26.山頂での戦闘
やがて辿り着いた山頂では、リース達が縄で縛られていた。その縄には魔力を封じる効果があるようで、全員ぐったりしながら倒れている。
そして、3人の後ろには1人の魔族が立っていた。
「まさか、たった2人でここまで来るとは」
これまで戦ってきた魔族達よりも遥かに強大な魔力を纏い、不気味な笑みを浮かべている男。
マナ姉も敵をかなり警戒しているらしく、敵を睨みながら魔力を身に纏っていた。
「お前、リース達に何をした」
「別に何もしていないさ。君も我々の目的は聞いただろ?始まる戦いに備えて人質として有効活用させてもらうだけだ」
「俺達は偶然この島に流れ着いた。もし俺達がこの島に来ていなかったとしたら、お前はどうするつもりだったんだ?」
「さあ?ただ、運が我々に味方したのは事実だ。君達さえ居れば、我々が負けることは有り得ない」
人質を使わなければ勝てない敵が、もうすぐこの島に攻めてくる。このまま俺達がここに留まれば、戦闘に巻き込まれることは確実だ。
「余計なことに学生を巻き込むな。死にたくないのなら、お前達だけの力で戦えよ」
「人間如きが生意気なことを言う。なんだったら、今君をここで殺してもいいんだがね」
と言う魔族の発言に、隣に立つマナ姉がキレた。突如とてつもない魔力を小さな体から解き放ち、雷光を纏いながら一歩前に出る。
「殺す?ユウ君を、貴方が?」
「なるほど、君はかの有名なマナ・シルヴァか。我々の秘密兵器の1つだったキメラスパイダーの反応が消失したのも納得だ」
「貴方達が何者で、何故強大な敵と戦おうとしているのかは分かりません。でも、ひとつだけ分かったことがあります」
次の瞬間、マナ姉が消えた。
「私の生徒達と弟に手を出そうとした。つまり貴方は私の敵です」
「ぬッ────」
一瞬で距離を詰めたマナ姉が放った蹴りを、魔族の男は腕を交差させて受け止めた。
しかし、あっさりと押し負け吹き飛んでいく。その隙にマナ姉は雷魔法でリース達を縛る縄を焼き、再び男目掛けて駆け出した。
「ククッ、恐ろしい蹴りだな。だが、それが君の全力ではないだろう?」
「サンダースタンプッ!!」
「お、おいマナ姉、本気出すと俺達まで────」
跳躍したマナ姉が、縦に回転しながら猛スピードで急降下し、体勢を立て直そうとした男に踵落としを繰り出す。
ギリギリで男はそれを避けたが、マナ姉の踵は周囲を粉々に粉砕し、さらに足元から放たれた雷が容赦なく男を襲った。
「ぐああっ!?」
「誰も人質になんてさせません!」
「はは、ははははっ!もし君をこちら側に引き込むことができれば、あの化け物にも勝てる········!」
「引き込む?········うっ!?」
追撃を加えようとしたマナ姉に、魔族の男が懐から取り出した黒い瓶を投げつけた。
それを咄嗟に蹴って割ったマナ姉だったが、中から飛び出した黒い煙を見て目を見開く。
「あれは、感情喰らい········!?」
俺もマナ姉も見覚えのある、黒い煙型の新種。それはマナ姉の周囲を渦巻き、やがて彼女の顔にまとわりついた。
「むぐっ!?」
「ま、マナ姉!」
人の脳に寄生し、感情を暴走させる最悪な魔物。あんなのがマナ姉の中に侵入したら········!
「だい、じょうぶ········!」
助けようと思い、俺は駆け寄ろうとしたんだが───イーターが体内に侵入したのと同時にマナ姉は一気に魔力を解き放った。
魔力が全て雷へと変換され、マナ姉の魔力を通って頭を目指そうとしていたイーターは外に弾き出される。
そして、マナ姉は雷魔法を放って蠢くイーターを跡形もなく消し飛ばした。
「はぁ、はぁ、びっくりしたぁ」
「まさか、【パラサイト】を消滅させるとは」
「イーターの侵入を阻止する方法は、体内に入ってから脳へ到達する数秒の間に魔力を解き放って体外に弾き出すこと。ただ、その際の苦痛に耐えられなければ不可能だって学園長から聞いていたけど、これは確かにきついね········」
フラフラになっているが、マナ姉は自らの力でイーターを弾き出したのだ。
「イーター?ほう、君達はパラサイトのことをイーターと呼んでいるのか」
気が付けば、魔族の男が負った傷は完治していた。そして、先程よりも膨大な魔力を放ちながら、男は歪な笑みを浮かべる。
「いいね、どうしてこの世界は我々にこうも試練を与えるというのだろうか!いや、この程度の試練は乗り越えなければ、我々は王にはなれないということか!」
「何を言って────」
「そうだ、魔界は我々のものなのだ!!」
次の瞬間、どす黒い魔力が山頂を包み込んだ。驚いたマナ姉は急いで俺の隣に跳んできたけど、ダメージが残っているのかそのまま尻餅をついてしまった。
「········マナ姉は休んでろ」
轟音が鳴り響き、気が付けばどす黒い魔力は消えていた。そして、向こうに立つ男の姿は先程とはまるで違う、禍々しいものとなっていた。
地下迷宮で戦った、魔人化したエリナによく似ているのだ。全身が黒く染まり、全身からは結晶のようなものが生えていて、こちらを見つめる瞳は暗く濁っている。
『ふむ、パラサイトから得られる力はこれ程のものか』
「あいつ、イーターを自ら取り込んだのか!?」
「だ、駄目だよユウ君、下がって!」
気絶している3人、暫くまともに動けないマナ姉。彼女達を守りながら、一番弱い俺はあの魔族を相手にどれだけ戦えるだろうか。
「いや、恐れるな········ユウ・シルヴァ」
刀を構え、魔力を纏う。
修学旅行の妨害をされ、大切な人達に手を出された。この男達の目的ははっきり分かったわけではないが、戦う理由はそれだけで充分だ。
『我が名はディオ、新たな魔族の支配者となる者だ。人質として有効活用しようと思っていたが、気が変わった。マナ・シルヴァだけではない。君達全員を我々のものとしよう』
「やれるものならな!」
そう言って俺は踏み込んだが、突然腹部に激しい痛みが走って思わず顔が歪む。視線を下に向ければ、ディオの爪が伸びて俺の腹部に突き刺さっており、敵は抉るように腕を回してみせた。
『········終わりか?』
「ぐっ、あ········」
敵の攻撃が見えなかった。つまり、今の俺ではディオの相手にならないということだ。
『勝てない、そう思ってしまった君は恐怖に支配されている。さあ、パラサイトはどれだけ食いつくかな?』
「恐怖?馬鹿言え、こんなの母さんとの稽古に比べたらチャンバラごっこと同レベルなんだよ!」
爪を切断し、腹部の痛みを堪えて俺は地を蹴った。俺を見てもディオはその場から動かないが、その余裕をぶった斬ってやる。
「幻襲銀閃!!」
『死貫爪』
決着は一瞬だった。
右手から猛スピードで伸ばされた5本の爪が、分身と俺本体を容赦なく貫いたのだ。
血が飛び散り、視界が歪む。マナ姉の悲鳴が聞こえた、気がする。俺は、どうなった········?
「は、はは、弱いな········」
何故、今まで死ぬ程努力してきたのにレベルが上がらないんだろうか。それどころか、筋トレしても走り込んでも、多少筋肉がついて多少体力が多くなっただけだ。
おかしいな。こんな目に遭ってるからか、久々にイライラしてきたぞ。
「あぁ、ムカつくなぁ········」
刀を握る手に力が入る。魔力が溢れる。殺意が暴れる。そんな俺の変化を感じ取ったのか、ぼやける視界の端でマナ姉は顔を真っ青にしていた。
さあ、あとは立つだけだ。立って、俺達をこんな理不尽な目に遭わせた敵を殺して────
「魔力の暴走?駄目だよユウちゃん、大切な人を守りたいのなら、自分の感情と魔力をきちんとコントロールしなきゃね」
「え········」
いつの間にか、俺の傷はある程度癒えていた。腹部からはまだ血が流れているが、どうして俺の服はこんなに濡れているのだろうか。
「さあ、あとは私達に任せて休んでいてね」
「え、あれ、ディーネさん!?」
混乱する俺の前には、凄まじい魔力を身に纏いながら優しい笑みを浮かべるディーネさんが立っていた。