魔王少女の4年間
「タローが、死んだ・・・?」
ギルドで拳を握りしめながらソンノが言ったこと。
それは、たった一人でグリードと戦った太郎にもう二度と会えないという残酷な事実だった。
何日捜しても彼は見つからず、希望を絶たれたテミスは何も言わずに崩れ落ちる。
しかし、他の者達も言葉を失っている中、ベルゼブブだけはソンノの胸元を掴んで激怒した。
「何簡単に諦めているのよ・・・!」
「もうタローの魔力は微塵も感じられない。それがどういうことなのか、お前なら言わなくても分かるだろう?」
「ふざけんなッ!!」
本気でソンノが壁に叩きつけられ、その音でようやく皆が動き始める。
「あれだけ魔力を使ったんだから、魔力を感じられなくて当然でしょう!?彼が死んだですって?そんな妄言誰が信じるっていうのよ!!」
「いつまで現実から目を背けるつもりだ、この三流魔王が・・・!」
「うるさいわよ、役に立たない女神の分際で!」
「やめてッ!!」
声が響いた。
振り向けば、床を見つめながら震えるテミスの肩に手を置き、二人を睨むディーネと目が合う。
「こんな時に、喧嘩なんてしないでよ・・・!」
誰もが泣いていた。
テミスやディーネ、マナや六芒星の仲間達。そして、今自分が壁に押しつけているソンノも大粒の涙をボロボロとこぼしている。
「何よ、全員泣いたりなんかして・・・」
震える手を離し、後ずさる。
「タローは、死んだりなんかしないわよ!!」
「べ、ベルちゃん!」
そしてベルゼブブはギルドから飛び出した。時々人とぶつかりながらも街を駆け抜け、そして森の中へと足を踏み入れる。
さらに奥へと走り続け、いつの間にか綺麗な小川の前で彼女は立ち止まっていた。
「はぁ、はぁ・・・ベルちゃん!」
数分後、追ってきたディーネが小川前で立ち尽くすベルゼブブに声をかける。
「来ないでよ!」
「っ・・・」
「もう貴女達なんかと関わりたくない!勝手にタローが死んだなんて決めつける貴女達なんかとは!」
返ってきたベルゼブブの声は震えていた。
一切こちらを見ようとしない彼女に近寄ろうと思っても、背中を見れば自分を拒絶しているのだとディーネには分かる。
「タローが死ぬ筈ない!だって彼は、私達なんかよりもずっと強くて、それで────」
『ベルゼブブ・・・人と魔族が手を取り合える世界って、絶対毎日が楽しいよな』
それは、ずっと夢見てきた理想の世界。
『君なら、そんな世界に絶対できるからさ。ここに居る皆と協力しながら、頑張ってほしいんだ』
彼と一緒に実現してみせるのだと意気込んでいた日々を思い出し、ベルゼブブは膝をついた。
涙が溢れ、地面に落ちる。
「うっ、うううううぅぅ〜〜〜〜〜ッ!!」
「ベルちゃん・・・」
「彼に全部任せて、何も出来なかったのは私なのに!無力で役立つで、悔しいよぉ・・・!」
号泣する魔王少女に歩み寄り、ディーネは目に涙を浮かべながら彼女の頭を撫でる。
分かっていても、認めたくはなかったのだ。悔しげに、寂しげに、ベルゼブブは涙を流し続けた。
「────ッ!!」
目を覚ましたのと同時に、ベルゼブブは勢いよく上体を起こした。そこで違和感を感じたので自分の体を見てみれば、傷一つ無い綺麗な肌が目に映る。
「なんで、アバドンは・・・?」
それはおかしい。
悪神アバドンに貫かれた体は、何故元通りになっているのだろう。戦闘は終わったのだろうか。
「おっと、起きたみたいだな」
「え・・・」
少し混乱していると、部屋の扉が開いて黒髪の青年が部屋の中に入ってきた。彼を見て、ベッドの上に座っているベルゼブブは思わず悲鳴を上げかける。
「た、タロー?え、えっ?もしかして私、あのまま死んじゃったのかしら・・・」
「はは、ちゃんと生きてるさ」
ベッド横の椅子に腰掛けた青年に、ベルゼブブは震えながら手を伸ばす。そして恐る恐る頬に触れてみれば、彼の体温が指に伝わってきた。
「悪神アバドンは俺が倒したから、もうここは安全だ。テミスやディーネ達も無事だから、ゆっくり休むといいよ」
「うそ・・・本当に、タローなの?」
「おーよ、帰ってきたぞ」
それを聞いた瞬間、ベルゼブブは涙を流しながら彼に抱き着いた。その衝撃で2人仲良く椅子ごと転倒しそうになったが、青年──太郎が踏ん張ったのでその未来は回避できた。
「ぐすっ、ううぅ〜〜〜!私、ずっとタローのことが心配で・・・!」
「ごめんな。色々あって、戻ってくるのが遅くなっちまった」
「本当に、良かったよぉ・・・!」
子供のように泣きじゃくるベルゼブブの頭を、太郎は優しく撫でてやる。
それから数分後、ようやく落ち着いたベルゼブブは少し恥ずかしげに太郎から離れた。
「テミスとはもう会ったの?」
「ああ、アバドンと戦った時にな。今はソンノさん達とパーティーの準備をしてくれてるよ。なんか照れるけど、俺が帰ってきたことを皆で祝ってくれるんだとさ」
「当然よ。だって、タローはこの世界を救った英雄なんだもの」
うっとりしながらそう言うベルゼブブを見て、太郎は照れくさそうに頬を掻く。
「こうしてまたタローの声を聞くことができるなんて。これ以上に幸せなことは無いわ」
「いやいや、流石にそれは言い過ぎなのでは?」
「私はタローのことが大好きなのよ?もし目が見えなくなったとしても、タローの声を聞くだけで私は生きていけるわよ」
「い、いや、飯食わないと・・・」
「もう、嘘じゃないんだからね」
とても楽しい気持ちになり、自然とベルゼブブは笑顔になっていた。皆の前だと気丈に振る舞っていたベルゼブブだが、やはりこの4年間は寂しかった。
しかし、もう寂しくはなくなった。
これからは、最愛の人と話す機会などいくらでもあるのだ。勿論太郎の彼女であるテミスの邪魔をするつもりはないので、彼女に許してもらえる範囲で甘えようとベルゼブブは思う。
「それにしてもタロー、この4年間でテミスを想う気持ちが変わったりなんてしてないわよね?」
「ああ、勿論だ」
「それじゃあ今日は久々に再会できたんだし、テミスに結婚を申し込みなさい」
「うぐっ・・・」
「きっと・・・ううん、絶対プロポーズは成功するから。4年も彼女を待たせたのだから、貴方から言わなきゃ駄目よ?」
それに対し、太郎は覚悟を決めたように頷いた。
元々結婚しようと言うつもりではあったのだが、いざ戻ってくるとプロポーズする勇気が無くなっていた彼。
しかし頼れる魔王少女に背中を押され、太郎はこの後時間を作ってテミスに結婚を申し込むことにした。
「はぁ、少しだけ嫉妬ちゃうかも。タローと結婚できるなんて、テミスが羨ましいわ」
「そ、それは、ごめん・・・」
「どうしてタローが謝るのよ。私が貴方を好きになったように、貴方もテミスを好きになった。それに対して私が文句を言ったりするのはおかしいもの。だから、私の分もテミスには幸せになってもらわないとね」
本当に優しい少女だと、微笑むベルゼブブを見ながら太郎は思う。そして、無意識に彼女の頭を撫でていた。
「タロー?」
「ありがとな、ベルゼブブ。あの時、ヴェントを追って魔界に行って本当に良かったよ」
「ふふ、どういたしまして・・・あーん、やっぱり大好き!」
想いが爆発し、ベルゼブブは太郎に抱き着いた。その直後に部屋の中に入ってきたテミスが、そんな光景を見て色々と誤解するのだった。
次回更新は27日、完結します!