溢れる想いに蓋をして
「テミスさーん、おはよっ!」
買い物をしていたのだろう。袋を持って歩いていたテミスを見つけ、ディーネは彼女に笑顔で駆け寄った。
「おはようディーネ。遊びに来たのか?」
「最近あんまり来れてなかったからね。タローさんとマナちゃんはいないの?」
「二人はギルドに行ってるよ。食費を稼いでくると言っていたけど、多分夕方には戻ると思う」
それから二人はテミスの家に向かい、話をすることに。普段はここにタローもいるので、ふたりきりで会話をするのは久々だった。
「珍しいね、テミスさんがお留守番なんて」
「少し足を痛めてしまって、タローに何度も無理するなと言われたから大人しくしているんだ」
「あはは、タローさんは心配性だからね」
確かに、テミスの足首にはテーピングが巻かれている。これもタローがやってくれたんだと、少し雑だが一生懸命巻いてくれたのであろうテーピングを見てテミスは嬉しそうに笑う。
「テミスさん、最近笑顔が増えたね」
「え、そうかな・・・」
「やっぱりテミスさんはタローさんのことが大好きで、タローさんもテミスさんのことが大好きってことかぁ。いいな〜、羨ましいよ」
理由は当然太郎が戻って来たからだ。
太郎と居る時は常に幸せそうな表情なので、ディーネ達はそれを見ていつもほっこりしている。
「好きでしょ?」
「そ、それは、大好きだけど・・・」
「テミスさんか〜わ〜い〜い〜!」
頬が赤いテミスがテーブルの上にお菓子や紅茶を置く。そして椅子に腰掛け、恥ずかしそうにクッキーを食べた。
その姿を見て小動物みたいで可愛いと思いながら、ディーネもクッキーを頂く。甘くてとても美味しいので、何個か貰って帰ろうと考えながら。
「これってテミスさんの手作りだよね?」
「ああ、買い物前に作っていたんだ」
「凄いねぇ。私もクッキー焼いたりするけど、テミスさんみたいには作れないよ」
「教えようか?」
「えっ、いいの!?」
目を輝かせるディーネ。テミスのお菓子作りの腕前はプロ級なので、同じ女子としてディーネは彼女を尊敬しているのだ。
「タローにあげたいんだな」
「へっ!?い、いや、それは・・・」
「別にそんなことで遠慮する必要はないけど。タローも、ディーネから何か貰えたら嬉しいだろうし」
「うぅ、本妻の余裕ってやつだね」
その後、二人は太郎が帰ってくるまでお菓子作りをおこなった。
勿論ディーネは、お菓子をプレゼントして何かをアピールするつもりなど微塵もない。
日頃の感謝を伝え、そのお礼を渡したいだけ。そんなことを呑気に考えられるとは、やはり今日も世界は平和である。
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「すまない。用事を思い出したから、少しギルドに行ってくる」
帰宅した太郎とマナを交えて楽しく会話していた時、そう言ってテミスが席を立った。さらにテミスの意図を察し、マナもさり気なく自分の部屋へと戻る。
(わわっ、そんな急にふたりきりにされるなんて・・・!)
実はディーネ、太郎がこの世界に戻ってきてから彼とふたりきりになるのはこれが初めて。
妙に緊張してしまい、何か喋ろうと思いながらも言葉が出てこない。
「ディーネ、どうした?」
「い、いや、ええとですね・・・」
「悩み事か?俺でよかったら相談に乗るけど」
「ち、違うよ。緊張しちゃって・・・」
珍しく顔が真っ赤になっているディーネ。
確かに二人で話すのは久々だが、顔を赤くするほど緊張されるとはと太郎は思う。
恐らく彼女のほうから話しかけることは無さそうなので、とりあえず最近のことでも話すことにした。
「魔界は平和になってる?」
「えっ!う、うん、平和だよ。ベルちゃんもより魔王っぽくなってるし、犯罪率もガクッと減ってるからね」
「そうなのか。いやー、まじで世界を守れて良かったなぁ」
「うん・・・」
(あ、あれ、なんかまた黙っちゃったぞ)
何かまずいことでも言ってしまったかと太郎が焦っていると、寂しそうな表情を浮かべながらディーネは彼を見つめた。
「私も、世界が平和になって嬉しいよ。でもね、もう一人で無茶しないで」
「し、しないよ・・・多分」
「駄目、ちゃんとしないって約束して」
「うっ、分かりました。もう一人で無茶はしません」
太郎がそう言うと、ディーネはようやく彼に満面の笑みを見せてくれた。
久々に見たそれはやはり破壊力抜群で、太郎は思わず目を逸らす。しかし、それでもどうかしたのかと覗き込んでくるので、太郎は誤魔化すように何でもないよと言っておいた。
「あはは、良かった。なんだか話してると落ち着いてきたかも」
「そっか。やっぱりディーネには笑顔が似合うな」
「えっ、そうかなぁ」
嬉しそうに笑い、ディーネは思い出したかのように置いていた紙袋を太郎に手渡す。
「これ、テミスさんに教えてもらいながら、感謝の気持ちを込めて作ってみたの。よかったら受け取ってください」
「おお、ありがとう」
貰った紙袋の中に手を入れ、太郎はクッキーを取り出した。それを見て彼は食べていいかと目で訴える。
そしてディーネが頷いたのを確認してから、太郎はクッキーをぱくりと食べた。
「んっ、うまい!」
「ほんと!?」
「めちゃくちゃうまいよ。好みの味だ」
「えへへ、よかった」
一生懸命作ったものを、これだけ美味しそうに食べてくれる太郎。その後も目を輝かせながら次々にクッキーを口の中に運ぶ彼を見ながら、ディーネはぽつりと呟いた。
「やっぱり、好きだなぁ・・・」
「ん?」
「ううん、なんでもない!」
溢れ出そうになる想いに蓋をして、ディーネは心から笑う。
これからも、自分はこの人を好きであり続けるのだろう。しかし、それよりも二人をいつまでも見守っていたい。
そう思いながら、ディーネは大好きな太郎と夜まで語り合うのだった。