魔導王と英雄王
「パパ、ママ・・・?」
その日、一つの街が焼き尽くされた。
魔王を名乗る最凶最悪の存在に襲撃され、その時街に居た人全員が残酷にも殺されたのだ。
しかし、少女は生きていた。
偶然街から出ていたことで被害を免れ、帰ってきた時には誰一人として生存者は居らず。
崩れた自宅からは、焼け焦げた両親の遺体のみが発見された。
「殺す・・・殺してやる・・・!」
その日から、少女は魔王を殺すことだけを目標に魔法を学んだ。元々素晴らしい才能を持っていた彼女は他に誰も扱えない『空間干渉魔法』を習得し、10歳の頃には神童と呼ばれ、そして遂に魔王と相見えたのだが───
「素晴らしい才能の持ち主ですね。しかし残念ながら、数分後に貴女は死にます」
たった一撃で少女は体を引き裂かれ、流れ出す血を止めることはできずに息絶えようとしていた。
そんな彼女の前に姿を現したのは、輝きを纏った不思議な女性。自らを女神だと言うその女性は少女に手を差し伸べる。
「実は先日裏世界の女神が使命を終えまして。次の女神候補を捜していたのですが・・・どうです、神の力を得たいとは思いませんか?」
少女は迷わず手を取り、そして女神となった。
全ては両親を殺した魔王に復讐するため。人であることをやめた少女はさらに魔力を高め、そして『女神アークライト』になったのだ。
「め、女神様、我々も戦います!」
「うるさい黙れ。邪魔なんだよ、人間程度が」
数年後、浮遊大陸アトランディアを拠点とした魔王との最終決戦当日。
世界中の人々からの声を無視し、アークライトは単独でアトランディアへと上陸する。
彼女は強すぎた、強くなりすぎた。
故に協力的な人々全員を邪魔だと考え、誰の力も借りようとはしなかったのである。
「ふははっ、あの時の小娘か!まさか女神となって余の前に現れるとは思わなかったが、その程度で勝てると思っているのか!」
「くっ、これでも駄目なのか・・・!」
女神の力は魔王相手に通じず、大怪我を負ったアークライトは徐々に追い詰められていった。
それでも諦めずに彼女は戦い、そして限界を知る。
「っ、なんだこれは・・・」
「殺せなかったのは残念だが、お前はこれで終わりだ!!」
勝てないことを悟ったアークライトは魔法で空間を創世し、アトランディアごと魔王を封印。そして彼女も、新たに誕生した空間の狭間で2000年以上も漂うことになるのだった。
「────まあ、これが私の過去だ」
そう言ったソンノが隣を向くと、なんだか申し訳なさそうな表情になっている太郎と目が合った。
空に浮かぶ満月が、ギルドの屋根上に座る2人を照らしている。太郎に過去について聞かれたソンノは、転移魔法で彼をギルドに招いたのだ。
「すみません、そんな事を思い出させてしまって・・・」
「気にするな。話そうと思ったのは私なんだからな」
優しい笑みを浮かべ、ソンノは夜空を見上げた。
「以前もここでお前と話をした記憶がある」
「そうですね、確かソンノさんが女神の力を解放した時でしたっけ」
「私はもうギルドマスターじゃないけど、ここはお気に入りの場所なんだ。不思議と落ち着くからな」
そう言ってから太郎に目を向けると、彼もこちらを見ていたのでソンノは内心かなり焦った。
別に他の男性に見つめられても動揺したりはしないが、彼女にとって太郎は少し特別な存在である。
彼を見ていると落ち着くし、不思議とやる気が出てくるのだ。
「ソンノさんも変わりましたね」
「何がだ?」
「色々と」
「誰のせいだと思う?」
その問いに首を傾げる太郎を見て、ソンノは苦笑する。鈍感にも程があるが、それが彼の好きなところでもあった。
「お前が戻ってきて早3ヶ月か。どうだ、多少は住みやすい世界になってるだろう?」
「スマホやテレビが無いのがちょっと残念ですけどね」
「なんだそれは。詳しく教えろ」
目を輝かせながらソンノが身を乗り出し、彼女の胸が腕に押し当てられたことで太郎は焦る。
以前はマナと同い年のような見た目だったが、ソンノもなかなか成長したものだ。
それからスマホやテレビについて太郎が教えてあげると、ソンノは子供のように興奮していた。
「凄いな異世界は!うーん、一度この目で見てみたいものだな」
「魔法があるこの世界は、俺達からすれば夢のような世界なんですよ」
「馬鹿言え、その時の光景を映像として保存しておける道具?音速で空を飛び回る戦闘兵器?高さが100m以上の建物が並ぶ街?そんなものがこの世界に存在しているか?していないだろう?夢で溢れているのは、間違いなくお前の故郷の方だ」
「そ、そうですかね」
「まあ、中でも一番驚いたのは〝すまーとふぉん〟だな。是非魔導の力を利用してこの世界でも開発してみたいもんだ」
ポケットから取り出したメモ帳に、太郎から聞いた情報を書き込んでいくソンノ。
そんな彼女を見て太郎はいい事を思いついた。本来それは行うべき行為ではないのだろうが、世話になった恩返しのつもりで太郎はソンノに言ってみる。
「ユグドラシルに頼めば、多分スマホを持ってきてくれますよ」
「何だと!?」
「1個だけですけどね。こっちの世界じゃ多分使えないと思います。でも、中身を見て新たな異世界式スマホを開発することは、俺とソンノさんなら出来る気がしますけど」
「お、お前、本当にいいのか?やるからにはがっつり協力してもらうぞ?」
「勿論です」
「っ〜〜〜〜!これで私の名が後世に語り継がれることになるな!」
「うおっ!?」
嬉しそうに抱き着かれ、太郎は驚いて屋根から転げ落ちそうになった。そんな彼の反応で自分が何をしたのかを理解し、顔を真っ赤にしながらソンノは太郎から離れる。
「わ、悪い!興奮してしまって・・・!」
「い、いや、大丈夫ですよ」
互いに焦りながら先程座っていた位置に戻り、暫く無言で夜空を見上げて星を数える。
そして、先に口を開いたのはソンノだった。
「はぁ。お前が相手だと、どうも調子を狂わされる」
「異世界人ですからねぇ」
「ふふ、やれやれ。これ以上堪能してしまうと、さすがにテミスに申し訳ないか」
立ち上がり、ソンノは太郎に手を差し出す。
「一度決めたからには、私は意地でもすまーとふぉん・・・いや、魔導フォンを完成させるからな。沢山迷惑をかけることになるとは思うが、よろしく頼む」
「しょーがないですね、その時まで助手として手伝いましょう」
小さな手を掴み、太郎も立ち上がる。
「さて、そろそろオーデムに戻さないとテミスが拗ねてしまうな。帰ったら思う存分イチャつくといい」
「勿論イチャイチャしますとも」
「いいな、テミスが羨ましいよ。お前のせいで、私は一生独身だ」
「え?それってどういう────」
転移魔法を発動し、ソンノは太郎をオーデムに転移させた。そして、自分以外誰も居なくなった屋根上にもう一度寝転がる。
「好き、私はタローが好き・・・」
そう呟き、満足げに彼女は笑う。
「今の関係で充分だ。帰ってきてくれてありがとう、タロー」
気がつけば、ソンノはそのまま眠っていた。
その時見た夢の中で起こった出来事は、ソンノが更にタローを意識してしまうような少々過激な内容だったのだが、それは彼女だけの秘密である。