05.オーデム魔法学園長
「う、ん·········」
どのぐらい意識を失っていたのだろう。
目を開ければ、心配そうに私の顔を覗き込んでいるマナ先生と目が合った。
「エリナちゃん、良かった·······!」
「っ、ドラゴンは!?」
思い出した。私はユウ・シルヴァと共に迷宮に挑み、そして恐るべき力を誇るドラゴンと戦ったんだ。
急いで周囲を見渡せば、ピクリとも動かなくなったドラゴンと───少し離れた場所でこちらを見ていたユウ・シルヴァの姿が見えた。
「よう、起きたか」
「無事·······だったのね。あのドラゴンは貴方が?」
「いや、マナ姉だよ」
「えっ?」
驚いたような声を出したのはマナ先生で、不思議そうに私とユウ・シルヴァを交互に見ながら首を傾げる。
「でも、私が来た時にはドラゴンは瀕死だったよ。ユウ君は起きてたけど、私を見た途端に戦闘をやめちゃってたし········一体何があったの?」
「お嬢様の魔法でドラゴンはかなりダメージを負ってたからな。俺はマナ姉が来るまでの時間稼ぎをしていただけだ」
そう言ったユウ・シルヴァの傷は完璧に塞がっていた。どうやら回復魔法で怪我を癒してもらったらしく、私も転倒した時に痛めた足首はもう傷んでいない。
「あ、あの、マナ先生」
「どうしたの?」
それよりも、気になっていたことを私はマナ先生に聞いてみる。
「あのドラゴンは、学園が迷宮に運び入れた魔物なのですか?」
それを聞き、マナ先生は首を振った。
「この迷宮に入れられたのはゴブリンとブルーバットだけ。あんなに大きくて凶暴な魔物をこんな場所に連れてくれば、間違いなく暴れて逃げ出しちゃうよ。それに、生徒をそんな危険な魔物と戦わせるわけにはいかないからね」
「なら、あのドラゴンは偶然あの迷宮に入り込んだと?」
「ううん、それも違うと思う。あのサイズの魔物がこの学園付近に現れたら騒ぎになるし、殆どの生徒達はドラゴンに遭遇することなく無事に迷宮から抜け出せてる。この場所以外にドラゴンが身を潜めることが可能な場所は無いから、入口の方から侵入したとしか········うーん、よく分からないなぁ」
それは絶対に無い。何故ならドラゴンは後方から現れたのではなく、私達が進んでいた方向に出現したのだから。
そうだとすれば、あのドラゴンは突然迷宮内に現れたということになる。ますます謎は深まるけれど、私は起き上がってユウ・シルヴァの前に立った。
「その、一応礼は言っておくわ。あの時貴方が庇ってくれなければ、私は命を落としていた可能性が高かったから」
「だろ?間に合って良かったよ」
「ですが!だからといって貴方を認めたわけではないから。勘違いしないように」
「やれやれ、素直じゃないよな」
ユウ・シルヴァに背を向けてマナ先生のところへ戻る。
「そうだ、ごめんねエリナちゃん。上位の回復魔法を使える先生はまだ来てないから、私が2人の治療をしたんだけど·······回復魔法を使うのは苦手なの」
「いえ、痛めていた足首もすっかり治りました。ありがとうございます」
「えへへ、なら良かったよ」
そう言ってにっこり笑うマナ先生。
誰にも言っていないことだけど、私が最も尊敬している人はこのマナ先生だ。同じ雷属性魔法を使う者として、いつかこの人を超える存在になりたい。
そう思っていた時、何か違和感を感じた。
足首を触ってみれば、治ったと思っていたけどほんの少しだけ痛む。これが違和感の正体だろうか·······ううん、今は疲れているからあまり考えないでおこう。
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「マナ姉、ちょっといいか?」
「どうかしたの?」
向こうで駆けつけた先生達に事情を説明していたマナ姉を呼び、俺はドラゴンの前に立つ。
「もう気づいてるかもしれないけど、このドラゴンは突然迷宮内に姿を現した可能性が高い」
「うん、出口でも入口でも姿は確認されてないからね。どういう方法で現れたのかは分からないけど·········」
「これを見てくれ」
俺はドラゴンの皮膚を指さす。
「あれ、これは········」
「襲われた生徒の制服かと思ったんだけど、多分違うよな」
全身ボロボロになったドラゴンには、様々な箇所に服の残骸のようなものが付着しているのだ。
さっき襲われた生徒が中に着ていた服などを確認させてもらったが、付着しているものとは一致しなかった。
「他の場所で襲われた人がいたのかな?」
「どうだろう。一応気になったから報告しようと思ったんだ」
「そっか、ありがとう」
微笑んでから、マナ姉はドラゴンの体を撫でる。
「それにしても、凄い切り傷だね。まるでお母さんが斬ったみたいに深い傷もあるよ」
「まあ、お嬢様の魔法はそれだけ威力が強かったってことだ。それを消し飛ばしたドラゴンのブレスには驚いたけど」
「何が理由でこの迷宮に入り込んだのかな。今回の件は、ちゃんと皆を守れなかった私に責任があるね」
「いや、それは違うだろ。新しく造られたばかりの、しかも学園の地下迷宮にこんな上位の魔物が出てくるなんて、他の先生達でも予想はできないって」
「それでも、もっと早くに異変を察知しておけば、怪我人は出なかったはずだから·········」
気がつけば、俺は申し訳なさそうに俯くマナ姉の頭を撫でていた。不思議そうに見上げてくるマナ姉と目が合った時に自分が何をしているのかに気づいたけど、まあ大丈夫だろう。
「責任を感じるなとは言わないけど、誰もマナ姉を責めたりなんかしないさ」
「ユウ君·········」
「ほら、そろそろ出口に向かおう。待ってるクラスの連中にも事情を説明しなきゃならないからな」
「う、うん、分かった」
その後、俺達は出口に向かってクラスメイト達に何があったのかを説明。それから再び迷宮に戻り、駆けつけた先生達やこの国の騎士団の人達にもあれこれ説明し、3人揃ってとある場所に呼び出された。
「やれやれ、英雄の身内は厄介事に巻き込まれる才能でも持ってるのか?」
そう言ったのは、大きく座り心地の良さそうな椅子に腰掛けている、マナ姉と同じぐらいの身長の少女───いや、女性。
年下にしか見えない彼女は、かつて親父達と共にこの世界を救った英雄、ソンノ・ベルフェリオ学園長だ。
幼い頃からこの人のことは知っているが、見た目が全然変わっていない。これでも親父より年上だというのはあまり考えたくはないな。
「あ、あの、ソンノさ······学園長。今回の件は私に責任があります。本当に申し訳ございませんでした」
「いや、それは我々にも責任がある。外部からの侵入という可能性は想定していなかったからな。それで、そこの2人」
突然呼ばれ、自然と背筋が伸びる。隣を見れば、あのお嬢様でさえも緊張しているというのが嫌でも伝わってきた。
「上位の魔物と戦ってみて、どうだった?」
「そりゃあ死ぬかと思いましたよ。斬っても硬すぎて弾かれるし、お嬢様の魔法も通じてなかったので」
おお、凄いお嬢様が睨んでくる。別に嘘は言っていない、お嬢様最大の魔法でさえあっさりと消し飛ばされてたじゃないか。
「へえ、学園トップの秀才が放つ魔法ですら跳ね返すとはな。そんな魔物が学園の地下に現れるとは、物騒な時代になったもんだ」
学園トップの秀才、それはお嬢様のことだ。レベルも魔闘力も現時点では一番高いようだが、今年はクレハという英雄の娘が入学したからなぁ。どうなることやら。
「それにしても、ドラゴンがどうやって地下迷宮に入り込んだのかが謎だな。まさか、空間干渉か?」
暫く黙り込んだあと、学園長は床に魔法陣を展開した。そして次の瞬間、俺達は学園の屋上に立っていた。
「っ!?」
「私が使う魔法は、空間に干渉する一応分類は無属性の〝空間干渉〟だ。空間を切断したり揺さぶったり圧縮したり、今のように別の場所に転移したりすることができる」
お嬢様はかなり驚いているが、学園長は昔から転移魔法を使いまくっていたから見慣れたものだ。
ちなみに、空間干渉の使い手はこの世界で学園長のみである。
「あっ!もしかすると、転移魔法を使って何者かが地下迷宮にドラゴンを転移させたのかもしれませんね」
「ああ、その可能性は高い。しかし謎なのが、何のためにそんなことをしたのかということだ」
「転移魔法は学園長しか使えないので、学園長のせいにしようとしているのかも········」
マナ姉の言葉を聞き、学園長は笑う。
「もしそうだとしたら、見つけ出して捻り潰す」
「が、学園長が言うと冗談に聞こえません」
なんとも悪い笑みを浮かべていた学園長だったが、不意に真面目な顔になって再度転移魔法を唱える。
そして学園長室へと戻った俺達に、真面目な顔のまま学園長は言った。
「今後、再び魔物が出現する可能性が無いとは言えない。もしも誰かが意図的に魔物を送り込んでいたのだとしたら、今回の件に関わったユウとエリナは狙われる危険もある。私達がいるからある程度は大丈夫だと思うが、一応警戒はしておけよ」
「やれやれ、2年になったばかりだってのに」
かなり面倒なことに巻き込まれた気がするが、今後どんなことが起こるのやら。