天才魔導少女と何気ない日々
「この魔法陣にこの文字を加えたら・・・なんだか凄いことになりそうな気がする」
そう言い、とある文字を魔法陣の中に追加してみる。すると、凄まじい破壊力の雷魔法が新たに誕生した。
「うっひゃあ、危ないなぁ・・・」
まだ入学すらしていないが、オーデム魔法学園で特別に借りている研究部屋がグチャグチャになる程の威力。
これを人に放てばどうなるだろうか。内心かなりヒヤヒヤしながら、マナは人が来る前に部屋の中を整理した。
「ま、マナちゃん、また雷魔法を?」
「あはは、なんかまた新しいのができたみたいで・・・」
数分後、爆発音を聞いてやって来た魔法学園の生徒が、床に落ちた本などを拾っていたマナを見て汗を拭く。
まだ初等部ですらないのに、魔法学園高等部の生徒を遥かに上回る頭脳と魔力。既にマナは、魔法学園内で『天才魔導少女』と呼ばれるほど有名になっていた。
魔法陣展開系や詠唱系を数十個、さらには世界トップレベルの頭脳を持つ人達ですら思いつかない方法で生み出した大魔法など、今のところ生みの親であるマナしか使えない新魔法は多い。
「それにしても、本当に凄いね。まだ小さいのに、独学で魔法を創り出すなんて」
「それは、まあ。ご主人様が帰ってきた時に、いっぱい褒めてもらいたいので」
「ご主人様───ああ、タロー様ね。一年前にこの世界を救った英雄の・・・」
たった一年でここまで成長したマナ。それは、大好きな主人に思う存分褒めてもらう為だ。
しかし、その主人はどれだけ待っても帰って来ない。今では生きているのは絶望的だとも言われており、共にアトランディアで戦った仲間達以外は既に彼は死んだと思っているだろう。
主人のことを何も知らない連中が、勝手に死んだなどと決めつける。マナはそれが許せなかった。
「あっ、もうこんな時間。ごめんなさい、そろそろ帰ります」
「ええ、学園長に新たな魔法が誕生したこと、一応報告しておくね」
「えへへ、ありがとうございます」
いつも面倒を見てくれている女子生徒にお礼を言い、マナは荷物をまとめて学園を飛び出した。
それからたった数分で自宅に到着し、マナは静かに玄関の扉を開ける。
「ただいま〜・・・」
返事はない。とりあえずマナはリビングに荷物を置き、とある部屋に向かう。
すると、やはりというべきか、その人物はベッドの上でぼーっと窓の外を見つめていた。
「テミスお姉ちゃん、ただいま」
「・・・・・・」
一年前は想像すらしていなかった、テミスの弱りきった姿。綺麗だった髪はボサボサで、目の下には大きなクマが。
あの頃と比べるとかなり痩せており、一日の大半をこのベッドの上で過ごしている。
いつも楽しく三人で笑っていた日々をふと思い出し、マナの目に涙が滲んだ。
「あ、あのね、また魔法を何個か創っちゃったんだよ!ご主人様、褒めてくれるかなぁ〜」
「・・・?」
そこでようやくマナに気づいたらしく、テミスは虚ろな瞳をマナに向ける。しかし、ただ見つめるだけで何も話さない。
「テミスお姉ちゃん、駄目だよ。そんな簡単に諦めちゃ、駄目・・・」
「・・・・・・」
「ご主人様は、きっと戻ってくるよ。何事も無かったかのようにね、テミス〜とか言って。だから・・・」
それでも、テミスは何も言わない。
「あとで、お昼ごはん持ってくるね・・・」
たまらずマナは部屋から飛び出し、そして扉に背を押し当てながら座り込んだ。
耳をすませば、テミスのすすり泣く声が部屋の中から聞こえてくる。どうすれば、また一年前のように笑ってくれるのだろう。
考えれば考えるほど分からなくなり、マナの目から涙が零れ落ちた。
「マ〜ナちゃん!」
「っ・・・!」
名前を呼ばれ、目を開ける。すると目の前には、笑みを浮かべながら自分の顔を覗き込んでいる太郎が居た。
どうやらいつの間にかソファの上で寝てしまっていたらしい。体を起こし、伸びをしてからマナはソファから降りる。
「も〜、女の子の寝顔を見るなんて。他にすることないの?」
「いやぁ、愛する娘の寝顔なら何千日でも見てられるぞ」
「数年間見続けるの!?」
「そんなの余裕だぜぇ」
この人なら本当にやりかねない。見るのならテミスお姉ちゃんの寝顔にしときなよと言っておき、欠伸をしながら台所へ。
「おはようマナ、結構寝ていたな」
「おはよ〜テミスお姉ちゃん。ごめんね、今日夕食担当だったの忘れてた」
「毎日頑張って勉強しているから、疲労が溜まってるんだろう。ふふ、今日は私が作るよ」
そう言い、肉を炒め始めたテミス。
先程夢で見た、数年前の静かで寂しい日常。太郎が居るだけで、やはり何気ない日々がこれだけ楽しくなるのだと、料理をしているテミスを見ながらマナは思った。
「ねえ、ご主人様」
「ん〜?」
「私にも、いつか好きな人ができるのかなぁ」
「ブフッ!!」
盛大にお茶を吹き出す太郎。そしてしばらく咳き込んだ後、震えながらマナの肩を掴む。
「お父さんは認めませんからね!!」
「な、何を?」
テミスは太郎のことが誰よりも好きで、だからこそあれほどまでに弱ってしまったのだろう。
自分の好きは、テミスの好きとはまた違った好きであることに最近気づいた。
いつかテミスと同じように、人生が変わってしまうほど好きになれる人と出逢える日は来るのだろうか。
「こら、タロー。それは応援してあげるべきだろう?」
料理をテーブルに並べ終えたテミスが、あたふたしていた太郎に軽くチョップする。
「今はまだ分からないかもしれないけど、いつかきっとマナも恋をすると思うぞ」
「い、嫌だあ。俺のマナがあぁ・・・」
「もう、あとで一つだけお願いを聞いてあげるから落ち着きなさい」
「まじで!?」
何をお願いしよっかな〜などと上機嫌に考え始める太郎。そんな彼を見ていると、自然とマナの頬は緩んだ。
「でも、ご主人様よりかっこいい人なんかに出逢えるとは思えないけどなぁ」
間違いなく、マナの中で最も大きな存在は太郎である。
多くの美少女達の人生を変えた、今はテミスと幸せそうに話している太郎を見つめながら、マナはぽつりと呟くのだった。