特別編 想いを手渡す日
バレンタインは昨日でしたけど、まあ気にしないでください。
「テミスお姉ちゃん、何してるの?」
ある日の朝、マナは台所で一生懸命作業していたテミスに声をかけた。いつもとは違い、何やら真剣な表情なので気になったのである。
「ん、マナか。この前タローに聞いた話なんだが、異世界だと今日は特別な日らしいんだ。好きな男性に女性がチョコレートを渡す日、と言っていた」
「なるほど、それで一生懸命渡すものを作ってるんだ。ほんとにラブラブだね〜」
ニヤニヤしているマナにそう言われ、テミスの顔が少し赤くなる。いつも通り作業していたつもりなのだが、誰が見ても分かるほど気合が入っていたらしい。
「それで、ご主人様は?」
「王都に行ってるよ。多分夕方には戻ってくると思う」
「じゃあ私も作ろっかな」
テミスの隣に立ち、マナも太郎に渡すチョコレートを作ることに。それから2人で話し合いながら、最愛の人が喜んでくれそうなチョコレート作りを始めるのだった。
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「はい、アレくん!」
「急にどうした」
一方その頃王都では、ギルド長室で突然手作りチョコレートを手渡されたアレクシスが困惑していた。
「タローくんに聞いたんだけど、今日は女の子が好きな人にチョコレートを渡す日なんだって」
「それでこれを?」
「うん、頑張って作ったんだからね〜」
一つ食べてみれば、アレクシス好みの美味しい味だった。それを伝えると、ラスティは喜びながら彼に顔を近づける。
「たまには甘いものでも食べて、力を抜けばいいよ。アレくんが頑張ってるの、いつも見てるからね」
「すまん、ありがとう」
昔からずっとそうだったが、結婚してからはさらに可愛さが増した気がする。そんなことを思いながら、気がつけばアレクシスはラスティの頭に手を置いていた。
そのまま後頭部に手を回し、ラスティをさらに自分の方へと引き寄せると、何をするのか分かった彼女は嬉しそうに目を閉じた。
「愛してる、ラスティ」
「えへへ、あたしも────」
「お邪魔しま・・・悪い、お取り込み中でしたね」
互いの唇が触れ合う直前、部屋の扉を開けて太郎が中に入ってこようとした。そして、それを見て硬直した2人が何をしているのかを瞬時に察し、太郎はゆっくりと扉を閉めた。
「ま、まま、待ってタローくん!」
「目にゴミが入ったとラスティが言ったから、それを取ろうとしていただけで・・・!」
2人同時に部屋から飛び出し、急いで追いかけ太郎の肩を掴む。
「いやぁ、ラブラブじゃないか。夫婦なんだから、そりゃあキスもするだろうな」
「ぐっ、何も見なかったことにしてくれ」
「そ、それよりも、なんでタローくんがここに?」
顔が真っ赤になっているアレクシスとラスティにそう言われ、太郎はキョロキョロと周囲を見渡した。
「ソンノさんに呼ばれて来たんだ。ギルド長室で待ってるって言われてさ、中を覗くとラブラブ夫婦がキスする寸前だったというね」
「やめろ、言うな・・・」
「もう、ソンノさんったら!」
これを見せるためだけに呼ばれたのだろうか。やれやれと溜息を吐きながら、太郎はソンノを捜すために歩き出す。
「アレクシス、今夜は頑張れよ」
「何がだ!?」
「見なさいタロー、本気でチョコレートを作ったわ!」
「うおぉ・・・!」
ギルドから出ると、ウェディングケーキ並に巨大なハート型のチョコレートを手に持ったベルゼブブが、自慢げにそれを太郎に差し出した。
その隣では、可愛らしい袋を持ったディーネが困ったような笑みを浮かべている。
「ごめんねタローさん。目立つからやめといたほうががいいよって何回も言ったんだけど・・・あ、私からもどうぞ」
物凄く注目を集めているベルゼブブとディーネからチョコレートを受け取り、太郎はありがとうと礼を言う。
「今日は特別な日なのでしょう?タローに喜んでもらおうと思って、徹夜で頑張ったのよ」
「あはは、私も」
美少女2人からチョコを貰えて嬉しくないわけがない。しかし既に太郎はテミスと結婚しているので、2人の想いに応えることはできない。
それを本当に申し訳ないと思う太郎だったが、そんな彼にベルゼブブとディーネは同時に抱き着いた。
「ちょっ・・・!?」
「ごめんね、ちょっとだけこうすることを許してほしいな」
「普段は全然甘えることができないんだもの。あとでテミスには謝っておくわ」
2人には見えていないのだろうが、周囲の男性達から向けられる嫉妬の眼差しが恐ろしい。
英雄だろうがなんだろうが彼らには関係なく、美少女に好かれている者は全員敵なのだ。
「と、とりあえずチョコレートだけでも何とかさせてほしいんだけど・・・」
巨大なチョコレートを片手で持つ太郎の腕力はやはり凄まじい。しかし、やはり外でこれを持つのは恥ずかしかった。
「ほら、受け取れ」
ギルドに戻り、ベルゼブブ達と一緒に貰ったチョコを食べていると、若干頬が赤いソンノに太郎はチョコを手渡された。意外なことに手作りである。
「べ、別にお前だけに作ったわけじゃない。練習していて余ったから、一応日頃の感謝として・・・」
「俺は貰っていませんけどね」
「好きな人にチョコレート渡す日って分かっててタローくんにチョコレート渡したんですよね」
「なっ、違う!!」
いよいよ顔が真っ赤になってしまったソンノが可哀想なので、太郎は本命チョコと義理チョコが存在することを一応伝えておく。
「私は勿論本命よ」
「わ、私も」
「私も本命ですよ!あ、これルナからの本命チョコです」
ベルゼブブ、ディーネ、突然空間の裂け目から出てきたユグドラシルと、裏世界で頑張っているであろうルナまでもが太郎に本命チョコを渡した。
「うぐっ、私は義理チョコだし・・・」
「ムム、なかなか認めませんね」
「顔真っ赤にしながらそんなこと言われてもねぇ」
「う、うるさいバーカ!」
それから転移魔法で逃げ出したソンノを全員で連れ戻し、あまりにも巨大なベルゼブブの手作りチョコを皆で仲良く食べるのだった。
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「わっ、おっきいねぇ。はいこれ、美味しくないかもしれないけど作ってみたよ」
結局食べきれなかった巨大チョコを持ち帰ってきた太郎に、マナが笑顔でチョコを手渡す。
愛する娘から手作りチョコを貰え、親バカな太郎は顔が緩みきっていた。
「お、おかえりなさい・・・」
「ただいまテミス。ごめん、捨てたりするのはさすがに申し訳なくて・・・」
そして、太郎が抱えるチョコの量を見てテミスは困惑していた。
『今日は好きな人にチョコをあげる日』
その話を聞いた女性達が、ここに帰ってくるまでの間に次々とチョコを太郎に渡したのだ。
優しく明るく、そして世界を救った英雄である佐藤太郎。婚約者がいるのは誰もが知っていることだが、それでも彼に想いを寄せる女性はかなり多いという事実を、テミスは改めて思い知らされる。
(ど、どうしよう。私も頑張って作ったけど、明らかに他の人達のよりも劣っている気がする・・・)
マナと一緒にチョコを渡すつもりだったテミス。しかし、豪華なチョコ達を見て途端に自信を無くしてしまい、渡すか渡さないかでかなり悩む。
(大丈夫だよ、テミスお姉ちゃん。ご主人様なら絶対喜んでくれるから)
(でも・・・)
(ほら、頑張って!)
「わっ!?」
マナに力強く押され、テミスは太郎の前に立つ。そして不思議そうに自分を見つめる太郎と目が合い、顔を赤くしながらもテミスは彼にチョコを差し出した。
「あ、あの、私もタローにチョコを作ったんだけど、受け取ってくれますか・・・?」
「まじで!?」
「え?」
目を輝かせながら、太郎はテミスのチョコを受け取る。
「いやー、嬉しいよ。ありがとう!」
「で、でも、ベルゼブブ達のものより小さいし、美味しくないかもしれなくて・・・」
「全然大丈夫!好きな人から貰えたんだから、それだけで俺は幸せだよ」
「タロー・・・」
少し泣きそうになりながらも、テミスは太郎に抱き着いた。そんな彼女を受け止め、太郎は笑いながら口を開く。
「じゃあ、今日はチョコと一緒にテミスも食べちゃおっかな〜」
「ご主人様、娘の前で言うことじゃないよ・・・」
「すまん、調子に乗りました」
呆れるマナに謝り、そういう冗談を言うべきではなかったなと反省する太郎。しかしテミスは上目遣いで太郎を見つめ、こんなことを言ってみせた。
「いいよ。た、食べてみる・・・?」
「食べます!」
(やれやれ、今日は耳栓して寝よーっと)
相変わらずラブラブな2人を見ながら、成長したマナはそう思うのであった。