15.イーター
「突然凄い魔力を感じたから来てみたの。そしたらユウ君がいきなり目の前に出てきて········」
「なるほど、つまり脱出できたってわけか」
右隣を見れば、すやすやと眠っているリースとエリナがいた。さらに左隣を見れば、同じく眠っているアーリアが。
「何かあったの?」
「ああ、とんでもなく大変なことがな。とりあえず3人を保健室に運ぶとしよう」
「う、うん、手伝うよ」
それから場所を移し、保健室でマナ姉に先程起こったことについて説明。途中で帰宅前だったクレハもやって来たが、俺の怪我を見て顔を真っ青にしていた。
今はクレハに傷の手当てをしてもらっている最中である。
「この人が兄さんを迷宮に閉じ込めようとしたんですね。あとでたっぷりお仕置きするとしましょう」
「や、やめてやってくれ。エリナの時と同じで、謎の力に心を侵食されたことが原因なんだから」
それにしても、人を魔人化させるあの力は本当に何なんだ?エリナの時は俺達に対する嫉妬、今回は自己防衛と邪魔者の排除。
他者の感情を爆発させて、膨大な力を与える········そんな事をして、一体何があるというのだろう。
「ん、んん········」
おっと、どうやらリースが起きたらしい。薄らと目を開けたリースに近寄れば、彼女は暫く無言のまま俺を見つめてきた。
「ユウ········?」
「リース、無事に脱出できたぞ」
「そっか········やっぱり、ユウはすごいなぁ」
微笑みながらそんな事を言われれば、照れてしまっても仕方ないと思う。
しかし後ろから恐ろしい視線を感じるので、見つめ合うのはこの辺でやめておくか。
「さて、私は学園長に今回の件について伝えに行こうかな。クレハちゃんはまだここに残る?」
「教室に鞄を置いたままなので、1度それを取りに行きます」
「それじゃあ途中まで一緒に行こっか」
「すぐに戻ってきますね、兄さん」
マナ姉とクレハが保健室から出ていく。それを見送った後、もう一度リース達が寝ている方向に顔を向けると、
「起きてたのか、エリナ」
「ええ、ある程度魔力は回復したわ」
再び寝てしまったリースと入れ替わるように、いつの間にか体を起こしていたエリナと目が合った。
「それにしても、彼女を相手にたった1人で戦って勝利したのね。魔闘力は私達よりも低いのに、何故そんなにも戦闘能力が高いのかしら?」
「アーリアが油断してくれていたからこその勝利だよ。無属性魔法の中に、一時的に自分の移動速度を上昇させる【加速】というのがあってな。突然加速した俺に、彼女は対応できなかったのさ」
「貴方は攻撃する際刀に魔力を纏わせる。なのに、最後まで余裕そうだったじゃない」
「俺は剣聖の弟子だからな。訓練の賜物だ」
とは言ったものの、まだまだ剣聖への道は遠いんだが。まあ、別に焦ることはないのでのんびり剣士の頂点を目指すとしよう。
「········不思議ね」
「何がだ?」
「この前まで私は貴方と話をしようとしていなかった。でも、今はこうして普通に会話ができているんだもの」
「ああ、仲良くなれて良かったよ」
「本当にごめんなさいね。冷たく当たってしまったことは深く反省しているわ」
「俺は全然気にしてないさ」
そう言ってやると、何故かエリナは頬を赤く染めて俯いてしまった。
確かに俺も、エリナと仲良くなれるとは思っていなかったな。やはり友達が増えるというのは嬉しいものだ。
などと1人で喜んでいた時。
「ゆ、ユウ先輩!?」
「ん?おお、起きたか」
布団で口元を隠しながら、顔が真っ青なアーリアは怯えたように俺を見てきた。
別に食ったりするつもりはないのに、どうしてそんなに怖がっているんだ?
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい、許してください!」
「何を?」
「わ、私、先輩達に酷いことを········!」
「うん、許そう」
起きていきなり土下座し始めたアーリアにそう言うと、何故かエリナが俺の胸ぐらを掴んでガクガク揺さぶってきた。
「なんでそんなにあっさりと許しているのよこの馬鹿ユウ!私達、この子のせいで死にかけたのよ!?」
「まあ、確かにそうだけどさ········でも本人は謝ってるし」
「貴方は甘いのよ、チョコレートより甘々よ!」
「い、痛いって!」
このままだと制服が破れそうだ。
とりあえず一旦エリナを落ち着かせ、俺はきょとんとしているアーリアに視線を戻す。
「俺は君を許すよ、アーリア」
「で、でも·····え、ぁ、なんで········」
どうやら混乱しているらしいけど、エリナとリースを傷つけたことに対してきちんと反省しているからこそ許すんだ。
何度か図書室で話したことがあるから分かるが、アーリアはとても優しくていい子である。
そんな彼女をあそこまで豹変させてしまった謎の力、それを授けた張本人こそが一番悪い。
「まあ、エリナとリースが許してくれるかは分からないけどな」
「貴方ねぇ········もう、これで許さなかったら私が悪者みたいじゃないの!」
「だってさ。まあ、エリナだって1回似たようなことになってるし、誰にだって黒歴史ってのはあるもんだ」
「う、うるさいわね!」
今だからこそエリナは顔を真っ赤にしているだけだが、以前なら雷魔法で黒焦げにされていただろう。
「ありがとう、ございます········」
そんな俺達のやり取りを見て安心したのか、アーリアは泣き出してしまった。
俺は落ち着かせる為に彼女の頭を撫でながら、どうしてそんなに俺と読者をしたかったのかを一応聞いてみる。
「それは······先輩のことが、好きだからです」
「········は?」
今、なんと?
「私は、ユウ先輩のことが好きです」
「「はあ!?」」
何故か俺より驚いているエリナとリース。というか、いきなり飛び起きるんじゃないよリースさん。
まあ、俺もかなり驚いてはいるが。
「こ、告白なんて生まれて初めてされたよ」
「本当ですか!?ユウ先輩格好いいから、きっと付き合っている人がいるんだと思ってました········」
「それにしても驚いたな。そういう理由で俺と読書したいって言ってくれてたのか」
「え?ちょっとユウ、迷宮図書館におった時点でアーリアちゃんの想いに気づいてなかったん?」
「そりゃそうだろ」
「はぁー、やっぱり馬鹿やね」
いや待て、馬鹿とは何だ馬鹿とは。
というか普通気づかないだろう?俺と読書したいから迷宮を創り出したとは言っていたが、根本的な理由が俺に好意を寄せていたからだったなんて。
「あの、先輩」
「な、なんだ?」
「告白の返事、聞かせてもらってもいいですか?」
そう言われ、俺の額に汗が滲む。
告白されたことは本当に初めてなので、どう返事をするべきなのかが分からない。
アーリアは可愛くて良い子だし、俺を好きだと言ってくれたのはとても嬉しい。
でも────
「ごめん、君とは付き合えない」
そう言った瞬間、アーリアの目から大粒の涙が零れ落ちたのを見て胸が痛む。
しかし気になる点が1つ、なんでエリナとリースは安堵の表情を浮かべているんだ?
「やっぱり、私じゃ駄目ですよね········」
「え、ああいや、そういう理由じゃなくてだな」
「え········?」
「俺はまだ君のことを全然知らない。だから、もっと互いのことを知らないとな。まずは友達になろう」
「じ、じゃあ、まだ私にもチャンスが?」
「え、ええとだな。俺、恋愛については全然知らないからさ。ごめんな、ちゃんと返事できなくて」
とても嬉しそうなアーリアと、何故か怒ったようにこっちを見てくるエリナとリース。
なんだこの空間は、俺は何か間違ったのか?
「どうしたお前ら。告白大会でも開催してたのか?」
1人で焦っていると、にやけながら学園長が部屋に入ってきた。後ろにはマナ姉とクレハも立っている。
「ふーむ、全員魔力は安定しているな」
「どうかしたんですか?」
「以前地下迷宮に現れたドラゴンを調べていたんだが、とんでもないことが分かってな。そんな時に今回の件についてマナが報告しに来たんだ」
ソンノ学園長は眠そうに欠伸しながら椅子に座り、不意に真剣な表情で俺を見てきた。
「あのドラゴン、元は人間······死刑囚だった男だということが分かった」
「なっ········!?」
マナ姉達も驚いたようで、動揺の空気が部屋に広がる。
「脳を調べていた時に分かったことだが、未確認の魔物が脳に寄生していたんだ。驚くべきことにまだ生きていたから持ってきたぞ」
学園長が持っていた筒状の容器に入れられた、黒い煙のようなモノ。
これが魔物とは思えないが、筒の中から感じる奇妙な気配や力はエリナ、アーリアから感じたものと同じだ。
「まさか、こいつが人を魔人化させていたとでも?」
「そういう事だな。恐らく強い負の感情を持つ者に寄生して、そいつの感情を暴走させるんだろう。しかし、こんな煙型の魔物がどうやって魔人化させているのかはよく分からないけどな」
あのままエリナやアーリアが暴走し続けていたら、最終的に地下迷宮で暴れたドラゴンみたいになっていた可能性があるのか。
人が力を与えていたと思っていたが、まさか魔物が寄生していたなんて。
「そして、私達はこの魔物を〝感情喰らい〟と名付けた。今後学園全体を調査するつもりだが、寄生されないように注意してくれ」
「わ、分かりました」
学園長が転移魔法で部屋から消える。
「まさか、私に魔物が寄生していたなんて········」
アーリア、そしてエリナの顔は青くなっている。仕方ないだろう、まさか自分の脳に魔物が侵入していたとは思わないだろうからな。
「私は膨れ上がった魔力に体が耐えきれず、魔導書にそれを移しました。しかし先輩が魔導書を斬ったことで膨大な魔力全てが消滅し、私は気絶してしまったんですけど········」
「なんでイーターは脳内から消えたんかな?いや、それともまだ脳内に潜んでるとか?」
「ち、ちょっとリースさん、それなら私の中にもまだ居るかもしれないってこと!?」
「落ち着けエリナ、後で学園長に調べてもらおう。あれから体の調子が悪くなったりはしてないな?」
「え、ええ········」
駄目だ、分からないことが多すぎる。
何故イーターは学園に出現し始めたのか。何故エリナとアーリアの魔人化は途中で止まったのか。
「ユウ君、大丈夫?」
色々考えていると、心配そうにマナ姉が俺の顔を覗き込んできた。やれやれ、俺の姉は優しいな。
「ああ、大丈夫だ」
嫌な予感がする······というのは言わない方がいいだろうか。
俺はマナ姉の頭を撫でながら、不安な気持ちを紛らわせた。




