12.異変再び
あの時偶然マナ先生が図書室に来てなかったら、私はどうなっていたんだろう。
それを考えるだけで体が震えてしまうけど、去り際に言われたのは私にとって絶望的なことだった。
『明日から、よろしくな』
もう、学園に顔を出したくない········でも、せっかく先輩と話せる機会が訪れたのに。
そうだ、今日の放課後先輩に相談してみよう。
だって先輩は、他の誰よりも信頼できる優しい人だから────
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「おいユウ、てめーどういう事だ」
「は?何がだよ」
「とぼけやがって、この裏切り者!お前昨日エリナさんと2人でデートしたらしいじゃねーか!」
「おい待て、誤解だ」
教室に入った途端、クラスの男子生徒の大半に包囲された。そして、あの赤髪馬鹿から漏れたのであろうデート疑惑について、全員が鬼の形相で問い詰めてくる。
「リースちゃんだけじゃ飽き足らず、遂にあのエリナさんにまで手を出すのか!」
「違うって。スラリんまるのイベントに誘われたから、護衛としてついて行っただけで────」
「デートじゃねえかよ!」
「代表のお前が俺達平凡軍団を裏切るのか!」
何故か平凡軍団とやらの代表にされてたんだが、このままでは一生文句を言われ続けそうだな。
仕方ない、奥の手を使わせてもらおう。
「皆、これを見ろ」
俺は魔導フォンを起動し、とある動画を再生する。それを見た途端、さっきまで殺意を剥き出しにしていたクラスメイト達全員が静かになった。
『マナ姉、はいチーズ』
『えっ?いえーい!』
『·········』
『·····あっ!もう、動画撮ってるでしょ!恥ずかしいなぁ』
笑顔でピースしてきたマナ姉が、途中で写真ではなく動画を撮られていることに気付いて恥ずかしがる·····ただそれだけの動画。
しかしクラスメイト達は非常に満足したようで、緩み切った顔を隠そうとせずに手を差し出してくる。
「ありがとう、お前は俺達の親友だ」
「ぶん殴るぞ」
その後、落ち着きを取り戻したクラスメイト達と共に授業を受け、何事もなく放課後に。
すると、わざわざ離れた席からエリナがこっちに歩いてきたので、男子共の怒りが一斉に向けられた。
「ユウ、この後予定があったりする?」
「ん?別にないけど」
「なら良かった。昨日行ったスラリんまるのイベント、今日もやっているらしいのよ。暇だったら是非付き合ってもらいたいのだけれど」
「な、なんで俺に言うんだ。他の女友達と一緒に行けばいいだろ」
「い、いないから貴方に言ってるの!」
おおう、悲しいことを。
「だったらリースと行けばいいさ」
「えっ、ウチ?」
「友達になりたいって言ってたじゃないか」
「う、うーん、ウチは別にいいんやけど········エリナちゃん、ユウと一緒に行きたいんやろ?」
「そうなのか?」
理由は分からないけど、何故かエリナの顔が真っ赤になる。
まあ、これだけ見られている状況でそんなことを言われたら恥ずかしいよな。
「リース、冗談でそういうことを言うな」
「は?別に冗談じゃ········」
「も、もういいわよ、1人で行くもん!」
そしてエリナは真っ赤な顔のまま教室から飛び出していった。隣を向けば心底呆れた様子のリースと目が合い、向こうを見れば男子共の殺意を全身で感じることができる。
なんだこの状況は、俺は別に間違ったことを言ったりしてないだろう?
「馬鹿やなぁ」
「な、何が?」
「そういう所が」
さっぱり分からないので、俺は敵しかいない教室から速やかに脱出────した直後。
「ッ!?」
エリナが魔人化した時と同じ、魔力とは違う気味の悪い力を学園内に感じた。
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ーーエリナーー
ああ恥ずかしい、馬鹿みたい!
別に変な気があってユウを誘ったわけじゃないのよ?ただ、私は彼にスラリんまるの良さを知ってもらいたかっただけで········何を言ってるのよ、まるで彼女みたいなことを!
確かにあの一件から彼のことが気になって仕方ないけれど、それは初めてできた男性の友人だからよ。
それに、彼にはリースさんの方がお似合いだわ。私は性格が悪いし、素直じゃないし········うぅ、どうしてこんなに胸が苦しくなるのかしら。
なんて思いながら廊下を歩いていた時、不意におぞましい気配を感じた。
視線の先、図書室。
私はこの気配を、力を知っている。あの時、クレハ・シルヴァに負けた後に何者かが渡してきた黒い力。
「まさか、私と同じように力を授かった者がいるというの?」
自然と私は図書室に向かって歩き、そっと中を覗き込んでみる。
「が、ごぁ········」
「たす、け········」
「っ、大丈夫!?」
中に入れば男子生徒数人が全身傷だらけの状態で倒れていた。それに、中の構造が明らかに変化している。
まるで迷宮、巨大な図書館。
様々な場所に長い廊下が存在し、壁一面に本が置かれている。これは先生に報告するべきね。
「何があったのか説明して」
「図書委員の女が、急に········」
「図書委員?」
そういえばこの人達、学園でも問題視されていた生徒ね。そんな連中が図書室で何をしていたのかしら。
「とりあえずここから出なさい」
「で、でもよぉ、怪我が········」
「もう、情けないわね!」
重い体を引き摺って男子生徒達を図書室から出す。そして最後の1人を引っ張り出している最中、向こうから彼が走ってきた。
「エリナ、無事か!?」
「え、ええ」
彼も異変を察知したのかしら。さっき逃げ出したばかりだから顔が熱くなったけれど、心を落ち着かせて彼に事情を説明する。
「なるほどな、〝迷宮図書館〟ってとこか」
「ちょっとユウ、急に教室から飛び出していったけどなんかあったん?」
その最中にリースさんもやって来た。どうしましょう、今すぐ学園長やマナ先生に報告しておいたほうがいいかしら。
そう思った次の瞬間、
「きゃっ!」
「わわっ、なになに!?」
「迷宮に引き込まれた········!?」
突然私達は光に包まれ、気が付けば迷宮と化した図書室の中に3人で立っていた。
周りを見ても出口は確認できず、今いる場所が迷宮図書館内のどの位置なのかすら分からない。
「ど、どうしたら········」
「これ魔導書だぞ。おおっ、こっちにはトレジャーハンターのお宝集が置いてるな」
「か、勝手に触るんじゃありません!」
何かトラップが起動する可能性だってあるのに、全然警戒もしないで本を読み始めたユウ。
でも、前と違って彼を見ていてもイライラしたりはしない。寧ろ、子供のように動き回る彼を見ていると胸がドキドキして·······私、何かの病気なのかしら?
「とにかく、ここから脱出するわよ!」
「いや、出口を探すよりこの異変を引き起こした元凶を見つけ出したほうがいいんじゃないか?今後この迷宮に引き込まれる生徒が増える可能性だってあるわけだし」
「それは危険だわ。私達はまだ学生、ただの部屋を迷宮化させる存在を相手にして無事に帰れるとは思わない」
「うーん、じゃあとりあえず出口を探してみて、そのついでに元凶についても調べてみるか」
「そういえばさっき、図書室の中で倒れていた男子生徒達が、図書委員が急に·····みたいなことを言っていたわ」
私の言葉にユウが反応する。
「図書委員?まさか······な」