10.進展
『もう少し、ですね』
そんな、とても優しい声が聞こえた。
『仲間思いの貴方なら、きっと』
何の話か分からないんだが、あんたは誰だ?
『貴方の大切な人が呼んでいますよ。さあ、起きてください』
ちょっと待て、いきなり出てきて訳の分からん謎だけを残していくんじゃないよ────
「ユウ君!」
「ッ!!」
目を開けると、白い天井がまず目に映った。それから視線を横に向ける前に、何やら物凄く柔らかい感触が手のひらに伝わってくる。
「っ·······、っ〜〜〜〜!」
「ああ、悪いマナ姉」
よく見れば、俺は顔を真っ赤にしているマナ姉の胸を思いっきり揉んでしまっていた。
夢の中で語りかけてきた人物に、確か俺は手を伸ばした。その結果、現実で偶然マナ姉の胸に手が届いてしまったんだろう。
「兄さんの声が聞こえました!」
「ユウ、大丈夫〜?」
ぷるぷる震えているマナ姉から手を離すと、部屋の扉が開いてクレハとリースが中に入ってきた。
なるほど。ここは保健室で、俺はベッドの上で寝ていたのか。
「っ、そうだ。お嬢様は?」
「エリナちゃんなら、学園長に呼ばれて話をしてる最中やと思うで」
「そうなのか、無事だったんだな」
ちょっとだけ心配だな。魔力とは異なる力を使って暴れたことで、退学とかになったりしないだろうか。
「それにしても、えらい派手に戦ったみたいやなぁ。回復魔法でも治りきらんかった怪我といい、崩れちゃった地下迷宮といい········」
「うーむ、確かにまだ体が痛むな」
クレハの腕は完治したみたいだが、俺は全身が悲鳴をあげている。見た目は元通りになっても、筋肉などに負ったダメージはまだ治るのに時間がかかりそうだ。
というか、あの後地下迷宮は崩れたのか。まだ完成したばかりだったのに、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「迷宮が崩れたのは兄さんのせいではありません。派手に魔法を使ってしまった私とエリナさんに責任があります」
「ええ、そうね」
「おわっ!?」
いつの間にかお嬢様が居た。
彼女を見て一気に不機嫌になったクレハの頭を撫で、俺は申し訳なさそうに立っているお嬢様に声を掛ける。
「良かった、元気そうだな」
「貴方のおかげでね。感謝します」
「どうした?〝貴方程度に心配されるほど私は貧弱ではないのだけれど〟とか言ってくれた方がお嬢様らしいけど」
「い、言いません」
と、不意に真面目な顔になったお嬢様がマナ姉達に顔を向けた。
「すみません、少し彼と2人だけで話をしてもよろしいでしょうか」
「ええっ!?」
「おお〜、えっちなことでもするんかな?」
「駄目ですよ兄さん!お相手なら私が········!」
何やら勘違いされたらしいが、俺もお嬢様とは話がしたかった。手を出したりはしないと一応宣言しておき、マナ姉達には一旦部屋から出てもらう。
「········貴方は、私をどう思っているの?」
「うん?」
「あれだけ酷いことを言って、傷つけて。そんな私を、貴方は助けてくれた。でも、本当は顔も見たくないのでは?」
「あー、そうだなぁ。確かにムカついたりはしたけど、別にそこまで気にしちゃいないさ」
椅子に腰掛けたお嬢様が、自分の胸に手を当てながら俯く。
「私の父は、母が死んでからまるで別人のように変わってしまった。毎日魔法について徹底的に叩き込まれて、甘えることなんて一切許されなかった。だから、羨ましかったの」
「俺が?」
「ごめんなさい、努力していないなんて言ってしまって。本当は分かっていたの、地下迷宮で貴方の太刀筋を見た時から。なのに私は家庭の違いに嫉妬してしまって、貴方に酷いことを言ってしまって········」
「ま、俺はいいけど。でもクレハには後で謝っておけよ?」
「ええ、勿論」
とりあえず、お嬢様とは少し仲良くなれた気がする。痛む腕を動かして手を伸ばせば、お嬢様は不思議そうに俺の手を見つめてきた。
「これからもよろしく頼む、エリナ」
それに一瞬驚いたような表情を浮かべた彼女だったが、初めて見る優しい笑みを浮かべて俺の手を握る。
「こちらこそよろしくお願いするわ、ユウ」
しかし恥ずかしかったのか、エリナは顔を赤くしながら俺に背を向け扉を開けた。
外の空気を吸おうと思ったのだろうけど、その行為によって彼女は知る。
「あ、あらら········」
「ご、ごめんごめん。やっぱり気になるやん?」
「兄さんが認めても、私は認めません········」
「っ〜〜〜〜〜!?」
どうやら覗かれていたらしく、お嬢様は声にならない悲鳴をあげるのだった。




