06.赤髪の槍使い
「なっはっは、災難やったなぁ」
放課後、リースが楽しげに笑いながらそう言ってきた。
しかしまあ、あの場にこいつがいなくてよかった。お嬢様だからこそドラゴン相手に魔法が通用していたので、リースだと敵の攻撃に反応できずに初撃でやられてしまう可能性が高いのだ。
と、そんなことを言ってみたけど、本音を言えば親友である彼女に傷ついてほしくないだけなんだが。仲は悪いがお嬢様も。
「はぁ、兄さんが無事で良かったです」
「ごめんな、心配かけたみたいで」
「話を聞いた時は本当に驚きましたよ。次からは必ず私を呼んでくださいね」
「い、いや、授業中だったからさ」
頼もしい我が妹の頭を撫でる。すると気持ち良さそうに目を細めたので、とても心が癒された。
「さて、リースは寮の部屋を借りてるんだったな。それじゃ、また明日」
「うん、またな〜」
この学園には男子寮と女子寮があるので、遠くの地方から来ている生徒はそこで卒業までの3年間を過ごす。
俺とクレハはこの学園があるオーデムで暮らしているので自宅から通っているが、学園からわざわざ自宅まで歩いて帰るのは結構面倒だ。
リースと別れ、俺達は正門を目指してのんびりと歩く。日は既に沈み始めており、徐々にオーデムは夜の雰囲気へと移り変わっていた。
「そういや、親父と母さんはいつになったら帰ってくるんだ?」
「帰宅予定日は丁度2週間後ですよ」
「そっか。一応今日の件について、連絡しておいたほうがいいかな」
俺はポケットからとあるものを取り出し、画面に触れる。
これは『魔導フォン』と呼ばれる魔導具で、数年前に開発された超便利なアイテムだ。
少量の魔力を流し込むだけで起動し、メールやゲーム、情報共有を行える優れものである。
何よりも驚きなのが、起動中に画面に触れると使用者の魔力に反応し、指先で絵を描いたり文字を打ったりすることができること。
今では世界中で大半の人が持っているこの魔導フォンは、現在より使い易い機種を開発中らしい。
とりあえず俺は、学園地下迷宮の件について母さんにメールを送っておいた。
「おっすユウ、なんか面白いことに巻き込まれたんだって?」
それから帰ろうとクレハに声をかけた直後、突然俺の肩に手が置かれた。
振り返ると、赤髪高身長のイケメンがニヤニヤしながら立っていたので、俺は溜息を吐いてイケメンを軽く睨む。
「なんも面白くないっての」
「ははっ、俺も交ぜてくれよ」
「やめとけ、死ぬぞ」
それを聞いてもイケメンは楽しげに笑ってみせる。
「お前となら何をしても楽しいからな。こうして会うのは久々だな、ユウ。たまにはこっちに遊びに来いよ」
「王都まで遊びに行くのは面倒なもんで。ま、元気そうで何よりだ、ソル」
俺達が住むこの国───ティアーズ王国の王都アルテアに住む、幼馴染のソル。
燃えるような赤い髪のイケメンで、誰これ構わずナンパする軽い男だが非常にモテるのがムカつく。
さて、どうして住む場所が全然違う俺達が幼馴染なのかというと────
「おおっ!クレハちゃん、久しぶりだな〜」
「お久しぶりです、ソルさん」
「やめろ変態、さり気なくクレハに触れようとするな」
笑いながらクレハに近寄ったソルの頭を叩き、何か用があったんじゃないのかと聞いてみる。
「最近運動不足でさ。魔闘場を借りれたから、ちょっと付き合ってくれねーか?」
「おいおい、弱者をボコボコにするのがそんなに楽しいか」
「はは、言ってねーだろ」
「まあいいや、クレハは先に帰るか?」
「いえ、兄さんの勇姿を見て帰ります」
「見れるのは兄さんのボロボロになった姿だけどな········」
目を輝かせるクレハ、そしてやる気満々のソルと共に、学園内にある〝魔闘場〟という魔法戦闘用の場所に向かう。
観客席まであるこの魔闘場は、観客に魔法が当たらないよう特殊な障壁が展開されており、俺達は思う存分暴れることができるというわけだ。
「兄さん、頑張ってくださいね」
観客席から届くクレハの声援を聞きながら俺は刀を抜く。そんな俺の視線の先では、ソルが長い黒色の槍を振り回していた。
「そんじゃあ始めようか。手加減する必要は無いから、遠慮なく魔力をぶつけ合おうぜ」
「こっちは手加減してほしいんだが」
「おら、行くぞ!」
ソルが駆け出し、凄まじいスピードで槍を突き出してきた。それを避け、俺はソルの無防備な横腹を全力で蹴り飛ばす。
しかし魔力を纏った彼には大したダメージは与えることができず、楽しげに笑いながらソルは再び地を蹴る。
「【炎槍波】!」
「ッ────」
ソルが槍を地面に叩きつけた瞬間、彼の魔力が炎の波となって襲いかかってきた。
咄嗟に魔力を刀に纏わせ炎を斬り裂いたが、その隙にソルは目の前で槍を構えている。
まずい───そう思ったが、これから放たれるであろう一撃に対応できる体勢じゃない········!
「【破槍突】!」
その気になれば、俺の体はあっさりと貫かれていただろう。
そうならないようにコントロールされた強烈な突きを腹部に受け、俺は派手に吹っ飛ばされた。
「がはっ!?ぐっ、いってえぇ········!」
「おいおい、本気で来いって」
「ば、馬鹿言うな。実力差を考えてくれ」
追撃はしてこなかったので、俺は腹部を押さえながら立ち上がった。激痛に襲われながらも魔力を刀に纏わせ、余裕そうなソルに切っ先を向ける。
「でもまあ、可愛い妹が応援してくれてるんだ。ちょっとは格好いいこと見せたいんだよ」
「いいね、もっと楽しもうぜ!」
「あーくそ、また俺の負けか」
「はっはっはっ!そう落ち込むなよ」
「兄さん、じっとしていてください」
結果、ボロ負けだった。
あの後ソルの槍術に俺は手も足も出ず、現在クレハに消毒液を塗ってもらっている最中だ。結構痛いんだが、これ以上妹に情けない姿は見せたくないので我慢している。
「もう、ソルさんもやり過ぎですよ」
「すまんすまん。でもユウだって途中は楽しそうだったろ?」
それは否定しないが、クレハが心配してくれているのがかなり嬉しい。それよりも、ソルには加減というものを覚えてもらいたいな。
「はぁ、同じ英雄の息子でもここまで違うとは。正直嫉妬してしまうな、ソルの強さに」
先程はソルの言葉に遮られてしまったが、実は彼も英雄の息子なのである。
世界を救った英雄は俺の親父だが、勿論親父と共に戦った者達は多い。
その中の2人、〝紅蓮の魔狼〟と〝響狂魔人〟の間に産まれた息子がソルだった。
俺とは違い、世間の期待通りに膨大な魔力と才能を持って産まれてきた彼。父は厳しく真面目な人なんだけど、性格は母に似たんだろう。
まあ、つまり両親同士が仲良しだったので、俺達も昔から仲が良いというわけだ。
ちなみにソルは3年で、学園の寮に住んでいる。
「はは、いい息抜きになっただろ?何があったのかは分からないけど、色々考えてるみたいだったからさ」
「やれやれ、これだからイケメンは」
どうやら心配してくれていたらしい。
とりあえず俺はクレハに礼を言ってから立ち上がり、今後のことについてソルに頼んでおくことにした。
「あの時戦ったドラゴン、普通の魔物とは違った感じかしたんだ。もしも俺に何かあった場合、クレハとマナ姉を頼むぞ」
「おうよ、任された」
「大丈夫ですよ。何があっても、私が兄さんを守るので」
頼もしい2人を見て俺は笑う。
まあ、これから何があるのかは分からないけど、こうして楽しい日々が続けばいいんだが。
そうは思ったものの、既に日常の崩壊が始まっていたことを、この時の俺達は知らなかった。