17.地上最強の子煩悩
「ふ〜ん、新たに発見された魔物かぁ。強い負の感情に引き寄せられるってことは、恨みを抱いてる人とか結構危ないよね」
場所は変わり、俺の家。
我が家のように寛ぐベルゼブブさんとは違い、ディーネさんは見惚れてしまうような、とても綺麗な姿勢で座っている。
途中で何度かムスっとしたマナ姉に睨まれたりもしたけど、この清楚な感じは男からすればたまらんのだよ。
「まあ、確かに異変の前兆である可能性は高いわね。一応私達の方でも調査することにするわ」
「助かります」
「ところでテミス、貴女の旦那様はまだ戻っていないの?」
「え?ああ、彼が戻ってくるのは3日後かな」
「嘘でしょ!?また暫くこっちに来れないのに!もう1年も会うのを我慢して仕事してたのに!」
などと言い始めるベルゼブブさんは、どうやら親父が大好きらしい。
昔から親父にべったりだったからそうなんだろうとは思ってたけど、母さんとは仲良しで別に親父を取り合ったりはしていないのでご安心を。
というか、世界一の美女とまで言われる母さんに加えて魔界を統べる大魔王にまで好意を抱かれるとか、さすがは最強の英雄だな。
まあ、ベルゼブブさんは別にいいとして········。
「えぇ〜、私も会いたかったなぁ」
ディーネさんも親父のことが大好きだ。悔しい、何でかは分からないけど物凄く悔しい。
そりゃそうだ、ディーネさんからすれば俺は弟のようなものだろう。そんなの最初から分かっていたことだもの。
「まあ、仕方ないわね。今日はもう魔界に戻るけど、意地でも時間を作って近いうちにまた来るわ」
「ああ、待ってるよ」
「そういえばクレハはまだ寝ているの?起きたら大魔王が来てるのに爆睡していたとは何事か·······って伝えておいて」
そう言って、ベルゼブブさんは何故か窓から出ていった。玄関まで向かうのが面倒な気持ちは分かるけど、女の子なんだからそういう行動はどうなのかと思ってしまう。
「それじゃあ私も行くね。ユウちゃん、真面目に勉強しなきゃ駄目だよ?」
「は、はあ、努力します」
「ん〜、やっぱり小さい頃から見てきたから可愛いなぁ。昔はよくこうしてたよね」
「むぐっ!?」
突然ディーネさんに抱き寄せられ、俺の顔面は柔らかくて大きな胸に埋まる。
やばい、幸せだけど息が·········!
「だ、駄目だよディーネさん!ユウ君が死んじゃう········!」
「え·····わわっ、ごめんね。昔の癖でつい」
そうだ、昔は俺の方からディーネさんに抱き着いてたっけ。勿論子供だったので下心などは一切無かったが、思い出すとかなり恥ずかしいことをしていたんだな、俺は。
「あはは、また来るね〜」
先程の感触を思い出しながら、俺はディーネさんを見送る。すると、突然マナ姉が怒ったような表情で俺の前に立った。
「ユウ君の馬鹿、変態!」
「はあ!?な、何だよ急に」
そしてそのまま2階に駆け上がっていく。
確かに憧れの人の胸に顔面を押し当てたのは変態的行為だったかもしれないけど、あれは俺の意思でやったわけじゃない。
というか、そもそも何でさっきからマナ姉は怒ってるんだ?
「ふふ、姉さんは兄さんのことが大好きですから」
「クレハ······起きてたのか」
「起きたのはついさっきですよ。誰か来ていたんですか?」
「ベルゼブブさんとディーネさんがな」
「ええっ、挨拶したかったのに········」
マナ姉と入れ替わってリビングにやって来たクレハが羨ましそうに俺を見てくる。
俺と同じで幼い頃から面倒を見てもらっていたので、クレハはベルゼブブさんとディーネさんにとても懐いているのだ。
「でも、もっと早くに起きていたら、きっと私は嫉妬してしまっていたと思います」
「嫉妬?なんで?」
「小さい頃は、兄さんがディーネさんに取られてしまいそうで、いつも不安でしたから」
おお········たまらんな。
「大丈夫、俺はこれからもクレハと一緒にいるよ」
「ほ、本当ですかっ?」
「勿論、クレハは大切な可愛い妹だからな」
「兄さん········うぅ、幸せです」
頬を赤く染めながら、クレハが嬉しそうに俺を見てくる。うん、今日も俺の妹は輝いているな、素晴らしい。
「やれやれ、本当に仲良しだな」
「え·······あっ、おかえりなさい母さん!」
「ただいま、クレハ。それにしても、クレハは少し寝過ぎな気がするな。早寝早起きを心がけると前に言っていただろう?」
「そ、それは」
完璧な少女にも苦手なものはあるものだ。
クレハの場合、朝早く起きることだろう。普段はアラームをセットしまくり頑張って起きているが、休日はこんな感じで思う存分爆睡している。
まあ、そこがクレハの可愛いところなんだけど。
「なら、兄さんと一緒に寝たいです。兄さんは早起きするのが得意だから········」
「ぶふっ!?」
お茶を吹いてしまった。
「逆に俺が寝れなくなっちゃうなぁ」
「でも········」
未だに懐いてくれているのは本当に嬉しい。しかし、こんなにも魅力的に成長した妹と同じベッドで寝るのはまずい。
勿論手を出したりなどは絶対にしないが、寝ぼけて抱きつかれたりしたら朝まで我慢大会のスタートだ。
ただ、クレハに反抗期というものは訪れないのだろうか。勿論永遠に来なくていいけども。
「やれやれ。そんな光景をお父さんに見られたら、私でも手がつけられないぞ?」
俺の親父は超がつくレベルの親バカだ。
俺はまああれだけど、クレハとマナ姉への愛が尋常ではない。マナ姉はしょっちゅう俺のベッドに潜り込んでくるけど、あれをもし親父に見られたら俺は死ぬ。
マナ姉は人懐っこいからまだ奇跡的に許される可能性はあるけど、大人しいクレハが俺と一緒に寝ていたらどうなると思う?
改めて言おう。俺は死ぬ。
「兄さんは、私と一緒に寝るのが嫌ですか········?」
な、何だ?何で今日のクレハはこんなにも積極的に攻めてくるんだ?
まだ兄離れできてないかなと思う部分はあったけど、一緒に寝たいと言われるほど俺は懐かれていたのか?
「べ、別に全然嫌じゃないけど········」
「わあっ、それじゃあ────」
俯いてしまったかと思えば顔を上げ、満面の笑みを見せてくれたクレハ。
しかし次の瞬間、玄関の扉が突然勢いよく開かれた。
「気の所為かなぁ?俺の可愛い娘と一緒に寝ようとしてる馬鹿がいる気がするんだが········」
「げえっ!?」
凄まじい、寒気がする程の殺気。
一瞬で汗まみれになった俺を見て母さんはやれやれと苦笑し、クレハは家の中に入ってきた人物を見て優しい笑みを浮かべる。
さらに気配を感じたのかマナ姉も駆け足で降りてきて、その人物に抱き着いた。
俺と同じ黒髪で、見た目は結構若い優男って感じだが········おかしいな、帰宅は3日後とか言ってなかったか?
「お父さん、おかえり〜っ!」
「おぉ〜マナちゃん、会いたかったぞ〜」
「父さん、おかえりなさい」
「はっはっは、クレハも元気だったか〜?」
デレッデレの情けない表情でマナ姉とクレハの頭を撫でるその人物。
「帰ってくるのは3日後だったんじゃないのか?」
「いや、急いで全部片付けてきた。それよりテミス、たっだいまー!」
「わっ!?も、もう········」
それから母さんをお姫様抱っこし、その場でぐるぐる回転し始める。
おお、とても嬉しそうだ。母さんがあんなふうに赤面している姿は滅多に見れないから、これは非常に貴重なシーンである。
しかし、俺を見た瞬間に母さんを抱きかかえている人物の顔は鬼と化した。
「さぁて我が息子よ。お前には聞きたいことが山ほどあるんだよなぁ········!」
「勘弁してくれ!」
かつて世界を救った地上最強の英雄。
超がつくほどの愛妻家であり子煩悩、それが今俺の前に立つ男────俺の親父であるタロー・シルヴァだ。