夜殺の影と魔導王
夜殺の影──その名を聞けば、当時裏の社会で生きていた者達は誰もが震え上がった。
一度狙われたら最後、必ずターゲットの命を刈り取る最凶の暗殺者・・・の筈だったのだが。
「おい、そこの物陰に隠れている馬鹿。私を殺すつもりなのかは知らないが、覚悟はできてるんだろうな」
ある日彼のもとに舞い込んできた依頼。それは、最近王都ギルドのマスターになった少女を殺せというものだった。
彼が所属する『暗殺者ギルド』は、正規に認められたギルドではない。それが理由で闇ギルド認定され、新王都ギルドマスターの少女に目をつけられたというのだ。
いつも通り、彼は依頼を引き受けた。そして夜、いつも通りターゲットを暗殺しようとした時、逆にターゲットのほうから声をかけられ彼は硬直してしまう。
殺気も気配も完璧に隠していたはず。しかし、まるで子供にしか見えない王都ギルドマスターは、眠そうに欠伸をしながら彼を発見してみせたのである。
「馬鹿な、何故分かった・・・」
「それで隠れていたつもりだったのか?ふん、笑わせるな。お前は〝魔力〟を全然隠せていないんだよ」
気がつけば、暗殺対象は目の前に。
「ッ!?」
「無駄だ。お前が何かをするよりも、私が空間ごとお前の首をぶった斬るほうが早い」
魔法を放つ体勢は整っているらしく、王都ギルドマスターは凄まじい魔力を纏っている。妙な動きをすれば、本当に首を切断されてもおかしくはないだろう。
様々な死線をくぐり抜けてきた最凶の暗殺者は、生まれて初めてはっきりとした死を感じ、そして震えた。
聞いていた通り王都ギルドマスターは子供だ。しかし、纏う魔力や殺気はこれまで相手にしてきた者達とは比べ物にならない。
汗が流れ落ちるのを感じながら、それでも彼はダガーを構えて笑ってみせた。
「ほう、殺り合うつもりか」
「これまで暗殺対象を殺し損ねたことは一度も無いんでね。子供を殺すのは心が痛むが、大人しく死んでくれ!」
糸──様々な方向からそれが少女の体に巻き付き、魔力を纏った彼は一瞬で少女の背後に回り込む。
そして、先程まで自分が立っていた場所を見続けている少女の無防備な首筋目掛け、彼はダガーを振るった───が。
突然視界がぐにゃりと歪み、直後に彼は轟音と共に勢いよく吹っ飛んだ。
そのまま壁に叩きつけられた彼は堪らず膝をつき、冷えた瞳で自分を見下ろす少女に震えながら視線を向ける。
「がはっ!ば、化物め・・・!」
「なるほど、暗殺者ギルド所属の男だな。相当レベルは高いんだろうが、よく見て相手は選べよ?」
殺される。
彼はそう思い、膨れ上がる少女の魔力を感じながら目を閉じた。しかし、いつまで待っても魔法が放たれる気配はない。
「・・・?」
不思議に思って目を開けると、眠そうに欠伸をしながら少女は自分に手を差し出していた。
「な、何を・・・」
「まあいいや。お前、うちのギルドに入れ」
「はあっ!?」
「相当深い闇を背負ってるんだろうが、正直どうでもいい。潜入調査とかで役立ってくれそうだ」
「お、俺は暗殺者だぞ!?かなりの数を殺してきた、そんな男を正規のギルドに迎え入れるって!?あんた馬鹿だろ!」
そう言って睨みつけたが、少女は全く怯まない。それどころか意地悪な笑みを浮かべ、無理矢理彼の手を掴んで自分のほうへと体を引き寄せる。
「殺した連中の怨念に、日々苦しみ怯えながら生きるがいい。ここで死ぬよりよっぽど辛い人生がお前を待ってるぞ?」
「は、はは、どんな子供だよ・・・」
「一つ言っておくが、私は子供じゃない」
「へ?」
断れば、殺されるだろうか。いや、きっとこの少女は自分を見逃すだろう。
しかし、彼は少女に惹かれた。
毎日悪夢を見ることになる、毎日死の気配に怯えながら生きることになる。それでも、彼は少女との出逢いに光を見たのだ。
「くくっ、ははははは!いいぜ、あんたのギルドに加入させてもらう」
「〝あんた〟じゃない。ソンノ・ベルフェリオ、王都ギルドのマスターだ」
「俺はハスター、ハスター・カーティルだ」
「へえ、それじゃあ初恋の相手はアークライトってこと?」
新たに古代の遺跡を発見した日。旅の相棒であるネビアにそう言われ、ハスターはどうだろうなぁと笑った。
ちなみに、以前は誰が見ても魔女にしか見えない服装だったネビアだが、今では髪を結んでポニーテールにしており、服装も旅人っぽいものに変わっている。
普段は大きなリュックを背負っているので、わりと気合の入った登山家に見えてしまうのだが。
「ま、あの時ソンノ嬢と出会ってなけりゃあ今の俺はいないってことだな」
「運命の出会いね。ふふ、今はサトー君に夢中みたいだけど」
「まさかあのソンノ嬢まで嫁候補に加えるとは思わなかったぜ。サトータロー、恐るべし」
最後に皆と会ったのは何ヶ月前だっただろうか。太郎とテミスの結婚式から一度も王国に戻っていないので、そろそろ皆の顔を拝みたいなとハスターは思う。
「さてさて。まだお宝があるかもしれないし、もう少し奥まで進んでみるか」
「財宝泥棒ね」
「もしそうだったらとっくに俺達は監獄行きだぜ?国の許可を得て遺跡調査をしてんだからさ」
「私の心はいつになったら盗んでくれるのかしら?」
「もうとっくに盗んでる」
「あら、格好良いことを言うのね」
そんなやり取りをしながら、二人は遺跡の奥へと姿を消した。
一人の少女と出逢い、そして今ではトレジャーハンターとして活躍している男の旅はまだまだ続く。