第14話 友達以上の関係へ
僕の名はヴェント。《暴風》なんて呼ばれている僕は、魔王ベルゼブブ様に仕える四天王の一人だ。
そんな僕には、最近気になっていることが一つある。以前黒髪の人間タローとこの魔王城で戦ってから、魔王様の様子が少しおかしいんだ。
窓の外を遠い目でぼーっと見ていたり、何度も溜息を吐いたり、前までは全然言わなかったのに『ちょっと外出したい』と結構な頻度で言ったり・・・。
やはりこれはあの男のせいに違いない。あれだけ人間を嫌っていた魔王様が、唯一友と認めた男。まさかとは思うが、魔王様はあの男に惚れ────
「ヴェント様!」
「なんだ」
魔王様について考えながら廊下を歩いていると、急に向こうから部下の魔族が走って来た。何故か汗まみれのその魔族は、真っ青な顔で僕を見ながら紙を手渡してくる。
「ッ········!?」
それを見て僕は固まった。
『四天王一同へ。今から私は人間界に行ってきますので、その間は魔王軍をよろしくお願いします。別にタローに会いに行くわけじゃないんだからね!ベルゼブブより』
「魔王様ァァァ!?」
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「ご主人さま、あれ食べたい!」
「えぇ、あんまり食べるとお金が········でも買ってやるぞぉ!」
「わーい!」
店で売っていた綿菓子みたいなやつを100Gで買い、しっぽをぱたぱた振っているマナに手渡す。それを嬉しそうに食べるマナを見て、俺はとても幸せな気分になった。
「タロー、顔が緩みきっているぞ」
「娘ができたみたいでなぁ」
最近すごい平和なんだよなぁ。こんなこと言ってたらまた事件とか異変が起こるんだろうけど、こうしてのんびり暮らせるのはほんと幸せだ。
「テミスおねーちゃんも食べるー?」
「ふふ、一口だけ貰おうかな」
マナの頭を撫でているテミス。うーん、今日も可愛いな。出会ってから結構経つけど、未だに彼女を見るとドキドキする。
これってやっぱりあれかなぁ。テミスのことかなり意識しちゃってるってことだよなぁ。
「美味しいな。ありがとうマナ」
「えへへ、どういたしましてー」
そういやテミスって好きな人とかいるのかな。いたら結構ショックなんだけど·········やばい、ものすごく気になる。
「········ん?」
テミスの好きな人について考えていたその時、どこかで身に浴びたことがあるような魔力を感じて俺は振り返った。
「タロー、どうかしたのか?」
「········ふむ」
俺の視線の先、向こうにある家の屋根の上に立ってこっちを見ている黒フードの人物。多分だけど、感じた魔力はあの人物のものだ。
「あ、逃げた」
黒フードは俺に見られていると気付いたのか、こちらに背を向けて別の屋根に飛び乗る。でも、誰なのか気になるので逃さない。
「ちょっと待った。俺達に何か用でもあるのか?」
「っ········!」
急いであとを追い、腕を掴んで身体の正面をこっちに向ける。というか、腕細いな。背も低いし、女の子だろうか。
ん?女の子········?
「うぅ、捕まってしまうとは·········」
声を聞いて誰か分かった。
「久しぶりね、タロー」
「べ、ベルゼブブ!?」
フードで隠れていた水色の長髪が目立つこの少女は、以前魔界で戦って友達になった魔王ベルゼブブだった。
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私は魔王ベルゼブブ。タローに会えない日々が何故かつまらなく感じたから、四天王に魔王軍を任せて少しだけ人間の町に遊びに来たところよ。
それでさっき遠くからタローを見てたんだけど、見つかってしまって今は彼と一緒に宿屋という場所でおしゃべりしている最中。
「そ、それにしても、まさかベルゼブブがこっちに来るとは」
「わざわざ来てあげたんだから感謝しなさいよね」
「へいへい」
すごく楽しい。ただ会話しているだけなのに。笑う彼の顔を見ているだけなのに。こんな気持ちになれるのは、私が彼に対して特別な想いを抱いているからなんじゃないかしら。
うん、きっとそう。魔族も人間も関係ない。彼だけは、私にとって特別な人·········。
「あれ、まおーさまなんだってー」
「あ、ああ。そうだな········」
なら、あの女は私にとって邪魔な存在になるわよね。前にタローが言ってた可愛い子。それは絶対にあの女だ。
「ねえタロー。彼女はタローの恋人なの?」
「え、いや、そういうわけじゃ········」
「ふーん。ちょっとだけ二人きりで話したいのだけれど」
「まじで?」
「大丈夫よ。別に暴れたりなんかしないわ」
「まあ、そこは信用してるけどな」
タローが獣人の子供を連れて部屋から出ていく。残された私は、私を見て魔力が安定していない銀髪の女に顔を向けた。
「何を怖がっているのよ。何もしないって言ってるでしょう?」
「そ、それは分かっているが········」
「ねえ貴女、タローのこと好きなの?」
それ以外に聞くことは無い。私の問いを聞き、女は一瞬動揺した。顔には出さないように気を付けているみたいだけれど、魔力の乱れは誤魔化せていないわ。
「好きというのは、仲間として好きということか?」
「いいえ。彼を恋愛対象として見ているのかってことよ」
「れ、恋愛対象········いや、私はタローをそういうつもりで見ているわけではない、と思う」
「へえ、そうなんだ」
安心したわ。自然と口の端が上がり、今すぐタローに会いたい衝動に駆られる。
「なら、私がタローに特別な想いを抱いていても、貴女はなんとも思わないってことね」
「え·········」
「タローの恋人じゃないのなら、私の邪魔をしないで」
全身から魔力を放ち、微笑む。どうやら相当怯えているようで、女の顔が青ざめる。
「これはまだ気付いたばかりだけど、私はタローの〝友達〟で終わりたくないの」
「おいおい、こんなとこで魔力放出は駄目でしょうが!」
「あら、まだ話の途中だったのに」
私の魔力を感じ取ったタローが部屋の中に戻ってきた。まあいいわ、言いたいことは言えたからね。
次回、テミスがモヤモヤする回