度を見ていたら嫌でも分かるわよ?」
「どういう事だ?」
「この先苦労するわよって話」
呆れた表情で俺を見てくるエリナにどういう意味だと聞こうとした時、扉が開いてヴィータが中に入ってきた。彼女の後ろにはリースとソルもいるので、多分応援に来てくれたんだろう。
「君はいつも面白いことの中心にいるね、ユウ君」
「妹のハートが遂に奪われてしまいそうで、兄としては胃が痛いくらいだ」
「緊張すると動きに影響が出るよ。ほら、ちょっと手を貸してくれるかな」
そう言われたので手を前に出すと、突然ヴィータがその手を優しく握ってきた。何をするつもりなのかと驚いたが、徐々に気持ちが落ち着いてきたのが感じられる。
「ヴィータ、何を········?」
「気持ちを鎮める魔法みたいなものかな。これも昔から使えた力の一つでね」
「凄いな、本当に落ち着いたよ。ありがとうヴィータ」
「私も皆も、君が負ける姿なんて見たくないからね。決闘の理由はよく分からないけど、君の勝利を祈っているよ」
おいおい、ヴィータは聖女だったのか。彼女の優しさに感動しながらも、そろそろ時間なので俺は立ち上がる。
「しっかし、好きな子の兄貴に喧嘩を売る奴がいるとはなぁ。まあ、確かにクレハちゃんはユウにべったりだから、嫉妬する気持ちは分からんでもないが」
「それは俺が兄だから甘えてくれてるだけだ。いつか兄離れする日が訪れるさ。永遠に来なくていいけど」
「はっはっはっ、仲良し兄妹だねぇ」
豪快に笑うソルだったが、突然かなり強めに背中を叩いてきたので変な声が出てしまった。
「な、何だよ!」
「可愛い妹に恰好いいトコ見せるチャンスだぜ。負けてクレハちゃんが悲しまないように頑張れよ」
「おう、言われなくてもな」
背中がジンジンするけど、これのおかげで試合に集中できそうだ。改めて気合を入れ直し、刀を持って呼吸を整える。
「勝ったらジュース奢ったげるな〜」
「一番高いやつを頼む」
「おっけー、お菓子もオマケするで!」
満面の笑みを浮かべながら親指を立てるリースの頭を軽く撫で、俺は控え室から出た。いよいよ格上との魔闘戦だ。こちらも全力で挑ませてもらうとしよう。
「······ああいうこと不意にしてくるから心臓に悪いねんなぁ」
「あはは、顔が赤いよリースさん」
「もう、ユウったら········」
「リースちゃん俺も!俺も撫でていい!?」
「嫌です〜」
········中から楽しそうな会話が聞こえてくるけど、クレハとマナ姉にやる癖がついてるから仕方ない。とにかく、今からは試合に集中させてもらうぞ。