07.英雄の娘
地下迷宮騒動から1週間後、既にクレハは凄まじい魔力と学力で1年のトップになっていた。
それが気に食わないらしいお嬢様に色々言われたりもしたが、学園トップの座を奪われそうで焦っているのかもしれない。
俺は何度か放課後にソルと手合わせしながら毎日をのんびりと過ごし、徐々に地下迷宮騒動のことも頭から離れ始めていた。
「ユウ、聞いた?今学期1発目の〝魔闘〟な、1年トップ成績の子と2年トップ成績の子がやるんやって〜」
朝、授業が始まる前にやり忘れていた宿題を急いで終わらせていた時、隣の席のリースにそんなことを言われた。
「ということは·········」
「クレハちゃんvsエリナちゃんやね」
おお、遂にクレハのデビュー戦か。
定期的に行われる魔闘は、生徒の実力を皆が見れるいい機会だ。先生達も観戦しているので、勿論勝敗が成績にも響く。
俺も何度か魔闘場で生徒と戦ったが、大体の生徒には勝ってきた。それでもお嬢様やソルクラスが相手だとやはり負ける。
クレハならお嬢様が相手でも大丈夫だとは思うけど、怪我だけはしてほしくない。
「今日の5時間目にするらしいけど、トップ成績の生徒同士の対決ってことで、特別に授業は無しで魔闘観戦するんやって」
「いいね、これで妹の勇姿をばっちり録画できるってわけだ」
魔導フォンには録画機能もあるので、華麗に戦うクレハのデビュー戦を何度でも観ることができるようになるのだ。
「残念だけど、私が勝たせてもらうわよ」
「ん、おはよ〜エリナちゃん」
おっと、お嬢様が来た。
何やら不機嫌な様子のお嬢様は、教室の中だというのにバチバチと雷を纏い、かなり気合が入っているらしい。
「確かにお嬢様も強いとは思うけど、クレハも別格の強さだからな」
「ふん、一緒にしないでくれる?何の努力もしないで才能を得た女なんかと·········!」
「おい、今のはクレハに言ったのか?」
イラッとしたのでそう言うと、お嬢様は自分の席に戻ってしまった。やれやれ、何の努力もしないで·····ねえ。
「とりあえず、5時間目が楽しみやね」
「だな」
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『えー、それではこれより魔闘戦を行う。1年代表はクレハ・シルヴァ、2年代表はエリナ・エレキオールだ』
ソンノ学園長の声が魔闘場に響く。
既に私の前には対戦相手のクレハ・シルヴァが立ち、のほほんとしながら観客席をキョロキョロ見ている。
どうやら兄を探しているみたいだけれど、その余裕のある態度がやはり気に食わない。
「ねえ、クレハ・シルヴァさん」
「はい、何でしょう」
「貴女って、英雄夫婦の娘なのでしょう?」
『それでは魔闘戦を始めよう。両者、魔力を纏え───』
銀色の魔力を纏ったクレハ・シルヴァを睨み、私は一気に魔力を高めた。
『魔闘、開始!!』
「ここで私に負けたら、兄のように幻滅されるでしょうね!」
空中に魔法陣を複数展開、魔法発動に必要な詠唱を始める。そんな私を見ても、クレハ・シルヴァは動かない。
「雷光よ、敵を穿て───【サンダーランス】!」
魔法陣から放たれた計9本の雷槍。それは猛スピードで相手に迫り、そして着弾と同時に爆発する。
しかし次の瞬間、まるで意志を持った生物のように動く木の根のようなものが、煙の中から数本飛び出してきた。
「っ、詠唱破棄!?」
詠唱も、詠唱による魔力の高まりも、何一つ聞こえなかったし感じもしなかった。
煙が晴れると、無傷のクレハ・シルヴァの周囲には、地面から生えた木の根が何本もウネウネと動いているのが見える。
「これが私の魔法、【世界樹の星根】です」
この女······その場から一歩も動かず、詠唱すらせずに私の魔法を全て弾いたというのね。
「面白い········!」
「【ブロッサムボンバー】」
鞭のように襲いかかってきた木の根を避けた直後、突然頭上から降ってきた数個の果実が爆発した。
でも、威力は低い。魔力を纏ってダメージを半減し、私は再び魔法陣を複数展開する。
「雷光よ、愚かなる敵を殲滅せよ───」
クレハ・シルヴァは動かない。どこまでその余裕を保てるのか、見せてもらうとしましょうか。
「【サンダーブラスター】!」
魔法陣から放たれた雷の弾丸を見て、ようやくクレハ・シルヴァは片腕を上げた。
そして僅かに魔力を放出し、自身の周囲に木の根を呼び出す。それはまるで彼女を守るかのように絡みつき、私が放った魔法全てを弾く。
「くっ!我が身に宿りし雷光よ、荒ぶる怒りの烈風よ。吹き荒れる裁きの嵐となりて、我らが敵を穿ち砕け────」
今のが効かないのなら、とっておきを見せてあげる。地下迷宮の時は余分な魔力まで散らされてしまったけど、今回は必ずこの一撃で終わらせる!
「【ライジングストーム】!!」
雷を纏った竜巻をクレハ・シルヴァ目掛けて放ち、彼女が動く前にフィールドを粉々に破壊した。
爆風が吹き荒れ、土煙が舞い上がる。そんな中、勝利を確信した私は倒れているであろうクレハ・シルヴァに言う。
「これが、努力の差というもの!貴女と私は違う、努力の量がまるで違うのよ!」
魔闘戦は、互いに装着した腕輪が与えられたダメージを測定。それが一定量まで達すると、審判によって魔闘終了が知らされる。
「あははっ、ユウ・シルヴァだってそうよ!大した努力もしていないのだから、あの魔闘力の低さも納得だわ!」
なのに、何故魔闘は終わらないの?
もう学園長達のところに私が与えたダメージの数値は届いているはずなのに、何故魔闘終了のアナウンスが流れないのよ!
「あんな男、私は絶対認め────」
「兄さんのことを何も知らない貴女が、よくもそんなことを言えたものですね」
冷えきった声がはっきりと聞こえた直後、土煙が一瞬で吹き飛ばされた。
「大した努力もしていない?貴女、これまでの兄さんを1度でも見たことがあるのですか?」
「っ·········!」
ずっと浮かべていた笑みは消え、何を見ているのかが分からないような瞳で私を見つめてくる。
確実に倒したはずのクレハ・シルヴァは信じられない程の魔力を纏い、そして無表情のまま一歩踏み出す。
「まあいいです、貴女は私の兄さんを侮辱した。なのでもう手加減する必要はありませんね」
「ら、雷光よ───」
「【ガイアボルケーノ】」
私が詠唱するよりも早く、詠唱破棄したクレハ・シルヴァが魔法を放ってきた。
「私の適性属性は地。この大地に溢れる魔力全てが私の力となります」
足元が盛り上がり、そして爆発した。回避が遅れた私はそのまま吹っ飛ばされ、何度か地面を転がってから顔を上げる。
「え、詠唱破棄なんて反則よ!」
既に彼女が操作する木の根は目の前に。咄嗟に身を捻って避けたものの、木の根は向きを変えて私の足首に絡みつく。
「努力すれば、誰だって詠唱破棄は行えますよ。かつての英雄達は、全員詠唱などを必要としていなかったそうですしね」
「わ、私はずっと努力してきたのよ!」
それを聞き、すっと目を細めた彼女はようやく笑みを浮かべた。
「努力の量が、私とは違うみたいですね」
初めて彼女に対して恐怖を感じた直後、木の根に振り回された私はそのまま壁に叩きつけられる。
「ッ─────」
そこで、私は意識を失った。