23.合流
「ユウ君見て、カニさんだよ」
合流してから1時間、マナ姉は何かを見つける度にまるで子供のように話しかけてくる。
はしゃぐ姿は可愛いんだけど、カニなんか別にオーデム近辺でも見れるだろ。掴んで俺に渡すんじゃありません。
「ふふ、マナ先生って意外と子供っぽいのね」
「これが本来のマナ姉だよ。外じゃ一応大人っぽく振舞ってるけどな」
コソッと会話すると、エリナはマナ姉を見て微笑んでいた。俺はエリナがマナ姉に憧れていることを知っているので幻滅するのではと思ったが、どうやらそんな事はなさそうだ。
「涼しいね〜」
山の方から流れてきている小川の中を歩きながら、マナ姉はとても気持ち良さそうに笑っている。
もう山は目前だが、結局今のところリースとヴィータを見つけることはできていない。
無事だといいんだが········そう思っていると、いつの間にかマナ姉は俺の前に立っており、俺の目を覗き込んでいた。
「ど、どうした?」
「きっと無事だよ。お姉ちゃんがユウ君に嘘ついたことある?」
「何回もあるけど、まあ無事を信じてるよ。2人共俺よりずっと強いんだから」
リースは普通に海を泳いで島に辿り着くか船まで戻っていそうだし、ヴィータも皆の魔力を借りて海から出ているだろう。
だけど、やっぱり心配だ。
「おっと、麓に到着したか」
気が付けばあの大きな岩山は目の前にそびえ立っており、それを近くで見るとなんだか嫌な気配を感じた気がした。
「登ってみる?」
「あそこに洞窟の入口がある。多分山の内部へと入ることができるんだろう。外から登るのはちょっとキツそうだから、内部を調査してみよう」
「もしかしたら2人がいるかもしれないわね」
そんな事を言いながら、俺達は洞窟へと足を踏み入れ────ることができなかった。
何故なら、突然山の上から巨大な魔物が落ちてきて、地面を砕く勢いですぐ近くに着地したからだ。
「ッ〜〜〜〜〜〜!!?」
「お、おい、マナ姉!?」
さらにその魔物を見て、マナ姉は泡を吹きながら気絶してしまった。しかし、その気持ちは分からんでもない。
現れたのは、俺達の数倍はデカい蜘蛛型の魔物。マナ姉のトラウマであるマザースパイダーの成体だったのである。
「くっ、逃げるぞエリナ!」
「わ、分かったわ!」
マナ姉をおんぶし、俺達は全力でその場から離脱した。何故あんな魔物が今更出てきたのかは分からないが、最高戦力であるマナ姉が気絶してしまったので戦っている場合じゃない。
「追ってくるわよ!」
「とにかく走れ!」
長い時間をかけて歩いた小川の横を全力疾走し、気が付けば俺達は浜辺まで戻ってきていた。
しかし、木々を粉砕してマザースパイダーは浜辺に飛び出してくる。これ以上逃げ場は無いので俺はマザースパイダーを迎え撃とうと振り返ったのだが。
「ストームハンマー!!」
「うおっ!?」
突然何者かがマザースパイダーを上から殴り、その衝撃で暴風が吹き荒れ砂が舞い上がる。
風を纏った凄まじい一撃は、巨大な魔物を砂浜にめり込ませる程の破壊力だった。
「ユウ、無事やったんやね!」
「リース········!」
「私もいるよ、【加速】」
さらに別の人物が猛スピードで俺の隣を駆け抜け、起き上がろうとしたマザースパイダーの目の前で魔法陣を展開した。
「ふふ、さよなら。【ライジングストーム】」
放たれたのは、雷を纏った竜巻。エリナの切り札である魔法はマザースパイダーを丸焦げにしてから遥か上空へと吹き飛ばし、そして消滅させた。
あくまでコピーなので、エリナが使う魔法よりも威力は落ちているらしいんだが········さすがだな。
「ヴィータも無事だったか。良かった、皆この島に流れ着いていたんだな」
「うん、この偶然に感謝だね」
俺達を危機から救ってくれたのは、既に服を脱いで水着姿になっているリース、そしてヴィータだ。
それにしても、これ程の美少女達に男1人で囲まれるとは。しかも全員水着姿だし、どこに視線を向ければいいのやら。
「海に投げ出されて、気が付いたら砂浜で寝ててなぁ。起きてすぐにユウ達が居るか捜しに行ってたらヴィータちゃんと会ってん」
「私は皆の魔力を感じてたから無事なのは知ってたんだ。ただ、私達2人が流れ着いたのはユウ君達が流れ着いた砂浜の真逆だったからね。だから合流するのが遅れてしまったんだよ」
「魔導フォンも使えないしな。とにかく、後はこの島からどうやって脱出するかを考えないと」
そう言ってから腕を組んで今後について考えていると、リースとヴィータ、そしてエリナが俺の体をガン見していることに気付いた。
「········なんだ?」
「いや〜、ユウって結構筋肉ついてるんやなって思って」
「確かにそうね。筋トレでもしているの?」
全員に見られるとさすがに恥ずかしいんだが。なのにどうだろう、俺がこうしてヴィータの良く成長した胸を見つめると───
「ちょっとユウ君、何じっと見てるの!」
「ぐえっ!?」
案の定顔を赤くしたマナ姉に叩かれる。というか、いつの間に起きていたんだ?
不平等な世界だ。女子が男子の肉体を観察するのは許されるのに、その逆だと酷い場合は罪に問われるのだから。
「もう、ユウ君ったら········」
「ユウは変態やなぁ」
「お前達も俺の体見てただろ!」
合流できたのはいいけど、こんな事をしている場合じゃない気がする。
あの平らな山で見つけた洞窟の中には一体何があるのか。全然遭遇しなかった魔物、しかし上位種であるマザースパイダーがあそこに近付いた直後に現れた理由は何だったのか。
「うーん········」
これからどう動くかを考えていると、隣にいたエリナも何かを考えているようだったので、俺は彼女の頬を指でつついてみた。
「っ!?な、何?」
「いや、何かあったのか?」
「それは········その、私達全員が無傷でこの島に流れ着いたのは良かったけれど、偶然にしてはちょっと出来すぎだとは思わない?」
「ん、確かにな」
「こんな話は信じられないかもしれないけれど、意識を失う直前に何かが体に巻き付いた気がしたの。もしかすると、誰かが私達全員をこの島に連れてきたとか········」
その可能性は0とは言えないな。
あの船に乗っていた誰かが咄嗟に魔法を使ったのか、それとも偶然魔物に絡まって島の近くまで連れてこられたのか。
「よく分からないなぁ」
「まあ、本当に偶然かもしれないしね。一応その可能性があるってことだけ思ってくれていればいいわ」
「ああ、そうだな」
「何コソコソ話してるん?」
「な、何でもないわ」
「え〜、怪しいな〜」
すっかりエリナとリースも仲良くなったものだ。面倒そうにしているエリナとニヤニヤしているリースのやり取りを眺めていると、マナ姉が俺の水着の端を引っ張ってきた。
「何だよマナ姉」
「あ、あのね、本当なら今頃皆と一緒に修学旅行に行って海水浴してたはず········だよね」
「ん?ああ、本来ならな」
「あの、えっと、ごめんなさい········」
「なんでマナ姉が謝るんだ?」
申し訳なさそうに俯くマナ姉は、俺の水着を掴んだまま思っていたことを話してくれた。
「だって、あの時私がもっと早くに駆けつけていたら、こんな事にはならなかったはずなのに········」
「なーに言ってんだ。俺達だってあの魔物を相手に何もできなかったんだ。別にマナ姉だけが責任を感じる必要はないよ」
「でもっ········!」
「そうだ、折角だから海で遊ぶか。調査も大切だけど、急ぐ必要もないからな」
「え────ひゃあっ!?」
マナ姉の軽い体を持ち上げ、グルグル回転してから海に放り投げる。
それを見てエリナ達は驚いていたが、俺は海の中から顔を出したマナ姉を見て笑ってしまった。
「はははっ、油断したなマナ姉!」
「うぅ、このぉ!」
「うえっ!?」
目で追えない程の速度で背後に回り込んできたマナ姉に持ち上げられ、俺がしたのと同じように海に向かって投げ飛ばされた。
あの華奢な体で俺を持ち上げ、そして砂浜からかなり離れた場所まで投げるとは········やっぱりマナ姉は凄いな。
「な、投げすぎちゃった!ごめんユウ君」
顔面から海に落ちた俺の前までマナ姉が泳いでくる。足がつかない深さなので大丈夫なのかと思ったが、俺の腕にしがみついてきたので大丈夫だろう。
「1人じゃ何もできない········たまにそう思うことがある。だからさ、マナ姉はそんなに責任を感じなくていいと思うぞ?」
「ユウ君········」
「ま、とりあえず今はのんびり楽しむとしよう。おーい、リース達も一緒に泳ごうぜ!」
泳ぎ始めたリース達から視線を戻すと、マナ姉は自分の髪の毛で顔を隠していた。
何をしているのか気になったが、そこで俺は気付いてしまった。
まずいな、マナ姉の胸が腕に当たってるんだが。凄くいい感触なんだが········意識してはいけない。
「海の水、すっごい綺麗やなぁ!」
「冷たくて気持ちいいね。ずっと入っていたいくらいだよ」
「········ちょっとユウ、何鼻の下を伸ばしているの?」
「の、伸ばしてないから」
まあ、もし船が無事だったとしても救助が来るまでは時間がかかるはずだ。
魔導フォンが使えないから連絡することができないので、今はこれを修学旅行だと思って楽しもう。
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ーーー大魔王ベルゼブブーーー
「ディーネ、その情報は確かなのね?」
謁見の間にある玉座、それに腰掛ける私を優しい笑みを浮かべながら見つめるディーネに問いかければ、彼女はこくりと頷いた。
「わざわざ人間界に近い島に逃げ込むなんてね。いざとなったらテミス達の住む大陸に渡るつもりなのかしら」
「多分そうだと思う。まあ、ベルちゃんならそうなる前に無力化できるだろうけどね」
「はぁ、無力化する前に逃げられたから困っているのよ。まさかあれだけの数の部下を囮として使ってくるなんて········やっぱり一撃で全員消し飛ばしておくべきだったわ」
握りしめた拳の中で魔力がバチバチと音を立て、私とディーネのやり取りを見ている部下達が身を震わせる。
ふん、情けないわね。この程度で怖がっていたら、実戦で私達の魔法を見たら気絶しちゃうんじゃない?
「ところでベルちゃん、例の島に逃げた残党達はどうする?」
「明日よ。明日、私と貴女で敵を殲滅します」
「そっかそっか、了解だよ」
くるりと振り返り、ディーネが謁見の間から姿を消す。正直ディーネ1人で今回の件を終わらせることは簡単にできるだろうけど、
何でも部下に任せっきりというのも良くないものね。
「そういえば、今頃ユウ達は修学旅行に行ってるんだっけ。羨ましいわ········」
島と大陸はある程度離れているけど、極力被害が及ばないように気を付けるとしましょう。