24.マナ姉の戦闘スタイル
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付けば夜になっていた。慌ててマナ姉達が雷魔法で集めてきた木を燃やし、そのおかげで俺達が居る場所はそれなりに明るかった。
今は釣った魚などを食べ終えてゆっくりしている最中で、俺とマナ姉以外は皆すやすやと寝息を立てている。
「何も味付けしなかったのに美味しかったねぇ········」
「そういやマナ姉は魚が好きなんだったな」
焼いた魚達の味を思い出したのか、マナ姉の緩んだ口元から涎が垂れそうになっているんだが。
それを指摘すると顔を真っ赤にしていたマナ姉だったが、1度眠るエリナ達を見てから彼女は満天の星空を見上げて言った。
「ねえ、ユウ君は3人の中の誰が好きなの?」
「ぶふっ!?」
折角ろ過した水を吹き出す。
「急に何を言うんだよ········」
「リースちゃんとは去年から仲良しだし、最近はエリナちゃんとヴィータちゃんともいい感じだよね。それから1年のアーリアちゃんには告白されたんでしょう?」
「ま、待て待て。確かに告白されたりはしたけど、俺は皆のことを友達としか思ってなくて········」
「ふ〜ん?」
マナ姉は、夜空を見上げたまま少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
その後互いに無言で星を眺める時間が暫く続いたが、突然マナ姉が俺の肩にもたれかかってきたので少し驚いた。
マナ姉と俺は水着を身にまとっているだけであり、触れ合った箇所からマナ姉の体温が直に伝わってきてドキドキする。
「ま、マナ姉?」
「もしユウ君が誰かとお付き合いすることになったら、こうして一緒に居られる時間も少なくなっちゃうね」
「それは、まあ········」
「お父さんやお母さんはユウ君に彼女ができたらきっと喜ぶと思うけど、私はちょっと寂しいかな」
「まだ俺は誰かと付き合ったりするつもりはないよ。今は剣の腕を磨くことの方が大切だからな」
そう言ってから寝転がる。するとマナ姉も同じように寝転がったが、数秒経つと可愛らしい寝息を立て始めた。
相変わらず不思議な人だと俺は思う。相当眠かったんだろうけど、俺と話がしたくて起きていたんだろうか。
それにしても、弟の前だからっていくらなんでも無防備すぎる。もしマナ姉が将来誰かと結婚したとすれば、こうやって無意識に相手を興奮させること間違いなしだ。
「やれやれ、何年経ってもマナ姉は子供だな」
マナ姉を抱え、女性陣が寝ている場所まで運ぶ。その最中にマナ姉の口から溢れた涎が俺の腕にがっつり垂れてきたのは、ある意味いい思い出だったりする。
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翌日、目を覚ました俺は目を疑った。
「ん、んん〜········」
女子用の寝床に運んだはずのマナ姉が何故か俺の隣で寝ていて、さらに俺はマナ姉の胸をがっつり握っていた······というのはよくあることなので目は疑わなかった。いつもごちそうさまです。
俺が目を疑ったのは、向こうにある女子用の寝床からリース達の姿が消えていたからだ。
まだ日が昇りきっていない時間帯なのに、3人揃ってどこに行ったんだろうか。
「マナ姉、ちょっと起きてくれ」
「ん〜········」
枕だと勘違いしているのか、マナ姉は俺の腕に抱き着いたまま離れようとしない。
なので少し強引に揺らせば、可愛らしい欠伸をしながらマナ姉はゆっくりと体を起こした。
「どうしたの·······?」
「リース達がいないんだ。だから何かあったのかと思ってな」
「ん〜、んん?なんか色んな人の匂いがする」
マナ姉は獣人なので鼻が利く。それからふらりと立ち上がったマナ姉は女子用の寝床まで歩き、ふと真剣な表情になって俺に目を向けてきた。
「かなり強力な睡眠魔法が使われてるね。それに、この匂いは········」
「知ってる匂いか?」
「ううん、違う。この周辺に漂っている匂いは、魔族特有の匂いだよ」
「魔族だと?」
人より強大な魔力を誇る魔族、ベルゼブブさんやディーネさんのことだ。
そんな連中がどうしてこんな島に居るんだろうか。というか、まさか魔族達がリース達を連れ去ったのか?
「私達には気付かなかったのかな」
「まあ、離れた場所で寝ていたし。マナ姉がなんで俺の横で寝ていたのかは理解できないけど」
「い、いつの間にか無意識に動いてたみたい」
「怖いな」
相手はどうやら間抜けな連中らしいが、何が目的なのかは分からない。俺の予想ではあの平らな山に魔族達は潜んでいると思うので、俺達は急いで装備を整えた。
「っ、ユウ君」
「ああ、今更俺達に気付いたか」
木々の隙間から飛び出してきたのは、様々な武器を構えた魔族達。全員が高い魔力を纏っており、俺とマナ姉を逃がさない為に取り囲んでくる。
「おっと、動くなよ。抵抗しなけりゃ乱暴はしないからよ」
「おい見ろよ。あの獣人、めちゃくちゃ可愛くないか?」
「ははっ!連れていく前にここで楽しませてもらうかぁ?」
ふむ、相手の力量を見抜けない馬鹿ばかりか。俺の隣に立つマナ姉が、不快感からか徐々に殺気を放ち始めているというのに。
「おい、黒髪の男は縛っとけ」
「はいよ」
魔族の1人が縄を持って俺に近付いてくる。しかし、彼が俺を掴む前にマナ姉が立ちはだかった。
「なんだい嬢ちゃん、自分だけを見てほしいってか?」
「ユウ君に手を出すつもりなら容赦しませんよ」
「ヒュウ、かっこいいこと言────」
凄まじい速度で放たれた蹴りが、ニヤニヤしていた魔族の顎を捉えた。
何が起こったのか、きっと彼は理解できなかっただろう。とてつもない破壊力の蹴りを食らい、魔族の男は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「なっ!?一体何を────」
「遅いッ!!」
ぶるりと、思わず腕が震えた。
普段は見ることができない、マナ姉の対人戦闘。雷を纏った彼女は最早俺の目で追うことなど不可能で、気が付けば殆どの魔族が地に伏している。
マナ姉が戦闘で主に使うのは脚であり、巨石を一撃で粉砕する程の威力を誇る蹴りが次々と放たれ魔族を襲う。
しかしどうやら全力の蹴りは全て当たる寸前で止めているらしく、魔族達は蹴りの風圧で脳震盪を起こして倒れているようだ。
「何が目的で私達を襲ったんですか?」
「ぐっ、い、言うかよ········!」
「そうですか、それなら───」
唯一気絶しなかった男が勇敢にもマナ姉に歯向かったが、空中に浮かび上がった数十個の魔法陣を見て股間が濡れ始める。
「私の生徒が危険に晒されている可能性が高いので、無理にでも話してもらいましょう」
「ひ、ひえええ!は、話します!話しますから殺さないでええええ!!」
あの魔法陣は、全てエリナの切り札である上位魔法の【ライジングストーム】だな。それも威力はエリナの数倍。
無詠唱で上位魔法を数十個同時使用するとは········やはり俺の姉は恐るべき実力の持ち主である。
普通は俺が格好良くマナ姉をこの連中から守るべき状況なんだが、その必要は微塵も無いようだ。
「ひ、人質だよ!奴らがこの島に来た時の為に、島に流れ着いた人間を捕らえてこいって命令されたんだ!」
「奴ら?この島で何かが起こるんですか?」
「きっと大規模な戦闘になる、今度こそ俺達は終わりだ!」
「それで、どうして私達は最初に連れて行かなかったんですか?」
「そ、存在に気付かなかったからだ!」
なるほど、本当にお馬鹿な連中だったというわけか。そう思いながら漏らした男を見ていると、僅かだが彼の魔力が高まったように感じた。
「畜生!なんで俺がこんな目に········!」
「まだ話してもらうことはありますよ」
「畜生畜生畜生畜生畜生!全部お前らのせいだァァァッ!!」
「っ、離れろマナ姉!」
咄嗟に加速を使ってマナ姉を抱え、その場から勢いよく俺は跳んだ。
その直後に起こった爆発は周囲に倒れる魔族達を巻き込み、先程まで俺達が居た場所を爆風が吹き飛ばす。
「じ、自爆しやがった········」
煙でよく見えないが、恐らく巻き込まれた魔族達の中に生存者はいないだろう。
「これは思ったよりも大事に巻き込まれたな」
「うん、急いだ方がいいかもしれない」
何かがこの島に攻めてきて、大規模な戦闘が行われる。その際に連れ去られたリース達は人質として使われるというのだ。
やれやれ、のんびりもさせてもらえないとはな。休ませてもらえないことに若干苛立ちながらも、俺はマナ姉と共に山を目指して駆け出した。