18.可憐な転校生
「それでね、ユウ君ったら〝俺の姉に何しようとしてるんだ!〟とか言ってね、私のこと助けてくれたんだよ」
「よく男性に綺麗な髪ですねと言われますが、もし兄さんが頭を撫でてもらった時に私の髪が指に絡まってしまっては大変ですので毎日時間をかけて整えています。兄さんに撫でてもらうのはとても気持ちいいので、そのような事でご迷惑をおかけするわけにはいかないのです」
マナ姉は俺の学園生活についてや新学期が始まってから起こった事件などを伝え、クレハはまるで自分のことのように俺をとにかく褒め称え、『兄さんと一緒に寝ることの何が悪いのですか?』などという爆弾発言で俺の寿命を縮めてくれた。
「そうかそうか、埋めるぞお前」
「はいはい暴力反対。というか親父、俺は迫る魔の手からマナ姉とクレハを守ってるんだぞ?」
「ほう、詳しく聞かせろ」
まだ死にたくないので、新学期が始まってからマナ姉とクレハに告白したり手を出そうとした全ての男についての情報を親父に提供する。
「しょうがない、クレハと寝ようとしたことは許してやるよ!」
「さすが親父、一緒に可愛い家族を守ろうぜ!」
「「はっはっはっはっ!」」
俺は別に親父が嫌いなわけじゃない。むしろ男同士だからこそできる会話は多いので、親父とこうして盛り上がる時間が好きだった。
しかし娘のことになると大暴走するので、一応発言には気をつけておかなければ。
「そういえばお父さん、3日後までかかる予定だった仕事をこんなに早く片付けたの?」
「おうよ。のんびりやるつもりだったけど、テミスが先に帰ってから急に寂しくなってな」
「帝国の調査で国境まで行ってたんだよね。じゃあ急いで書類をまとめたりしたの?」
「そんなとこだな。ま、報告書とかに何を書いたらいいのかさっぱり分からなかったから後輩に任せといたよ。でもほぼ全部1人でやったぞ」
「うわぁ、後輩さん可哀想········」
親父と母さんは冒険者ギルドという、魔物討伐依頼や住民の依頼を受注することができる場所に所属している。
俺やマナ姉、クレハも冒険者登録はしているけど、俺とクレハは学生なので簡単な依頼しか受注できない。
そして、親父は冒険者ギルドオーデム支部のギルドマスターだ。本人は面倒だから物凄く嫌がったそうだが。
ちなみに後輩さんには俺も会ったことがある。
別に英雄でも何でもないギルド所属の若い女性で、母さんと胸のサイズを比べて酷く落ち込んでいた。
そんな後輩さんだが実はひっそりと親父に想いを寄せていて、報われない恋だと分かっていながら諦められない········という話を、俺が聞いてみたら顔を真っ赤にしながら教えてくれたっけ。
「それで、ユウとクレハ。学園での生活にも慣れてきたか?」
「え?ああ、クラスは替わったけど俺は2年目だしな。友達と仲良くやってるよ」
「私も沢山友人ができました」
「当然そのお友達は女の子だよな?」
「そうですね。まだ男子生徒の方とは挨拶をしたり、質問に対して返事をしたりするだけで········」
「よし、明日クレハのクラスに乗り込んで男子生徒達とはゆっくり話をするとしようか」
「やめなさい」
母さんに頭を軽く叩かれ、親父は俺をガン見してきた。なるほど、敵の排除は俺に任せておくといい。
そういう意味を込めて親指を立てれば、親父はとても満足げに頷いていた。
「マナはどうだ?生徒から先生になって、やっぱり緊張したりしてるだろ?」
「もう慣れたよ。みんな素直ないい子ばかりだからね。それから、私がユウ君がいるクラスの担任になったの」
「へえ、そうなのか。どうだユウ、男子生徒達の動きは」
「マナ姉に褒められる為に、とにかく授業中に目立とうとする馬鹿が多いな。あと隠し撮りをしようとしてる馬鹿も」
「隠し撮りだと!?」
「大丈夫、学園長が特別にくれたカメラ起動探知アプリのおかげで敵の行動は全て筒抜けだ。全て事前に阻止している」
「さすがは俺の息子、シスコンの極みだな」
「否定はしない」
クレハもマナ姉も、大切な俺の妹と姉だ。
弟である俺は2人の写真を沢山持ってるけど、他の男共は撮った写真を何に使うか分からない。
だからこそ撮影は許可するものか。もし成功してこっそり保存しているやつを見つけたら、その時は親父を召喚する。
「まあ、早いとこお前もさっさと彼女を連れてこいよな」
「駄目ですよ兄さん、彼女なんて!」
「ユウ君の彼女さんかぁ········う〜ん」
話は変わり、何故か俺の将来について親父達が言い合い始めた。クレハは俺が誰かと付き合うことを認めないらしく、そんなブラコンな一面を見た親父が俺の頭を掴んでくる。
おいやめろ、ミシミシ音鳴ってるだろうが。
マナ姉はどうなんだろう。俺のベッドに潜り込んだりしてくる時点でまだ弟離れできてないんじゃないかなとは思うけど、クレハと違って俺の恋愛について否定的じゃなさそうだ。
「聞いてください父さん!リースさんとエリナさんという先輩がいて、とても兄さんと仲が良いんです!それにアーリアという私の同級生は兄さんに告白をして········このままでは兄さんが誰かとお付き合いするのも時間の問題なんですよ!」
「おおっ、やるじゃないかユウ。じゃあその中の1人と付き合ったら紹介してくれよ?」
「父さん!?私はそんな未来を望んでいません!」
「ユウはクレハに愛されてるなぁ」
きっとクレハは俺が悪い女に騙されるかもしれないから心配してくれているんだろうな。本当に優しくていい子だ。
「相変わらず我が家はいいねぇ。こんなにのんびりできるのは久しぶりだぜ」
「そうだな、向こうにいた時はあまり休めなかったから」
「俺はもっとテミスとイチャイチャしたかったんだけどな〜」
「そ、それは私も········」
始まりました、両親のイチャつき。
久々らしいので何も言わずに俺達は席を立ち、後ろから聞こえる母さんの恥ずかしそうに俺達を呼ぶ声を無視してそれぞれの部屋へと向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次の日········耳栓をしたのでぐっすり寝ることができた俺は、休み明け特有のだるさと戦いながら学園に向かった。
昨日から俺に彼女ができないかを心配し続けているクレハを説得してから自分のクラスに入り、朝礼が始まるまで魔導フォンでニュースを見る。
おお、親父と母さんがオーデムに帰ってきたことがニュースになってるな。さすがは英雄夫婦、どこに行っても人気者だ。
「おはよ〜ユウ。なあなあ聞いた?このクラスに転校生がくるって話」
「おはようリース。今初めて知ったよ」
マナ姉め、わざと黙ってやがったな。まあ、俺を驚かせたかったんだろうけど。
「女の子らしいで」
「ほう、それは期待大だな」
「みんなおはよう!今日は大事な話があるよ」
女の子と聞いて転校生の容姿を想像していると、マナ姉が笑顔で教室に入ってきた。
この男子達の顔の緩みっぷりを親父に見せてみたいものだ。
「なんと、このクラスに転校生がやってきました!」
その一言で教室がざわめく。
まあ、当然だろうな。なんでこの時期に転校してきたのかも気になるし、聞こえてくるのは男子か女子かについての期待の声だ。
「それじゃあ早速········おーい、入ってきて」
マナ姉が教室の外に向かってそう言うと、その少女は現れた。
それを誰かに言うつもりはないけど、俺は彼女に思わず見惚れた。
俺と同じ黒髪を腰あたりまで伸ばしており、美人と言うよりは可憐で可愛らしい男子好みの顔つきだな。
あまりにも綺麗な姿勢で歩いているので貴族だろうか········そう思っていると、少女は黒板に自分の名前を書き、そして笑みを浮かべながら振り返る。
「はじめまして、ヴィータ・ロヴィーナです。これからよろしくお願いしますね」
当然と言うべきか、男子生徒達が喜びのあまり騒ぎ始めたので教室はしばらくお祭り騒ぎとなるのだった。