番外編 マナ姉のダイエット大作戦
「あ、あれ?おかしいなぁ········」
その日、マナは妙な違和感を感じて首を傾げた。
自室にある姿見に映るのは、下着のみを着用している自分の姿。しかし、胸元がいつもよりも苦しいのだ。
「ま、まさか太ったんじゃ········」
そう考えると徐々に顔が青くなっていった。一応毎日運動はしているのだが、食べ過ぎが原因なのだろうか。
そういえば最近ドーナツを毎日食べていたなと思いながら、1度ブラを外して伸びをする。丁度そんなタイミングで、突然部屋の扉が開いた。
「おいマナ姉、今日朝から職員会議あるとか言ってたろ。そろそろ出ないと遅刻す────」
中に入ってきたのはユウであり、上半身裸のマナを見て、彼の顔はみるみるうちに赤くなった。同じく、マナの顔も。
「わ、悪い!」
「にゃーーーーーッ!!」
狼の獣人なのだが、マナは恥ずかしさのあまり猫のような声を出すのだった。
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(うぅ、視線を感じるよぉ········)
学園での授業を終え、現在放課後。職員室を目指してマナは歩いている最中なのだが、様々な方向から視線を感じて顔を赤くしていた。
(や、やっぱり太ったんだ。どうしよう、ダイエットした方がいいのかな)
集まる視線は彼女の容姿に目を奪われた男子生徒達が向けているものだが、太ったことを気にしているマナは違う意味で捉えてしまっていた。普段ならのほほんとしているので視線に気付いていないが、今日は少々敏感になっているらしい。
(うん、決めたよ。私は今日からダイエットします。どんな誘惑にだって負けないんだから!)
「あ、姉さん。今日持ってきていたドーナツが余ったのですが、よければ食べますか?」
「食べるー!」
気が付けば、クレハから渡されたドーナツ2つをぺろりと平らげていた。
「おいしーねー」
「はい、母さん手作りのドーナツですから。ところで姉さん、先程から気になっていたのですが········」
「ん〜?」
「最近また大きくなっていませんか?」
ぴしりと、マナの中の何かにヒビが入る。
「ドーナツの魔力に心が奪われちゃってたよ········」
「え?母さんのドーナツは魔力を発しているのですか?」
「で、でもでも、まだ負けてないもん!」
「ね、姉さん?」
大きくなっていませんか=お腹が膨らんできてませんかに脳内変換され、マナは半泣きの状態でクレハの前から走り去ってしまった。そんな姉の背中をキョトンと見つめるクレハだったが、後ろから肩を叩かれたので振り返る。
「あら、兄さん」
「お疲れクレハ。マナ姉と何か話してたみたいだったけど」
「余ったドーナツを食べてもらっていたんです。でも、少し様子がおかしかったような········」
「あー、そういえば今朝、姿見の前で硬直していたな。何かあったんだろうか」
「兄さんったら、姉さんの着替えを覗いたんですか?覗くのなら、私の着替えでよければいくらでも────」
「ちょっと気になるから話を聞いてみるか」
そう言って、仲良し兄妹は職員室に向かったのであろう姉を、肩を並べて追うのだった。
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「ごちそうさまでした!」
「は?いやいや、どうしたんだよマナ姉」
「姉さんが唐揚げに手をつけないなんて········」
その日の晩から、マナは食事の量を制限した。
「マナ姉、コロッケ揚げたけど────」
「ちょっと走ってくるね!」
「姉さんがコロッケに見向きもしないなんて········」
誘惑に耐え、自分を奮い立たせる日々。
「姉さん、一緒にドーナツでも────」
「ユウ君が食べていいよ!」
「ほんとにマナ姉か!?」
あれから何度か兄妹に事情を聞かれているが、太ったと言うのは恥ずかしいので2人には何も伝えていない。
しかし、徐々に限界が近付いていた。
「うぅ、お腹空いたよぉ········」
「どうしたんだよマナ姉。悩みがあるんだったら言ってくれよな」
ダイエット開始から数日後の夜、美味しそうな匂いに釣られて訪れたユウの部屋でそう言われ、ユウが食べているクッキーから目を逸らしながらマナは口を開いた。
「あ、あのね、最近私の体を見て何か変わったな〜とか思ったりしてない?」
「いや、別に?」
「ほ、ほら、お腹とか触ってみて?」
顔を真っ赤にして目を閉じながら、マナが服をぐいっと上げて腹部を晒す。それを見てユウは目を見開いたが、やがて恐る恐る姉のお腹を軽く掴んでみた。
「········うん、柔らかいな」
「やっぱり太ったんだああ!」
「はあ?」
半泣きになったマナだが、1度彼女から離れて頭からつま先までじっくりと凝視したユウは首を振る。
「別に太ってないだろ」
「嘘だよ!だって、最近夜食とかいっぱい食べたもん!」
「あっ、まさかダイエットしてたのか?」
誰がどう見ても、マナが太ったとは思わないだろう。逆にちょっと痩せたのではないかとユウは思っていたくらいだ。
「ふ〜む」
「ど、どうしよぉ」
可愛い姉が真剣に悩んでいる問題なので、ユウは改めて姉の全身を見渡した。そして、とある部位で目が止まる。
「あのさ、マナ姉」
「は、はいぃ」
「胸が大きくなっただけじゃないか?」
「へっ、胸?」
そう言われ、マナは自分の胸を触ってみる。
「ん、ん〜?」
「なんで太ったと思ったんだ?」
「それは、えっと。最近胸が苦しいなって········」
「ほら、胸が大きくなったんだよ」
やれやれと溜息を吐き、ユウはマナにクッキーを差し出す。
「最近食事を制限してたから、逆に痩せちゃってるぞ。お腹空いてたんだろ?」
「い、いいの········?」
「まあ、太ったなと思ったら注意するからさ。無理に痩せようとする必要はないよ。ほら、一緒に食べよう」
「あ、ありがとうユウ君!」
久々にマナはクッキーを頬張った。そう、ユウの言う通りで太ったのではなく胸が大きくなっただけなのだ。
「えへへ、良かったぁ」
「だ、だからって食い過ぎるなよ?」
「は〜い」
その後、日付が変わる直前まで、楽しく雑談しながら母手作りのクッキーを2人で食べる姉弟なのであった。




