20.魔力は魔法を覚えてる
「へえ、可愛い転校生と授業サボって校内デートとか、相変わらずリア充してんなぁユウ!」
「で、デートじゃないって·······ぐっ!?」
放課後、魔闘場。
炎を纏わせた槍を振り回すソルと何度か模擬戦を行っている最中の俺だが、油断した瞬間に強烈な一撃を腹部に浴び、そのまま派手に吹っ飛ばされた。
「あ、悪い」
「いてて·········大丈夫だよ」
吐き気がするけど腹部を押さえて立ち上がり、まだまだ物足りなさそうなソルに向かって地を蹴る。
「俺もクレハちゃんとデートしたいぜ」
「妹に手を出したらソルでも許さん!」
「はっはっはっ、伝説の英雄さんもやって来るだろうしな!」
笑うソルに刀を振り下ろす───と見せかけて横に跳ぶ。放たれる一撃を受け止めようとしたソルは目を見開き、俺は『加速』を発動して急接近。
そして彼の眼前で刀を止めた。
「はぁ、はぁ········俺の勝ち、だな」
「お、おう、油断した俺の負けだ」
ソルに勝利したのはいつぶりだろうか。
多分何百回と模擬戦を行い、5回目ぐらいの勝利な気がする。そんな貴重な瞬間に1人で喜んでいると、突然観客席の方から拍手の音が聞こえた。
「すごいねユウ君、かっこよかったよ」
「ヴィータ?なんでここに········」
マナ姉はプリントの作成、リースとエリナは1ヶ月後に行われる修学旅行についての話し合いに出席、クレハは俺が付き合わないか心配し過ぎて体調が悪くなったらしく、現在保健室で休んでいる。
なので俺はクレハが回復するまでソルと模擬戦を行っていたんだが、まさか転校生であるヴィータに見つかるとは。
「おいユウ、誰だよあの美少女は」
「今日転校してきたヴィータだ」
「てめえ、そりゃあんなに可愛い女の子に応援されてたら俺にも勝てるだろうよ!」
「あはは、仲良しですね」
次の瞬間、俺もソルも固まってしまった。
「あれ、どうしたの?」
かなり高い場所にある観客席から、ヴィータは普通にジャンプして俺達の前に着地したのだ。
華奢な体からは想像できない跳躍力と、着地時の衝撃をものともしない強靭な肉体。
まさかあれか?リースと同じでバリバリの格闘タイプなのか?
「はじめまして先輩、ヴィータ・ロヴィーナです」
「おお、こちらこそはじめまして。俺はソル・ハーネットだ」
「ソル先輩はとても強いんですね。油断しなければユウ君に勝っていたかもしれませんよ?」
ソルがヴィータに褒められて嬉しそうに俺を見てくる。なんかムカつくな、次は油断していなくても俺が勝つ。
「私もちょっとだけ体を動かしたいなぁ」
「疲れてるみたいだけど」
「うん、1日中質問され続けていたからね。学園の恒例行事········魔闘戦、私も参加させてくれるかな?」
「参加って、かなり危険だぞ?」
「大丈夫だよ。ユウ君は優しいから、女の子に酷いことをできないでしょう?」
おっと、指名されたか。
ソルが今度は悔しげに睨んでくるけどそれを無視。とりあえず俺は武器を木剣に変更し、楽しげにクルクル回っているヴィータの前に立つ。
ところでヴィータはどんな魔法を使うんだろうか。彼女からはそれ程魔力は感じないけど、リースタイプの戦闘スタイルなら危険だ。
油断したところで一気に決着········なんてことも充分有り得るので、警戒しながら木剣を構える。
「それじゃあ、始めようか」
ヴィータがそう言った直後、不意に違和感を感じた。何かが体の中から持っていかれたかのような、そんな感覚。
「いくよ、加速!」
「え────」
一瞬だった。
「破槍突!」
「ぐえっ!?」
突然目の前にヴィータが現れたと思った次の瞬間、俺の腹部に押し当てられた手のひらから魔力が放たれたのだ。
実は《加速》という魔法は母さんが作った魔法であり、使い手は母さんと俺······そしてマナ姉だけ。
そして《破槍突》はソルが魔力を槍の先端から一気に放出することで、一撃の貫通力を上昇させる技。
しかし何故、ヴィータがそんな魔法と技を使えたんだ?
などと思っていたら、勢いよく吹っ飛ばされた俺は向こうの壁に衝突して後頭部を強打した。
「いってえええええ!!」
「ご、ごめん、大丈夫!?」
頭を押さえながら悶絶する俺に、ヴィータが心配そうに駆け寄ってくる。
向こうで爆笑しているソルはあとで殴ろう。とりあえず俺はヴィータに無事を伝え、手を借りながら立ち上がった。
「驚いたな、どうやって俺の魔法を?」
「そういえばまだ言ってなかったね。今のは私だけが使える、他人の魔力をほんの少しだけ分けてもらう魔法だよ」
ふむ、さっき感じた違和感は魔力を抜き取られたからか。ただ、そんな魔法は聞いたことがないな。
俺と同じ学年なのに魔法を作ったのだとしたら、彼女は歴史に名を残すレベルの偉業を達成したことになるぞ。
まあ、マナ姉はまだ小さな子供だった頃に何十個もの雷魔法を作ったという伝説を残してるけど。
とにかく、魔法の開発というのはそれだけ凄いことなのだ。
「別に作ったわけではないよ。生まれた時から何故か使えた特別な魔法でね、借りた魔力を使って他人の魔法をコピーする········そんな感じかな」
「魔力から魔法をコピーするのか?」
「空気中に漂っている自然の魔力········最近は魔素と言われているそれを生き物は取り込み、体内で自らの魔力に変換する。信じられないかもしれないけど、魔力は宿主が使用する魔法を覚えているんだよ。私はそんな魔力の記憶から魔法を再現して即座に使用可能なんだ」
な、なるほど、とんでもない魔法だ。
つまりヴィータは相手の魔法を使い放題、その気になれば母さんやマナ姉達と同レベルの魔法までぶっ放せるというわけか。
「じゃあ、さっき観客席から飛び降りれたのも誰かから魔力を借りて身体能力を底上げしてたからか」
「うん、そういうこと」
天使のような笑顔でヴィータは頷く。そんな彼女を見てソルはデレデレしてるので、さっき爆笑してきた仕返しのつもりでヴィータの笑顔が見れない位置に立ってやる。
「ちょっとユウ、何をしているのよ!」
しかしその直後、突然背中に衝撃が走って俺は前のめりに転倒した。
何事かと思って立ち上がれば、顔を真っ赤にしながら両手を前に突き出しているエリナと目が合う。
「そ、そっちこそ何すんだよ!」
「だ、だだ、だって貴方、今ヴィータさんに抱きついていたじゃないの!」
「抱きついてませんけど!?」
どうやらやって来たエリナに、俺がヴィータに抱きついていると見間違われたようだ。
「ふふ、そんなに慌ててどうしたの?エリナさん」
「が、学園内でのふっ、不純異性交遊なんて見逃せないわ!」
「別に何もしていないけどね。ところでエリナさん、これを見てどう思う?」
突然ヴィータがソルの腕に抱き着く。当然ソルは超興奮しているが、エリナはあまり興味が無さそうな顔をしていた。
「よしエリナ、俺みたいにソルを突き飛ばしてやれ!」
「え········いえ、別にお似合いだからいいんじゃないかしら」
「お似合いじゃないから俺突き飛ばされたの!?」
どういうことだ、不純異性交遊は見逃せないんじゃないのか。
なんかムカつくからエリナにお返しでチョップしていたら、ソルから離れたヴィータがクスクス笑い出す。
「ど、どうした?」
「いやぁ、ユウ君は本当に面白いと思ってね」
そしてそのままエリナに顔を近付け、囁くようにヴィータは言った。
「君も可愛いね、エリナさん。でも、あまりモタモタしていると私に奪われちゃうかもしれないよ?」
「なっ········!?」
「あはは、それじゃあまた明日」
どういう意味なのかは分からないが、ヴィータに何かを言われたエリナは顔を真っ赤にしている。
あれ、そういえばヴィータは実家から通うのかな。気になったので彼女が歩いていった方向に顔を向けたけど、既にヴィータは魔闘場から姿を消していた。
「ふーん、ヴィータちゃんか。不思議な子だな」
「ああ、本当に········」
突然やって来た転校生、ヴィータ。
謎の多い可憐な彼女の登場は、俺達の日常にどんな影響を及ぼすのか········今はまだ分からない。